「女だらけの戦艦大和」・手紙<5>決意

岩井特務少尉は、かつての夫からの手紙を読み、驚愕の声をあげていた――

 

「まさか、まさかこげえなことを言うなんか・・・」

岩井少尉の、便せんを持った手が細かく震えた。岩井少尉はもう一度便せんを食い入るように見つめ落ち着いてその文面を読んだ。便せんには光雄の決して上手とは言えない文字でこう書かれていた。

>昨年の正月、しんさんに「もう会いとうない」と言われて俺は正直大変悲しかったのです。俺はしんさんが好きだった、いや今でも好きなのです。ですがあの後、あなたのお父さんに会い「しんはもうあなたのもとには戻る気がないというのがわからないのですか?第一しんはもう海軍士官の道を歩いていますからあなたとの復縁はもうありません。だからもうしんをこれ以上追いかけて困らすのはやめてください、これ以上何かしたら私は出るところに出ますよ」と言われ、私は悲しくてたまりませんでした。

そんな気持ちのままずっと過ごして来ましたが昨年の暮れ、母が亡くなりました。妹たちもとうに嫁ぎ家の中をする人もなく、時折下の妹が訪ねてきてあれこれしては呉れますがなかなか今までのようにはいきません。

そこでというのはなんですが、母もおらんようになったことだし、もしもしんさんの心が変わったならば俺ともう一度やり直してくれませんか?しんさんに海軍をやめろというのは心苦しいですがどうか俺の心も汲んでください。

でもどうしてもおれとやり直したくない、いやだと言うならもうあきらめます。が、あきらめるにも条件があります。それはしんさんが次に内地に帰って来た時、俺はしんさんとの名残に・・・しんさんの身体をを一日好きにさせてほしい。結婚した晩のようにしたいのです。

しんさん、これが最後の俺の頼みです。しんさんが俺とやり直したくないなら俺に一日身を任せる。そして俺はしんさんとのその思い出を心に秘めてあきらめる、今度こそ身を引きます。たった一日のことですので、俺の願いをぜひかなえてほしい。これをかなえてくれたら本当にもう追ったりしない。本心を言うならしんさんが俺のもとに戻ってくれるのが一番ええんじゃが・・・無理は言わん。

次回しんさんが内地に戻ってくる日を待っています。その日まで元気で。

 

最後までようよう、読み終えた岩井少尉の顔から血の気が失せた。(あの男・・・)あきらめる代わりに一日自由にさせろと言うのか。私は何時まであの男のおもちゃになればいいのだろう。岩井少尉は唇をキッとかみしめた。(そうだこの話は、)と少尉は思った、私の母親も絶対一枚かんでいるだろう。あの人のことだ「しんはあれで弱いところもあるけえ、光雄さん力ずくでしてしまえばまた元に戻る言うにきまってますよ」とか何とか品のないことを言って光雄を焚きつけたのだろう。野住の姑が死んだというのは本当かもしれない、でも鵜飲みは危険だ。あの連中のことじゃ、どがいな罠があってもおかしゅうない。

それにしても・・・

「自分の気持ちばっかり優先しやがって」

岩井少尉の口から思わずあらい言葉が突いて出ていた。何が俺の心を汲め、だ。あの人は、私があの家の嫁だったころ私の気持ちなんか指の先ほども汲んではくれんかったくせに。自分が困れば人の気持ちを踏みにじっても、踏み台にしてもええゆうんか。

「勝手じゃ、勝手なことばっかり言うて皆でうちを困らす・・・」

岩井少尉は手紙をぐしゃぐしゃに握ってそれで顔を覆うようにして嗚咽した。こげえなことお父さんには言えん、第一お父さんに連絡しとうても出来ん。手紙を書いてもお母さんが受け取ったら開いてしまうじゃろうし。あの母親のことじゃ、『大和』やうちの動向を手を尽くしても知るつもりじゃろう。これが四面楚歌いうんか。

誰かうちを助けて・・・

岩井少尉は運用科の部屋の中に一人しゃがみ込んでいつまでも泣いていた。

 

岩井少尉はやがて落ち着くと運用科の部屋を出た。だがその目は腫れぼったく泣いたというのがありありとわかる。岩井少尉は艦内帽を目深にかぶって顔を隠して歩いた。と、向こうから機関科の松本兵曹長が歩いて来て岩井少尉に気がつくと立ち止まって敬礼した。岩井少尉も返礼したが兵曹長の顔を見たとたん、先年の正月、呉の町で光雄と自分の母親に囲まれて窮していた際、兵曹長に助けられた時のことが脳裏に浮かび思わず涙を落していた。

「岩井少尉、どうなさいましたか?」

松本兵曹長は大変驚いて、さっとあたりを見回すと「こちらへ」と言って人気のない廊下の隅へと岩井少尉をいざなった。遠くを兵隊たちの笑い声が通ってゆく。

岩井少尉は新たな涙を抑えなかった。両手で顔を覆って泣いた。もう恥も外聞もない、その少尉を松本兵曹長は優しいまなざしで見守る。やがて少尉が落ち着いて来ると兵曹長は少尉の背中をそっと撫でた。岩井少尉は顔をあげて涙を防暑服の肩のあたりで拭うと無理に笑顔を作って、

「すまん、松本兵曹長。みっともないところを見せてしもうて」

と言った。兵曹長は笑顔で「ええんですよ。でも、なんぞあったんですか?少尉」と聞いてみた。すると岩井少尉はあの手紙をくしゃくしゃのままでそっと差し出し、

「これを読んでくれんか?」

と言った。兵曹長は「うちが読んで・・・ええんでしょうか?」とためらったが、少尉がうなずくのでそっと広げて読み始める。段々兵曹長の顔が悲痛に歪み始める。そして岩井少尉の顔を見て、

「岩井少尉、これはあんまりひどいじゃないですか・・・うちはこげえなこと許せません!あんまりじゃ、岩井少尉がおもちゃにされとるんを、うちは黙ってみちゃおれません」と言うとその瞳がうるみ始め、やがて涙の筋がその頬を伝いだす。兵曹長はその太い腕で涙をグイッとぬぐった。岩井少尉の心に松本兵曹長の優しさがしみこんだ。光雄からの手紙でささくれ立ったような乾燥した心に、松本兵曹長のいたわりが慈雨のごとくしみ込んだ。

「ありがとう、松本兵曹長。あなたはいつも優しいね、あの時助けてもらわんかったらうちはどうなっていたかわからん・・・」

岩井少尉の言葉に松本兵曹長は、

「ほいじゃあ岩井少尉、今度も私にひと肌脱がせてはいただけませんかのう?次に内地に帰った時にどうすりゃあ一番ええか、うちはちいと考えてみよう思います。決して少尉に悪いようにはしませんけえご安心を。ほいでこのことは誰にも言いませんけえそれもご安心を。

この松本、体のでかいのと口の堅いんは自慢できますけえ」

と言って少尉の肩をしっかりつかんだ。岩井少尉の瞳に力が蘇り、その頬に微笑が浮かんだ。少尉は

「松本兵曹長。うちはどれほどあなたに礼を言っても足りません。また厄介をかけるようで心苦しいが・・・ひとつ知恵を貸してください。願います!」

と言って笑った。松本兵曹長も笑顔になって二人はやがて声を立てて笑いあったのだった。岩井少尉は(うちは頑張る。こんな力強い味方が居るんじゃ。逃げんであの人と真っ向から勝負じゃ。うちは海軍士官の誇りをかけてあの人と勝負する!)と決意を固めた。

 

そんなころ、士官室ではマツコとトメキチが樽美酒少尉と一緒に菓子を食っていた。

そこにラケットを持った松岡分隊長が入ってきて、マツコが「あ、マツオカ~。あんたもこのお菓子食べない?とってもおいしいわよ」とくちばしをガタガタ言わしながら話しかけた。松岡分隊長は

「おお!樽くんに犬くんに鳥くん、今日も熱くなってますね!たくさん食べてたくさん出す、そうしたら皆明日も体軽く働けますよー、さあ、みんなも今日から富士山だ―ーっ」

というなりテーブルの上の菓子をガシッとわし掴みにして走り去ってしまった。マツコが「待ってよう、マツオカ~」と言ってそのあとを追う。トメキチは「マツコサン、よっぽど松岡さんが好きなのね」と言って樽美酒少尉を見上げた。樽美酒少尉はトメキチに微笑むと、そっとトメキチを抱き上げてその顔に自分の頬を押しつけた。

そして「トメキチ、君もハシビロクンもいい子だね。私は君たちがいるこの『大和』に来ることが出来てほんとうに幸せだよ」と囁いた。その胸ポケットには、内地の家族からの嬉しい便りが入っている。トメキチはその手紙の匂いをクンクンと嗅いで(とっても嬉しいにおいがする。樽美酒さんのお家の人が、とっても嬉しい気持ちで書いたのがよくわかるよ。良かったねえ樽美酒さん。僕もうれしい)と思い、元気に「キャン!」と鳴いたのだった。

 

さてさらにそんなころ、副砲分隊の生方中尉は家族からの手紙に嬉しい悲鳴をあげている。副砲の中で広げた家族からの分厚い封筒から出したものを眺め、

「こ、こ、こ、・・・」

それしか言えない生方中尉に周囲の兵が「どうしたんじゃ生方中尉は。こ、こ、こ、とかいうて鶏にでもなったんかいね?」と言ってこっそり笑う。そんなさざめきも聞こえないのか生方中尉はやっと、

「こ、こんなに見合い写真を送ってよこさんでもよかろうに。ウ、ウ、ウフフフフ・・・」

と今度は不気味な笑いを始めて兵たちは「なんじゃいったい!天変地異の前触れか、それとも大規模な敵襲か?おい、ちいと見張りを厳にした方がええで」と本気で配置に走っていってしまった。そのくらい生方中尉の笑いは気味が悪かった。が、生方中尉としては嬉しくてたまらないものがあった。前に、許婚に手ひどく振られて以来<結婚>の言葉が世の中で一番、アメリカよりも大嫌いになっていた中尉だったが、この間の上陸の際再会した母親から「見合いの話があるからあなたの写真を撮りましょう。いい人がいたらその人の写真を送りますからめを通しておいてね」と囁かれたのだ。母がそっと言うには中尉を振って他の女性と結婚すると言ったもとの許婚は結局その女性にも振られて、傷心の日々だとか。

「だから!」と母親は胸を張っていったものだ、「幸子さん、あなた今度こそ幸せになってあの人を見返してやるのよ、ウフフフ!」。

生方中尉はなんだかなあ、かたき討ちの様相だなと思いながらも「はい、ではよろしく願います。お母さん」と言ってトレーラーに来たのだった。

「さーてと、私に似合いの人はいるかなあ~」と軽口をたたきながら写真を並べる中尉の周りに、「うちにも見せてつかあさい!」「私も今後の参考の為に!」「生方中尉の幸せをちいと分けてつかあされ!」などと言いながら部下の兵隊嬢たちが集まった。

ワイワイと楽しげな声が副砲周辺から漏れ出している――

 

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

岩井特務少尉、おおごとです!!今後『大和』が内地に帰る時少尉はどうしたらいいのでしょうか、松本兵曹長には何かいい対策があるというのでしょうか?生方中尉は今度こそ幸せをつかんでほしいものですね。


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「女だらけの戦艦大和」・手紙<4>安堵・倦怠・驚愕

防空指揮所の後ろ側で一人座り込んで封筒を見つめている少尉がいる――

 

その少尉に風が吹きつけ、艦内帽の下から出た栗色の髪の毛が小さく揺れた。樽美酒ゆう少尉である。少尉は内地からの手紙をもらったものの、(開けようかどうしようか)と迷っているのだった。

少尉には内地に病弱な妹があり、いつ病状が変わってもおかしくない、覚悟はしておくようにと妹の主治医から言われていた。手紙が来たということはもしかしたら悪い知らせではないのか、と樽美酒少尉はそれを見ることを躊躇しているのだった。樽美酒少尉が一人物思いに沈んでいるのを感じ取ったか、今日は主砲射撃指揮所で遊んでいたマツコとトメキチが観測窓から顔をのぞかせて彼女の様子を見ている。

「樽美酒さんの様子が変ね、マツコサン」

そうトメキチが言うとマツコも大きいくちばしをガタガタ言わして

「そうよ、変よ。ちょっと一人にしといていいのかしら。まさかここから身を投げちゃうなんてこと、しないわよねえ?」

と不安げな顔つきになった。トメキチもマツコも、優しい樽美酒少尉が大好きである。いつでも優しく撫でてくれてだまって通り過ぎるということがない。尤もこの『大和』でトメキチもマツコも人気者だから必ず皆触れたり声をかけてくれるが何だか樽美酒少尉の手は柔らかで気持ちがいいのだ。

「ちょっと見に行かない、トメキチ。もしものときは大声で誰かを呼ぶのよ、いいわね」

マツコはそう言ってトメキチと一緒に防空指揮所の甲板に降りた。そしてそっと樽美酒少尉の様子を覗き込んだ。封筒を持ったまま開けようともしない樽美酒少尉であったが、気配を感じて横を見るとトメキチとマツコがそこに立ってこちらを見つめている。少尉は微笑んで、

「やあ、トメキチとハッシ―。そんなところにいないでこちらにおいで?」

と言うと二匹を手招いた。トメキチとマツコは喜んで樽美酒少尉の隣に争って座った。トメキチは少尉の膝に入り、マツコが「やあね、あんたいつも樽美酒さんの膝に入って!」と怒る。そのマツコの頭をそっと撫でて少尉はマツコの体を自分のほうに寄せた。マツコは樽美酒少尉に体を預けて

「ねえ、樽ちゃん。あんたどうしたっていうのよう?こんなところで一人でいて寂しくないの?」

と問う、トメキチも樽美酒少尉の手をなめていたが不意に顔をあげて「この封筒、樽美酒少尉さんのお家からだよ、マツコサン」と、ハシビロに声をかけた。マツコは「お家から・・・」と言ったあとハッとしたような表情でトメキチを見る、トメキチもうなずいて「そうよマツコサン。樽美酒少尉さんの妹さんが具合が悪いって言ってたでしょう?それで少尉さんはこのお手紙が悪い知らせじゃないかって思ってるんじゃない?」と言った。

二匹が何やら話しているのを樽美酒少尉は聞いて、

「そうだよ、私は妹の悪い知らせが書いてあるんじゃないかって心配で開けられないんだよ。妹には元気を出すようにって、ここであった面白い話や君たちのことも書いて送ったんだが・・・でも、いつまでこうしていても仕方ないものね。開けてみよう」

と言って封筒の頭をそっと切り始める。それをマツコとトメキチが固唾をのんで見守っている、その視線の中を樽美酒少尉は封を切り終え、中の便せんを引き出した。そして一回大きく息を吐くと、それを広げて読み始めた。その顔をトメキチは少尉の膝の中から見上げ、マツコは横から見つめる。

息をひそめて見守る二匹、次の瞬間樽美酒少尉の顔が春のようにほころんだ。そして膝のトメキチ、自分にひっつくマツコに、

「トメキチクンにハシビロクン。あのねえ、妹は危険を脱したらしいよ。何でも私が送った手紙が面白くて『そこに行ってみたい』と思って今まで嫌がっていた薬もちゃんと飲むようになったらしいよ。生きる力が湧いたらしいね・・・ありがとう、君たち」

と言って二匹を抱きよせた。その眼からは滂沱として涙が流れる。一度はあきらめた妹の命、それが生きる力を取り戻してくれ、元気になりつつある。これ程うれしいことがあるだろうか。

妹――ひで――は自分はもう治らないし生きていてもこの先病弱なままでいいことなどない、とあきらめていたようだ。楽しいことなどもうこの世にはないと思いこんでもう死んだ方がいい、と薬もほとんど飲まずにいたらしい。が、姉のゆうがそれでも妹を案じて送った手紙の中の海軍生活の面白い話、特にトメキチとハシビロの話、そして航海科の面白い連中の話を読んだ時今までほとんど反応を示さなかったひでが声を立てて笑った。そして驚く母親にゆうの手紙を差し出して『お母様、お姉さまはとっても愉快で面白いお仲間がいらっしゃるのね。ああ、私も逢ってみたいわ!早く元気になってお姉さまのおふねを見に行きたいわ』といい、母親が『それじゃあ早く元気になるためにお薬はきちんと飲まなきゃいけませんよ』というと『ハイ』とおとなしく従ったのだという。

「だから」と樽美酒少尉は言った、「君たちは妹の命の恩人だよ、ありがとう」。

トメキチとマツコはなんだかとてもうれしくなって、樽美酒ゆう少尉の頬をなめ、そして頭をこすりつけてその喜びを表したのだった。

 

そして。

最上甲板左舷の、主砲塔脇に、故郷の家族からの便りを望めない数名が所在なさげにしゃがんでいる。その数名とは、麻生太特務少尉・見張トメ二等兵曹・松本リキ兵曹長である。三人は家族からの手紙や慰問品で浮き立つ艦内の喧騒を避けてここに来た。麻生少尉は親から絶縁され、見張兵曹も継母とは縁を切り(切られ)、松本兵曹長も自ら家族と縁を切ったようなもの。

であるからこの三人は一応「家族なし」、なのである。麻生少尉は見張兵曹と松本兵曹長の横顔を見てから、「なあ、松本兵曹長」と話しかけた。は、なんでしょうかと松本兵曹長が言うと麻生少尉は、

「兵曹長は家族が居ってじゃろう?たまに手紙も来るらしいじゃないか・・ほいでも兵曹長は家に帰らんのか?」

と聞いてみた。すると松本兵曹長は肩をゆすって笑って、

「はい、帰りません。うちはですね麻生少尉、あの家にとっては邪魔もんなんであります。うちは本来こまい頃に死ぬるはずでした。じゃけどうちはなんでか知らん、生きてしもうたんです。いやあ、死ぬはずのもんが生きるとロクなことがないいうんか、うちは体は弱いし食は細い。何をさせてもよう出来ん。頭は悪い、こげえな子供、居らん方がええでしょう?じゃけえうちはずいぶん家族にいじめられました。父親だけが味方でしたが母親の方がえらい強うて・・・ほいでそのうち親父も死んでしもうた。そのあとはもうご想像の通りで地獄でした。

ちょっとしたきっかけでうちは丈夫になりました。で、海軍への道を歩きだしたんですが・・そんなこんなでうちはあの家にはいらん人間、言うかはじめっから居らん人間なんですよ。帰っても居場所がありやせんのです。ですからうちは家には帰らんのであります!うちの居場所は帝国海軍、そして『大和』であります!これはぶち幸せでありますよ、麻生少尉」

と何だか誇らしげに語った。そうじゃったかあ、済まん事を思い出させてしもうてと麻生少尉は謝った。が、兵曹長は笑顔で

「ええんですよ少尉。うちにはもうとうの昔の昔話ですけえね。こうして笑って話せるんですけえ、ええんですよ」

と言った。その兵曹長の笑う顔を見つつ、見張兵曹は(松本兵曹長は偉いのう、うちはまだまだいけん。まだあの人たちの呪縛が解けん。未だに怖くなったり体が震えたりしてどうもいけんのう。ここはひとつ松本兵曹長を見習わんと)と思っている。そして

「松本兵曹長、うちも今までのことを笑うて話せる時が来ますかのう」

と言っていた。松本兵曹長はちょっと兵曹の顔を見た後でにっこり笑うと、

「来るで。絶対来る。トメには麻生少尉が居ってじゃ。あんなあ、人間は自分を誠心誠意思うてくれる人が一人おったらどがいないやな過去でもいつか笑うて話せる時が来るで。うちには、うちをいつも大事にしてくれた新田のおっさんが居る。あのおっさんが居るけえうちはこうしていつも元気で笑うて居れるんじゃ」

というと見張兵曹の背中を優しくたたいた。麻生少尉が「兵曹長はええこと言うのう。人間苦労したもんは奥が深いのう」と言って遠くに視線を投げた。自分の故郷での経験、松本兵曹長の経験そして、見張兵曹の経験がないまぜになって、ちょっとした痛みを伴って麻生少尉の胸を襲う。

三人の頭上を、家族からの手紙に湧く他分隊の乗組員の歓声が通り過ぎて行った――

 

岩井しん特務少尉は、運用科の作業室にいたところで一等水兵から「岩井少尉、お手紙であります!」と一通の封筒を手渡された。ありがとう、と言ってから岩井少尉は「ちょっと待って」と走り去ろうとする一等水兵を待たせるとポケットから小さな羊羹を引っ張り出した。そして「一人で食べなさい」と笑って見せた。一等水兵は破顔一笑「はい!」と返事をすると、力いっぱいの敬礼をして走っていった。

その後ろ姿にちょっと微笑んだ岩井少尉、手にした封筒を(一体だれから?)と裏を返して見た。封筒の裏の、差出人の名前を見た岩井少尉の顔色がさっと変わった。

差出人は――野住光雄――先年の正月、呉で再会した時「二度と会いとうない」と決別したはずのかつての夫だった。(一体どうしてあの人が、ここに手紙を!?

岩井少尉はもう一度表書きを確かめた。(呉鎮守府気付・・・はあほいで鎮守府の人間が調べてここに送ってきたんじゃな)きっと母親が「鎮守府あてに出したらええですよ、ほいなら必ずしんのところへ届きますけえね」とか何とか言って出させたのだろう。

不愉快な手紙ではあるがなにが書いてあるか確かめたい。そう思って急いで便せんを引き出し、その文面を読んだ少尉は思わず

「まさか!」

と叫んでいたのだった――

   (次回に続きます)

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羊羹



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「女だらけの戦艦大和」・手紙<2>喜悦

士官・準士官たちが内地からの慰問品や手紙に一喜一憂している時、下士官以下の皆も――

 

日差し照りつける左甲板の露天機銃のひとつ、その前に小泉兵曹と石場兵曹が立って自分宛の手紙を開封している。何も自分の配置以外に来なくてもいいと思うのだが、「誰から手紙が来たか悟られとうないけえ」という理由でここに来た。

「久しぶりじゃねえ、内地から手紙やらなんやらが来るんは」

と小泉兵曹はいい、手紙の封を切った。石場兵曹も「ほうじゃねえ。最近内地から来たんは妙な雑誌の取材班くらいじゃったけえね。・・・ほういやあ『海軍きゃんきゃん』の新しいんはまだ出来とらんのかねえ?」と言って自分に来た慰問袋を開け始める。

小泉兵曹には実家の父親から。娘の身を案じているそのありがたい言葉に、小泉兵曹の涙腺はちょっと緩んだ。

父親は、

>純子の海軍生活は何年になるだろうか?私は時折指を折っては数えている。あの、ひ弱だった純子が帝国の海の防人となってお国と陛下の為に日々頑張っていることを思う時、父の心は誇りでいっぱいになる。どうかこれからも帝国の名を汚さぬように精進し、そして勝利の日を迎えるよう邁進してほしいと思うのです。そのためにはまず健康一番。風邪をひかないことだね、純子が熱い国にいても寒い国にいても、風邪は油断から来ます。もともと純子は風邪をひきやすいのだから十分に気をつけよ。

と書いて、そのあとに小泉兵曹のすぐ下の弟の進次郎のことに触れた。

>進次郎は学校を終え、家業に専念してくれ私は安心している。小泉商店は今や海軍の御用商人でもあり広島の店だけでなく外地の工場も稼働しているから私一人ではどうにもならなかったが進次郎が外地にちょくちょく出向いてあれこれやってくれるのが大変助かる。純子が進次郎に逢う機会があれば、父が感謝していると伝えてほしい。

小泉兵曹は、ここトレーラーの島の一つに小泉商店が缶詰工場を進出させたのはとうに承知していて以前その開設の為にここに来た進次郎とも逢っている。(最近は逢ってないが、元気だろうか)と弟の身も案じた。そしてもう一度手紙に目を落とし、一枚めくると

>今度内地に帰ることがあったら連絡しなさい。純子もそろそろ身を固めてはどうかと幾人か花婿候補を考えておる。写真はたくさんきてがおるがその中から純子に勧めたい人を厳選しておこうと思う。だから次内地に帰れる時は手紙をよこしなさい。

と書いてあり、小泉兵曹は顔をゆがめて「またか!どうしてこう親言うもんは結婚結婚いうてせっつくんじゃ?うちはまだ兵隊の身じゃけえ、結婚なんぞ早いわ」と言った。それを聞きつけて石場兵曹が慰問袋から顔をあげ、

「ほう、小泉兵曹縁談があるんか?ええのう、大店のお嬢さんはより取り見取りじゃね」

と言って笑った。慰問袋から厳島神社のお守り袋が出てきて石場兵曹はそれを押しいただくと防暑服のポケットに入れた。小泉兵曹はそれを見ながら、

「お守りを送ってくれる方がずうっとええわ。うちがこのまま帰らんかったらきっと次の手紙には見合い相手の写真が入っとるで。はあもううちは結婚なんぞしとうないわ、一人に縛られるんは嫌じゃ」

と嘆息ついた。石場兵曹は慰問袋の中をかき回しながら

「いうてお前はとっくに一人に縛られとってじゃないね。・・・あ・の・ひ・と!」

と言って少しいやらしい笑い方をした。<あの人>とは小泉兵曹となじみの遊郭の男性である。小泉兵曹は顔を真っ赤にしてあわてて

「何をいうんか、それは貴様も同じじゃろう?・・・ほいでも・・・あの人とは絶対一緒にはなれんけえ、うちはそれが寂しい」

と言い最後の方は本当に寂しげな表情になった。石場兵曹は、そこまで入れ込む男性がいないせいか今一つピンとこない顔であいまいにうなずいて、また慰問袋の中のものを引っ張り出した・・・

 

その反対の右甲板の露天機銃座では増添兵曹が今まさに封筒を開けようとしていた。そこに、長妻兵曹が「おおー!増添兵曹。ここに居ったんか」

と言いながらやってきた。増添兵曹の横に来ると長妻兵曹は防暑服のズボンのバンドをいきなり緩め、前ボタンをはずして褌を直し始めた。

「うわ、なんでここでするんじゃね?」

と驚いた増添兵曹に長妻兵曹は「誰もおらんけえね。いうて貴様が居るが貴様と俺は気心の知れた仲じゃけえええじゃろ?なんかのう、ふんどしの位置がどうもしっくりこないけえ直しとうてたまらんかったんよ」

と長妻兵曹はいい、乙女の恥じらいも何もない格好でしばらくふんどしを直していた。がやっと落ち着いたのかズボンを直し、バンドをしっかり締めて増添の横に座り込んだ。防暑服の上衣のポケットから封筒を引っ張り出した。そして、

「おう、貴様にもなんぞ来とってじゃね。誰か、お母さんか?」

と増添兵曹に声をかけてから封を切った。増添兵曹は封筒の裏を見て、「いや、ねえさんじゃ」と言ってからなんとなくいやな予感がするのを感じていた。(まさかあの後また母さんとなんぞあって・・・?)焦りと不安で震える手で、封筒の中から便せんを引き出すとそれをまぶしい日差しの中で開いた。

几帳面な義姉の文字がきちんと並んだその内容は

>要子ちゃん。昨年はとても楽しい時間を過ごせて私も庸一さんもうれしかったです。また内地のお戻りの時は時間の許す限り一緒に過ごしたいです。それから要子ちゃん私はそのあととても驚き、とてもうれしいことがありました。

とあり(一体何じゃろう?)と読むと

>要子ちゃんが艦にお戻りになってしばらくしたある日、お母さんが急に私をお部屋に呼びました。私は何事か、とちょっと覚悟を決めてお部屋に参りました。するとお母さんはお仏壇の前にお座りになって、『そこにお座りなさい』とおっしゃいました。私が座るのを待っていたかのようにお母さんは突然、両手をつき深く頭を垂れると大きな声で『さつき、今まですまんかった。意地悪ばかりしてしもうて、さつきはうちを怨んどるじゃろう、本当に今まですまんかった』とおっしゃるのです。私はとても驚いてお母さんを引き起こしました、お母さんは泣いてらっしゃって、今まで――要子ちゃんが生まれた時のことから今まで――をすべてお話して下さいました。私はそこで初めてお母さんは大変なご苦労をなさったんじゃなあ、と思い知りました。それに比べたら、私がお母さんにされたことなど小さなこと。私は全く気にしておりませんよ、といいましたらお母さんは私の手を取って『済まん事をした、済まん事をした』と言って泣かれるのです。

私もお母さんを抱きしめて泣いておりました。お母さんと私の心が本当に一つになった瞬間でした。以来お母さんとは本当の親子のように過ごしています。お母さんも心の中の様々を出しきることで、本当のご自分を取り戻せたのだ、と思っています。

要子ちゃんと庸一さん、それに洋二さんのお母さんですもの。悪い人であるはずがない。これは私が嫁に来た時から思っていたことです。

要子ちゃん、今度お戻りの時は四人で一緒に畑に行きましょうね、お母さんと一緒におふろにも入りましょうね。

 

「ねえさん。・・・よかったのう」と、増添兵曹は遠い目をしてつぶやいた。おそらくこのことは、兵曹が母親からの手紙を以前に受け取ったころのことだろう。母さんも嫁としてつらい日々を送って居った、ほいでも母さんは自分の感情表現がいかんせん下手じゃけえ、ねえさんを大好きで頼りにしては居ってもそのことを言葉にだせんかったんじゃね。それがうちが帰ったことで何か母さんの心のかぎを開けたとしたら・・・うちはあの日帰ってよかった。母さん今度はねえさんの言うとおりに畑にも行こう、風呂にも一緒に入ろうや。

兵曹の閉じた瞼から一筋、涙が流れた。

その横で長妻兵曹は、防暑服のズボンの上から股のあたりを掻きながら手紙を読む、と不意に「おおーう、姉ちゃんやったのう!」と大声をあげて増添兵曹はびっくりして目を開けた。あわてて涙を服の肩のあたりで拭うと「どうしたんね、長妻さん」と言った。

長妻兵曹は便せんをひらつかせて、

「ほら、うちの姉ちゃんが海軍工廠の士官と結婚した言うてじゃろ?ほしたらなあ、ウフフ、姉ちゃん子供が出来たんじゃと!ウフフ・・・姉ちゃんもやることはやってんじゃのう」

と変な感心の仕方をした。そして「おッ、結婚式の写真も入っとるで!見てみんか。これがうちの姉ちゃんと旦那さまじゃ。ええ女はやはり遺伝じゃのう~、ええ女の妹はやはりええ女。じゃけえうちはモテモテじゃ!」と言って同封の写真を増添兵曹に見せた。

増添兵曹があきれながらも、「お姉さんはちゃんと結婚しとってじゃけえ、何をしようとあたりまえじゃないね?変な奴じゃねえ貴様は。しかしほんと、綺麗な姉さまじゃのう。旦那様もお喜びじゃろう。ほいでおめでたいことじゃ、えかったのう」と祝った。そして

「そうか。赤ちゃんが生まれたらこれで貴様も立派な<叔母さん>じゃな」

と言った。とたんに長妻兵曹の顔色が変わり「オバサンじゃと!」と怒鳴って増添兵曹の胸ぐらをつかんだ。そして

「ええか、うちに<オバサン>なんか言うな!うちはまだ若い、貴様も若いからわかるじゃろう?うちらの年齢は<オバサン>呼ばわりされるんが一番嫌いじゃ!」

と言った。増添兵曹はポカンとしていたが長妻の手を服の襟からそっと外した、そして「まあ落ち着け」と言った後で

「オバサン、言うてそん所そこらのオバサンいう意味で言ったんと違うで。貴様は生まれる赤ちゃんの<叔母さん>じゃけえね。姪っ子から『叔母ちゃん』言われるんはこれはちいと嬉しいもんじゃで。うちも下の兄さんの子供から『叔母ちゃん、叔母ちゃん』言われるともうこの辺がむずむずするほど嬉しいもんじゃ」

と言ってやった。長妻兵曹はちょっとの間考えていたが「ほうか・・・ほうじゃの!」と言うと今度は嬉しげな顔になり、

「ほうかあ、うちは姉ちゃんの子供の叔母さんじゃ。ようし、うちは姉ちゃんの子供が大きくなったらいろんなええこと教えたらんといけんのう!」

と言いだし、増添兵曹は(この女も案外と単純なが。あ、ほうじゃ)と思い、「ええこというて妙なこと教えたらいけんで?ねえさまお一人のお子ではないんじゃけえね。旦那様のことも考えんさい」とくぎを刺すのも忘れなかった。彼女の頭には、「長妻兵曹=男好き」の公式がしっかり叩きこまれているからに他ならない・・・

 

そして。

先ほど内地の家族からの手紙を受け取りながら、いまだに封を開こうとしない少尉が防空指揮所の後方に、まるで身を隠すようにして座り込んでいる。

(読んでみたい・・・でも・・・もし知りたくない事が書いてあったなら・・・)

封筒を手にしたまま、少尉は悩んでいる――

  

  (次回に続きます)

 

         ・・・・・・・・・・・・・・・・

おなじみ下士官たちのお手紙騒ぎです。

増添兵曹は良かったです、懸念していた母親と義姉の仲が改善され次に帰るときには本当に楽しみになりました。長妻兵曹、『叔母さん』になる日も間近ですからちょっとは身を慎んでほしいもの。

さて、封筒を持ったままの少尉とは一体だれ!?そして気になるあの子に内地から手紙は来たのでしょうか??
防暑服(画像お借りしました)。
防暑服


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常夏のトレーラー環礁にその身を浮かべる「女だらけの大和」他の艦艇に、今日内地からの便りを持って輸送船がやってきた――

 

それぞれの艦に仕分けされた手紙や慰問品が、はしけに積まれて『大和』にやってきた。それを手すきの乗組員たちが総出で受け取り、各分隊ごとに仕分けしてゆく。大きく膨らんだ慰問袋やはちきれんばかりの封筒。びっしり細かい字で書きこまれたハガキ。それに小包。

各分隊ごとに仕分けされたそれは、担当者によって分隊に運ばれて行く。艦長や副長、参謀長や各科科長にはそれぞれの従兵が持って行く。見張兵曹も一応「艦長従兵」の肩書があるので今日は艦長のもとへと手紙の束や慰問品と思しき小包を抱えて持って艦長のもとへ。

梨賀艦長は「おお、オトメチャン。ありがとう」と喜んで、駄賃の代わりに大きな羊羹をくれた。見張兵曹は「艦長、私はこのようなものをいただいては・・・」と言ったが艦長は至極ご機嫌で

「いいのいいの。取っておいて。いつもオトメチャンには厄介掛けてるからね」

と言って笑った。見張兵曹はそこまで言われて断るのも、と思い「ではありがたく頂きます」と言って大きな羊羹を胸に抱えて艦長の前を辞した。艦長室のドアが小さな音を立てて閉まった。

艦長は手紙と小包を抱えてデスクの前に走っていって、その上に置いた。手紙の差出人を確かめると、懐かしい子供たちからである。小包は艦長の母親と姉妹からで、手紙はもちろん、手作りの干し柿、干し芋や内地の面白い雑誌、そして家族の写真ほかたくさんの品物。

(母さんたちには、子供を任せきりで迷惑をかけてるというのに)いつも何かしら送ってくれるのが少し心苦しいが内地の匂いのする小包はやはりうれしい。艦長は顔をほころばせてまず、封筒を手に取った。子供たちの連名できている。(末っ子もずいぶん字がうまくなったな)と思っていよいよ嬉しい。

封を丁寧に切って中の便せんをそっと引き出した。薄桃色の便せん、それを開くとまずは長男の文字。国民学校を来年卒業する長男は、書く文字も大人びて、文章さえ少し背伸びしているようで思わず微笑みが浮かぶ。

(「母上」、かあ。ずいぶん背伸びをしたもんだね)と笑いながら読む。この正月に起きたことが細かに書かれていて思わず引き込まれた。懐かしい我が家の風景が脳裏によみがえった。庭のつくばいの中を泳ぐ赤い金魚、それを見て手を叩いて喜んでいた小さなころの長男の姿が浮かんだ。

他の二枚は長女と次女のもの、まだ幼い二人は「おかあさん」とつたない文字の横に艦長の似顔絵を描いてきた。ふふっ、と艦長は笑った。(二人とも私を忘れないでいてくれてる・・・)と艦長は泣きたくなった。出来るならこのまま内地まで飛んで帰って、子供たちをまとめて抱きしめたい。前に内地に帰った時子供たちを抱きしめたあの感触が腕に、胸によみがえってきた。

梨賀艦長は小包や手紙を自分の前に引き寄せると、その上に顔を伏せて泣いた。せつなさがどっと胸にこみ上げ、艦長は声を殺して泣いた。

 

野村副長も従兵から内地からの手紙を受け取っていた。デスクの前に座り、(一体誰だろう)と差し出し人を見れば母親からである。何かあったのか?と手紙にしては少し張りのある封筒の口を丁寧に切って中身を引き出した。便せんとともに、薄い紙に包まれた何かが一緒に出て来た。ふん?と、まず手紙を開いて読む副長。読み進みうちに段々その顔の喜色が萎えて来た。そして薄紙に包まれたものを手にとって薄紙を開く。中身を見た副長、

「来たか、・・・もう私はいいというのに」

副長は大きなため息をついてそれをデスクの上に放りだした。放りだされたものは一枚の男性の写真。見合い写真である。副長の母親は「次子ももういい歳ではないですか?いい加減に結婚だけはしてください。どうか今年は真剣に考えるよう。老いた父母を安心させてほしいのです。写真の方はとても良い人で、次子の仕事のことを十分理解してくれた上で見合いをしたい、と言ってくれています。次回はいつ内地に帰ってきますか?その時は絶対見合いをしてください・・・」と書いてきた。

副長はふてくされたような顔でベッドに行きドスンと音を立てて寝転がった。そして天井を厳しい目つきでにらみながら、

(前の時も同じ文面だった。私の仕事を理解云々と言ってながらあの時の男は私が軍服を着て行ったら文句をつけて来たっけ。見合いの席ですよ、とか言って。私は軍人だ、海軍軍人だから軍服を着て行って何が悪いというんだ。またそう言う奴に当たったらと思うと、金輪際見合いなんぞしたくない。私はまだ若いもん、結婚云々言うなら参謀長の方が先だね)

と思った。あれこれ考えていたら眠気に襲われた。が、(いかんいかん。まだ運用科との打ち合わせがあったっけ)と起き上がりデスクの上に散らばった手紙を封筒に入れて引き出しに放りこむと部屋を出た。

 

森上参謀長への手紙は、石場兵曹が届けた。参謀長は「おっ、ありがとう!」と言って石場兵曹にチョコレートを差し出した。恐縮する兵曹に「いいから取っておけ。一人で食えよ」と言って兵曹の防暑服のポケットにねじ込んだ。

参謀長は「いったいだ―れだ、私に手紙をくれるのは?」と少し浮き浮きした声でひとりごちた。もしかしたら、結婚を約束したあの人からかも?と思いつつ差出人を見れば、がっかり、自分の姉の娘からである。

(なんだ・・・しかしいったいなんだろう、珍しい)

と封を切って中を読めば、『兵学校を受験したいのですがどうも成績がたりません。叔母さまのお力で合格させていただけないでしょうか』と要するに裏口入学をあっせんしてほしいという内容ではないか。最初はあきれて口をポカンと開けたままだった参謀長は、つぎに真っ赤になって怒りだし、

「ふざけるな、成績足りなきゃ勉強しやがれ!それでもだめなら海兵団からコツコツ上がって来いっ!」

と怒鳴るなりその手紙をびりびりに破り捨ててしまった。はあはあと怒りで息を切らしつつ参謀長は(全く。どうしてあいつは昔っから楽していい目に逢おうというクサッタ根性の持ち主なんだか!腹が立つ。俺に不正の片棒を担がせようなんて不届き千万だ)と、タバコを吹かしまくった。あっという間に部屋中に煙が満ちた。怒りのせいか、せっかくのタバコもうまくない。

 

花山掌航海長も久々に家族からの手紙をもらった。第二士官次室で、

「どれどれ、何を言って来たのかな?」

と手紙を開いた掌航海長、読むうちにハッと食い入るように便せんを見つめやがて「ええっ!?」と大声をあげた。たまたまその場にいた山本掌主計長が驚いて「どうしたね、花山さん?」と寄って来た。花山掌航海長は便せんをひらひら振って、

「全く、私の留守に私の許しもなく家族がひっこしなんぞしやがって・・・いままでの家が私は気に入っていたのに何だってそういう勝手なことをするんでしょうねえ!?」

と怒りにまかせてそれを床にたたきつけた。山本掌主計長がそれを拾い上げて丁寧に畳むと花山掌航海長に渡した。そして、「事前に相談はなかったのかね?」と聞いた。すると掌航海長は悲しげに、

「いつもそう、いつもみんな私に何の相談もなしに勝手に決めるんだ・・。家の件だってこれでもう二回目。それにね、勝手に見合いを設定されたことだってありますよ!私はこれっぽっちもそんな気もないってえのに、家族が勝手に盛り上がって私をはめようと・・・」

と言ってうつむいた。山本掌主計長は「え!見合い?ちっとも事前に話さえなかったの?」と言って気の毒そうな顔になった。花山少尉は「そうですよ、勝手に結婚させられるとこだったんだからね!結婚してもしも艦隊勤務が出来なくなったら私は堺川に身を投げて死んでやろう、そのくらい私はショックだったんだから」

とブツブツ言った。山本掌主計長は深いため息をついた。(どこにもそれなりに問題があるんだなあ。しかし気に言っていた家を黙って引っ越されたら、ちょっと悲しいな)

花山掌航海長はテーブルの上にうつ伏すような格好になって、「ああ、あの大きな芭蕉の樹・・・小さな池・・・美しかったつつじ・・・!ああもう別の家なんかに帰りたくなーい!」と泣き叫んでいる。

 

その騒ぎを、通りかかって覗き込んだ麻生少尉は(はあ家族だなんだいうてもいろいろあるんじゃねえ。うちはとうに家族から見限られたけえ、手紙も来ん。それはそれでもしかしたら気が楽なのかもしれん。それにしても、花山少尉は気の毒じゃのう)と思ってその場を去ろうとする。その後ろ姿を見つけて花山少尉は

「麻生少尉、待てえ!貴様の意見も聞きたい、この手紙を呼んでうちに感想を言ええ!」

と泣きわめく。こうなったらしばらくはいうことを聞いてやらないとだめだというのを麻生少尉は知っているので「はいはい。ほいじゃあ読ませてもらうけえ、ちいと待って・・・」と言ってテーブルの上にほっぽり出された便せんをまとめてそれに目を通す――。

 

うれし楽しいはずの内地からの手紙も、内容によっては混乱と騒動のもとになるのであった。

では、他の将兵たちはどうなのだろうか?

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この頃Eメールが幅を利かせているからいわゆる手紙とあまり縁が無くなった感がありますね。でも手書きの文字にはなにか懐かしさが漂います。昔の同級生の手紙、あの頃と変わらない文字だったりすると可笑しさとともに懐かしさがこみあげますね。
手紙というとこの歌かしら!?

 

さて、次回は誰の手紙や慰問品が話題になりますか、ご期待を!


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それぞれの艦に仕分けされた手紙や慰問品が、はしけに積まれて『大和』にやってきた。それを手すきの乗組員たちが総出で受け取り、各分隊ごとに仕分けしてゆく。大きく膨らんだ慰問袋やはちきれんばかりの封筒。びっしり細かい字で書きこまれたハガキ。それに小包。

各分隊ごとに仕分けされたそれは、担当者によって分隊に運ばれて行く。艦長や副長、参謀長や各科科長にはそれぞれの従兵が持って行く。見張兵曹も一応「艦長従兵」の肩書があるので今日は艦長のもとへと手紙の束や慰問品と思しき小包を抱えて持って艦長のもとへ。

梨賀艦長は「おお、オトメチャン。ありがとう」と喜んで、駄賃の代わりに大きな羊羹をくれた。見張兵曹は「艦長、私はこのようなものをいただいては・・・」と言ったが艦長は至極ご機嫌で

「いいのいいの。取っておいて。いつもオトメチャンには厄介掛けてるからね」

と言って笑った。見張兵曹はそこまで言われて断るのも、と思い「ではありがたく頂きます」と言って大きな羊羹を胸に抱えて艦長の前を辞した。艦長室のドアが小さな音を立てて閉まった。

艦長は手紙と小包を抱えてデスクの前に走っていって、その上に置いた。手紙の差出人を確かめると、懐かしい子供たちからである。小包は艦長の母親と姉妹からで、手紙はもちろん、手作りの干し柿、干し芋や内地の面白い雑誌、そして家族の写真ほかたくさんの品物。

(母さんたちには、子供を任せきりで迷惑をかけてるというのに)いつも何かしら送ってくれるのが少し心苦しいが内地の匂いのする小包はやはりうれしい。艦長は顔をほころばせてまず、封筒を手に取った。子供たちの連名できている。(末っ子もずいぶん字がうまくなったな)と思っていよいよ嬉しい。

封を丁寧に切って中の便せんをそっと引き出した。薄桃色の便せん、それを開くとまずは長男の文字。国民学校を来年卒業する長男は、書く文字も大人びて、文章さえ少し背伸びしているようで思わず微笑みが浮かぶ。

(「母上」、かあ。ずいぶん背伸びをしたもんだね)と笑いながら読む。この正月に起きたことが細かに書かれていて思わず引き込まれた。懐かしい我が家の風景が脳裏によみがえった。庭のつくばいの中を泳ぐ赤い金魚、それを見て手を叩いて喜んでいた小さなころの長男の姿が浮かんだ。

他の二枚は長女と次女のもの、まだ幼い二人は「おかあさん」とつたない文字の横に艦長の似顔絵を描いてきた。ふふっ、と艦長は笑った。(二人とも私を忘れないでいてくれてる・・・)と艦長は泣きたくなった。出来るならこのまま内地まで飛んで帰って、子供たちをまとめて抱きしめたい。前に内地に帰った時子供たちを抱きしめたあの感触が腕に、胸によみがえってきた。

梨賀艦長は小包や手紙を自分の前に引き寄せると、その上に顔を伏せて泣いた。せつなさがどっと胸にこみ上げ、艦長は声を殺して泣いた。

 

野村副長も従兵から内地からの手紙を受け取っていた。デスクの前に座り、(一体誰だろう)と差し出し人を見れば母親からである。何かあったのか?と手紙にしては少し張りのある封筒の口を丁寧に切って中身を引き出した。便せんとともに、薄い紙に包まれた何かが一緒に出て来た。ふん?と、まず手紙を開いて読む副長。読み進みうちに段々その顔の喜色が萎えて来た。そして薄紙に包まれたものを手にとって薄紙を開く。中身を見た副長、

「来たか、・・・もう私はいいというのに」

副長は大きなため息をついてそれをデスクの上に放りだした。放りだされたものは一枚の男性の写真。見合い写真である。副長の母親は「次子ももういい歳ではないですか?いい加減に結婚だけはしてください。どうか今年は真剣に考えるよう。老いた父母を安心させてほしいのです。写真の方はとても良い人で、次子の仕事のことを十分理解してくれた上で見合いをしたい、と言ってくれています。次回はいつ内地に帰ってきますか?その時は絶対見合いをしてください・・・」と書いてきた。

副長はふてくされたような顔でベッドに行きドスンと音を立てて寝転がった。そして天井を厳しい目つきでにらみながら、

(前の時も同じ文面だった。私の仕事を理解云々と言ってながらあの時の男は私が軍服を着て行ったら文句をつけて来たっけ。見合いの席ですよ、とか言って。私は軍人だ、海軍軍人だから軍服を着て行って何が悪いというんだ。またそう言う奴に当たったらと思うと、金輪際見合いなんぞしたくない。私はまだ若いもん、結婚云々言うなら参謀長の方が先だね)

と思った。あれこれ考えていたら眠気に襲われた。が、(いかんいかん。まだ運用科との打ち合わせがあったっけ)と起き上がりデスクの上に散らばった手紙を封筒に入れて引き出しに放りこむと部屋を出た。

 

森上参謀長への手紙は、石場兵曹が届けた。参謀長は「おっ、ありがとう!」と言って石場兵曹にチョコレートを差し出した。恐縮する兵曹に「いいから取っておけ。一人で食えよ」と言って兵曹の防暑服のポケットにねじ込んだ。

参謀長は「いったいだ―れだ、私に手紙をくれるのは?」と少し浮き浮きした声でひとりごちた。もしかしたら、結婚を約束したあの人からかも?と思いつつ差出人を見れば、がっかり、自分の姉の娘からである。

(なんだ・・・しかしいったいなんだろう、珍しい)

と封を切って中を読めば、『兵学校を受験したいのですがどうも成績がたりません。叔母さまのお力で合格させていただけないでしょうか』と要するに裏口入学をあっせんしてほしいという内容ではないか。最初はあきれて口をポカンと開けたままだった参謀長は、つぎに真っ赤になって怒りだし、

「ふざけるな、成績足りなきゃ勉強しやがれ!それでもだめなら海兵団からコツコツ上がって来いっ!」

と怒鳴るなりその手紙をびりびりに破り捨ててしまった。はあはあと怒りで息を切らしつつ参謀長は(全く。どうしてあいつは昔っから楽していい目に逢おうというクサッタ根性の持ち主なんだか!腹が立つ。俺に不正の片棒を担がせようなんて不届き千万だ)と、タバコを吹かしまくった。あっという間に部屋中に煙が満ちた。怒りのせいか、せっかくのタバコもうまくない。

 

花山掌航海長も久々に家族からの手紙をもらった。第二士官次室で、

「どれどれ、何を言って来たのかな?」

と手紙を開いた掌航海長、読むうちにハッと食い入るように便せんを見つめやがて「ええっ!?」と大声をあげた。たまたまその場にいた山本掌主計長が驚いて「どうしたね、花山さん?」と寄って来た。花山掌航海長は便せんをひらひら振って、

「全く、私の留守に私の許しもなく家族がひっこしなんぞしやがって・・・いままでの家が私は気に入っていたのに何だってそういう勝手なことをするんでしょうねえ!?」

と怒りにまかせてそれを床にたたきつけた。山本掌主計長がそれを拾い上げて丁寧に畳むと花山掌航海長に渡した。そして、「事前に相談はなかったのかね?」と聞いた。すると掌航海長は悲しげに、

「いつもそう、いつもみんな私に何の相談もなしに勝手に決めるんだ・・。家の件だってこれでもう二回目。それにね、勝手に見合いを設定されたことだってありますよ!私はこれっぽっちもそんな気もないってえのに、家族が勝手に盛り上がって私をはめようと・・・」

と言ってうつむいた。山本掌主計長は「え!見合い?ちっとも事前に話さえなかったの?」と言って気の毒そうな顔になった。花山少尉は「そうですよ、勝手に結婚させられるとこだったんだからね!結婚してもしも艦隊勤務が出来なくなったら私は堺川に身を投げて死んでやろう、そのくらい私はショックだったんだから」

とブツブツ言った。山本掌主計長は深いため息をついた。(どこにもそれなりに問題があるんだなあ。しかし気に言っていた家を黙って引っ越されたら、ちょっと悲しいな)

花山掌航海長はテーブルの上にうつ伏すような格好になって、「ああ、あの大きな芭蕉の樹・・・小さな池・・・美しかったつつじ・・・!ああもう別の家なんかに帰りたくなーい!」と泣き叫んでいる。

 

その騒ぎを、通りかかって覗き込んだ麻生少尉は(はあ家族だなんだいうてもいろいろあるんじゃねえ。うちはとうに家族から見限られたけえ、手紙も来ん。それはそれでもしかしたら気が楽なのかもしれん。それにしても、花山少尉は気の毒じゃのう)と思ってその場を去ろうとする。その後ろ姿を見つけて花山少尉は

「麻生少尉、待てえ!貴様の意見も聞きたい、この手紙を呼んでうちに感想を言ええ!」

と泣きわめく。こうなったらしばらくはいうことを聞いてやらないとだめだというのを麻生少尉は知っているので「はいはい。ほいじゃあ読ませてもらうけえ、ちいと待って・・・」と言ってテーブルの上にほっぽり出された便せんをまとめてそれに目を通す――。

 

うれし楽しいはずの内地からの手紙も、内容によっては混乱と騒動のもとになるのであった。

では、他の将兵たちはどうなのだろうか?

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この頃Eメールが幅を利かせているからいわゆる手紙とあまり縁が無くなった感がありますね。でも手書きの文字にはなにか懐かしさが漂います。昔の同級生の手紙、あの頃と変わらない文字だったりすると可笑しさとともに懐かしさがこみあげますね。
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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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