女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

「女だらけの戦艦大和」・別れの情景2<解決編>

植え込みに隠れている春山兵曹の目の前に、信じがたい情景が展開した――

 

玄関の引き戸が少し荒く開かれた。でてきたのは春山兵曹の「恋人」の男と下宿のおばさんである。おばさんは男に追いすがると、「そんな石田さん、あんた勝手なことを言って!春山さんはどうなるの!」と声を上げた。春山兵曹の隠れている場所から二人の表情はよく見える。

石田、は恋人の名前だ。石田はゆっくりおばさんを振り向くと「いいんですよおばさん。あいつにはもう手紙で別れようと言ってありますから。俺は大体もうあいつを待つのに疲れたんですよ。幼馴染で、結婚も考えたんですがね・・・」と言った。そこでおばさんが口を挟んだ。

「なら、石田さん。春山さんが上陸して来た時、今度こそ結婚を切り出したらいいじゃないの?」

石田は、ふ―っと息をつくとおばさんの顔を見つめて言った。

「・・・・おばさん。俺はいつ帰るかも、ましてやいつ(・・)()どこ(・・)()()死ぬかもしれん奴をいつまでも待つほど気が長くないんです。それに私にも好きな人が出来ました。そばにいないやつよりそばに居てくれる人のほうが大事なんです。俺はその人と結婚します」

これを聞いたおばさんの顔色がスーッと蒼くなった。そして「石田さん、あんたなんてことを」と唇だけが動いた。そしてやっと、

「石田さん、春山さんは国のために命をかけて軍艦に乗ってるんですよ?国を、そしてかけがえのないあなたを守るために戦ってるんじゃないんですか!?・・・それをあなたは・・・」

と声を振り絞ると言った。おばさんの手が、体が小刻みに震えるのを春山兵曹は見た。

石田は鼻の横を人差し指で掻くと、「ここは俺が最初に借りていたところですよね。ですから俺のものはそのまま置かせてください。結婚したらしばらくはこちらでお世話になりますから。あいつのものは、ほとんどないですからね、あいつが明日中に来なきゃ始末しますし、もしも来たらすべて持ってかせて下さいね」と言うとサッと出て言った。結婚する女性の元へと行くのだろう。

おばさんはその場に立ち尽くしている。風が過ぎて行く。

春山兵曹もしばらく植え込みの中で呆然としていたがやがて立ち上がった。おばさんが気がついて、少しうろたえた様子で「・・・春山さん。あなた・・・」と言った。兵曹はうなずいて「ここに居ました。あの人から手紙をもらって・・別れが書いてあったから、一度話をしたいと思ったんですが。話をするような状態でもなかったですね」と言って天を見上げた。

おばさんは話しかける言葉を失ったようで、そっと兵曹の肩に手を当てて下を向いた。兵曹の一種軍装の下の体は震えている、それをおばさんの手のひらは感じ取っている。

やがて兵曹はまっすぐおばさんを見ると

「御迷惑をおかけしてすみませんでした。お騒がせしてしまって。あのひとがいうのももっともかもしれないですね。確かに我々軍人ですからいつ戦死するかもわかりませんし、一旦どこかに出ればいつ帰れるかすらわかるもんじゃないですからね。・・・すみません、私の持ち物を持って帰ります」

と言っておばさんに笑いかけると玄関から二階に上がった。

 

見慣れたふすま。その引き手に指をかけた兵曹は一瞬ためらったが思い切ってふすまを開けた。六畳一間の「二人の愛の巣」だった部屋。そっと足を踏み入れた。

見回せば、まだ「新世帯」のものは入っていない。二人が暮らした頃のまま。壁にかかった鏡、石田が兵曹の背丈に合わせてくれたもの。

そっと覗きこんだ兵曹の目に、鏡に映った自分のうつろな顔と・・・二人が暮らした懐かしい日々が見えた・・・

 

二人が学校を終え故郷を別々に出た後、再会したのはここ横須賀。春山兵曹は当時、空母・赤城の所属だった一等衛生水兵。それがたまたま横須賀鎮守府に上官と一緒に上陸した時石田に出会ったのだった。石田は横須賀の会社に勤めていた。であった時の石田の嬉しそうな顔はきっとこの先も忘れないだろう。

そのあと石田から手紙が頻繁に来るようになり、何度目かの上陸で「結婚を考えてほしい。良かったら、俺の下宿で暮らそう」と言われ、上陸の時は石田の下宿に行くようになった。

そのあと春山は下士官になり『武蔵』に転勤、それを知った時石田は「大きな軍艦に乗るんだね!すごい出世じゃないか!同級生にもそんな出世したのはいないよ、偉いなあ、出世頭だ!」と大変に喜んでくれたのだった。

そして・・・その晩、石田から「どうしても」と言われ春山兵曹は「処女」を彼に与えることになった。石田はその時痛みに耐える兵曹に、確かに「君はもう、これで俺のものだ。離さない」と言ったのだ。

あの晩の痛みはもう過ぎ去ってしまったが、今兵曹の体と心に新たな痛みが去来した。別れの言葉が心に鋭い痛みを放っている。

春山兵曹は苦痛に耐える表情で鏡の前から離れた。そして自分の机代わりにしていたリンゴ箱の上から数冊の本と小さな犬のぬいぐるみを抱え、タンスから数枚の肌着を取りだして風呂敷に包んだ。兵曹の荷物はわずかこれだけであった。

それをしっかり抱えると兵曹は階段を降りた。下で立ちつくしていたおばさんに丁寧に頭を下げて「お世話になりました」と万感の思いを込めて挨拶した。下宿のおばさんにはいろいろ世話になった、「なんの恩返しもしないうちに、こうして出て行くことになってしまって」と言葉が途絶える兵曹におばさんは、首を振って声にならない声でいいのいいの、と言った。

玄関を出て、春山兵曹は力いっぱいおばさんと家に敬礼した。おばさんは頭を下げて礼を受けている。

やがて兵曹は敬礼の手をおろすと、やっと頭を上げたおばさんに「お元気で!」と言うとサッと踵を返し、速足でそこを去った。

その背中をおばさんの「元気でねえ!」の声が優しく撫でて行った。

 

兵曹は、下士官たちが集まる「集会所」に行こうと思った。が、なんだか風景が妙に歪む。頬を何か熱いものがしきりに流れる。

兵曹はひと気のない路地に走り込むとその場でしゃがみこむと思い切り泣いた。風呂敷包みを顔に押し付けて泣いた。風呂敷包みから、懐かしいあの部屋のにおいが兵曹の鼻腔を満たす。

兵曹は、そのまましばらく泣いていた。

 

どのくらい泣いたのだろう、やっと気が済んだ兵曹は立ち上がると歩きだした。(おかしな顔になってないかな)と気になり急ぎ足で「集会所」を目指す。

と、兵曹の抱えた風呂敷から本が一冊こぼれおちた。

あ、と拾おうとした兵曹。その反対から別の手が伸びて本を掴んだ。

はっとしてその手をたどって視線を上げれば、横須賀海軍工廠の男性技師がいて「落としましたよ。・・・あ、牧水の詩集ですか!私も牧水は好きですよ」と言って埃を払うと本を兵曹に渡したその時。

春山兵曹とその男性の視線が正面からあった。

そして二人は視線を外すことが出来ぬまま・・・・長い間見つめあうのだった――

        ・・・・・・・・・・・・・・

初秋の横須賀に新しい恋の予感!

捨てる神あれが拾う神あり、でしょうか。がんばれ春山兵曹。

空母赤城です。真珠湾攻撃では大活躍しました、よろしくね!

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「女だらけの戦艦大和」・別れの情景1

軍艦「武蔵」は横須賀沖にその身を浮かべている――

 

「武蔵」医務科の春山一等衛生兵曹は医務科の部屋に居て何故だか浮かない顔でメスを拭いている。その兵曹を怪訝な顔で覗き込んだのは秋川上等衛生兵曹である。彼女は声がよく軍人よりは歌手になった方がよかったのに、と言われる人である。

ともかく、秋川兵曹は「どうしたね?春山兵曹。ぼんやりしてると怪我するよ?明日から上陸でしょう、彼氏が待ってるんじゃなくて?」と話しかけた。

春山兵曹は浮かない顔のまま、メスを置くと片手を服のポケットに突っ込み何かをひっぱりだした。封筒のようである。

春山兵曹は、「彼氏・・・彼氏。でもね秋川兵曹、なんだか私はこの手紙もらってからちょっと違うんですよ」という。そして封筒を秋川兵曹に突き出した。

「なんだ。見ていいのか?」ととまどう秋川兵曹に、春山兵曹は「いいですよ、いや、ぜひ読んでいただきたいんです。で、秋川兵曹のご意見を伺いたいんです」と言って若干うつろな瞳を上等兵曹に向けた。

そうかあ、じゃあ済まんがといいながら秋川兵曹は封筒から中身を出した。

ちょっとためらいつつ五枚ほどの便箋を開くと男文字の文章が連ねてある。(男が書く文字なんか久々に見るなあ)と思いつつ読んだ秋川兵曹の表情がだんだん曇る。四枚目を読み進んだところで思わず「おい、これ・・・」と上等兵曹は声をあげていた。

「別れようって話じゃないか。いったい何があったんだお前たち?」

秋川兵曹は手紙を両手に持ったまま、春山兵曹の顔を見つめると問うた。春山兵曹は、ふっと短い息をつくと

「わかりません。・・・わからないんです。何があったのか、皆目。ただ一方的にそんな手紙が来たんです。トレーラーを出る直前でした」

と言って下を向いてしまった。秋川兵曹はしばらく春山の顔を見ていたがもう一度手紙に目を落とした。

>もう私はあなたを待てません。

ひとりの部屋はさみしすぎます、あなたは大勢に囲まれているからそんなことはないでしょうが私はひとりで過ごす時間の長さにもう辟易しています・・・

云々と書き連ねてある。あまり要領の良い手紙ではないが「わかれたい、別れよう」という意思は通じる。

秋川兵曹は「要するに、そのなんだ・・・ひとりでいるのがいやなんだな、この男は」と独り言のように言う。そしてふっと顔をあげて春山兵曹を見ると「貴様たち、もしかして<一緒に住んでいた>のか?」と聞いてみた。

春山兵曹は少し顔を赤らめると「はい。彼と私は幼馴染です。結婚を考えているのですが私が兵隊の身では少し早いからと思って籍は入れていないんです。・・・秋川兵曹、このことはどうぞ内密に願います!」と最後はすがるように言った。

秋川兵曹は「誰にも言わないが・・・しかしそれなら早くに結婚してしまえばよかったのに」と言った。長すぎる春は良くはない。

春山兵曹は「下士官任官したらと思っていたんですがその頃から忙しくなりましたからね。作戦行動で外地に出たりなかなか内地に戻れなかったりして機を逸してしまいました。たまに横須賀に戻れても会う機会も時間もなかったですから」とうつむき加減で言う。

秋川兵曹は「そうか・・・。で?明日の上陸でなんとかするんだろう?」と聞いた。秋川兵曹は出来たらこの二人が元の鞘に収まって幸せになってほしいと思った。

春山兵曹は秋川兵曹の目を見つめると、「はい。こうなった以上きっちりとして来たいと。始末をつけてきれいにして来ます」といい、秋川兵曹は(春山ももう、別れるつもりなんだな)と了解した。そして秋川兵曹の差し出した手紙を少し邪険にポケットに突っ込むと、怒ったような顔つきで再びメスの手入れを始めた。

 

翌朝、春山兵曹の乗ったランチが「武蔵」から上陸場へと向かって行った。秋川兵曹は今日は手術室を片づけながらさっきまでのことを思い出していた。

どこか投げやりな感のある春山兵曹に「いいか春山兵曹、決して自棄になるなよ。まだ相手だって本気で別れたいのかもわからんじゃないか。二人して顔を合わせて話しあえばきっとなんとかうまく行くだろう。決して投げるな、決して早まるなよ」と忠告したのだった。

春山兵曹はそれを聞くと少し目に光がよみがえり、その目で上等兵曹を見ると「はい、わかりました」と素直に言ってほほ笑んだ。

(うまく行ってくれ)と秋川兵曹は祈るような気持ちでいる。

 

上陸場に降り立った春山兵曹は人目を避けるように足早に急いだ。目指すは二人で借りていた下宿である。

(もうたぶん、あの人は私と別れるのは確実だろう。なら早い所私の持ち物を引き上げてこないと)次はいつ行けるかわからないから、と春山兵曹は口の中で小さくつぶやいた。

そういいながら心の中では一抹の期待も持っているのだから(我ながらおかしな考えだね。あきらめるのかそうでないのか、しっかりせねば)と、心は揺れている。

今日は日曜日だから彼は下宿に居るはずだ、そこで話し合ってダメならダメでいい。が、もしなんとか修復できるなら・・・と思う春山兵曹は下宿に急いだ。

 

下宿の前に来て玄関を入ろうとした春山兵曹は、中から聞こえてきた声にハッとして思わず身を植え込みの陰に隠した。

次の瞬間・・・

春山兵曹は、衝撃の場面を目にしたのだった――

  (次回に続きます)

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

日本軍の衛生兵が使っていたモノです(これはたぶん陸軍さんのものですね)。

WIKIより。
日本軍の衛生材料


帝国海軍の衛生兵曹の階級章。
 


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日々雑感・「軍ヲタ」中学・高校生時代

前回の記事には皆さんから大変多くのコメントを頂戴し、感謝の念でいっぱいです。過去の経験を無駄にせぬよう、日々精進してゆこうと思います!


さて。
無事、転居先の中学に入学した私ですが、もういじめっ子もいないという開放感から「軍ヲタ」であることを隠すことなく生活を始めました。
仲良くなってくれた近所に住む子を家に呼んで戦争写真集を見せたりその関係の本を並べて見せたりしていました。
その子も私の趣味によく付いてきてくれたものだと今も感謝しています。
二人で変な?零戦の絵を書いたり、私は私でクラスメートを「出演」者に仕立てた漫画(当然軍モノ。確か海軍もので今思うと「女だらけ~」の原型なのかもしれません)を書いてその子に読んでもらったり自分で読んで悦に入っていたという変な中学生でした。

当時私が大事にしていた「写真集」とは、小学5年生の時買ってもらった「一億人の昭和史 太平洋戦争」というタイトルの本で、たまたま新聞を読んでいたら片隅に小さく広告が出ていて「欲しい!ほしいよ~~う!」と矢も楯もたまらなくなり父親に相談しました。父親は出版社に勤めていたこともあり「本が欲しい」という私の願いはほとんど聞いてくれました。で、その本の値段は千円でしたね。でも当時千円は小学生には大金でした。
ですから父親にねだったのですがw。

で、それを手に入れてから一層「軍ヲタ」に拍車がかかってしまったのでした・・・。
その同じ時期に図書館で「童心社」から出ていた「父が語る太平洋戦争シリーズ」全三巻を借り、これも痛く気に入って父親に「買ってほしい!」とおねだり。
学校から帰ってからむさぼるように読んでいました。

で、話は中学時代に戻るとその時書いていたマンガ?は随分長いこと書きました。
受験生と呼ばれる身分になっても、勉強に疲れたり何か嫌なことがあると思い出したように書いていました。それを書くことが唯一の慰めであり、今風にいえば癒やしであったのです。

マンガばっか書いて、ラジカセの曲と一緒に歌ってばかりいた「受験生」も何とか地元の私立高校に滑り込むことができました。
高校はさすがに軍ヲタではなかった・・・と思うならそれは間違いです。
軍ヲタ精神はしっかり生きていました。

しかしこの頃は、「軍ヲタ」をあまり表面に出さない方がいいかも、という政治的配慮が自分の中であり、中学時代のようには軍ヲタを出しませんでした。
もっぱら家で漫画を書くことで発散していました。
なんでか知りません、自分でもよくわからないのですが海軍もの(やはり「女だらけの~」風なテイストでした)で、今思うと噴飯ものでしたが当時は真面目に書いていました。

この頃「吉田満」氏の「戦艦大和」を読んでいまして、その文語調の格調高い文章に魅せられました。
この書物もいろいろ生存者の間で物議をかもしたと聞いています。それは「大和」沈没後の情景を描いたところで、救助の駆逐艦からの内火艇のチャージ(艇指揮)が「生存者が次々に船べりに手を掛け、これ以上乗せると艇が転覆の畏れもあるので船べりに掛かった手を手首から切り落とした」という部分で、これはある駆逐艦の士官を暗に名指ししているようで事実に反すると論争になったと聞いています。

その場面を吉田氏は見ていたわけでもないし、その事実があったということもないので「謝罪しろ」という話になったらしいのですがその後肝心の吉田氏は急逝なさってそのままの状態で今も出版が続いているということです。
吉田氏は「あれ(戦艦大和、という本自体)はフィクションである」とおっしゃったというので当然「手首切り」もフィクションという扱いになるのでしょうが、していないのに「助けを求める兵の手首を切った」とされた元士官は気分は良くなかったでしょうね・・・

話はそれましたが、その本も参考に漫画を書いていた私。
まあ当然のように成績はよくなかったですね、ハハハ・・・。どうでもいい?知識ばかり増えても大学受験には役に立たないのですが、好きなものは止められないのでした。

そんなある年の初夏。
いつも使う国鉄の駅の前の掲示板にこの夏公開の映画のポスターが貼られました。
それこそ・・・
「連合艦隊」
でした。

主演の永島敏行さん、金田賢一さんがかっこよくって・・・古手川祐子さんも大好きな女優さんでしたね。そのポスターの前で変態のように立ち止って見つめる変な高校生。
でもそれを劇場に見にゆくことはなく、やっと見たのはその後数年たってからTVででした(泣)。でもそのビデオテープは長いこと所持していて、結婚の際も持って行きましたww。
この映画は何回も見ているので登場人物のせりふも覚えていました。たぶん・・・今もほとんど言えるかもしれませんね!?

やめられない止まらない、軍ヲタ・海軍ヲタ。
この後も「いつも心に海軍を!」ってな感じで一人で盛り上がる私であります・・・!

次は、戦争映画について書いてみようかと思っています。



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日々雑感・「大和」たちとの出会い

私が、「大東亜戦争」というもの、そして「戦艦大和」を初めて知ったのはいつだったろうか?

ふと考えてみたのですが、まず「大東亜戦争(太平洋戦争)」は、私が小学生の2年生の時でしたね。読書の時間に、みんなで図書室にいってそれぞれ本を借りて教室に戻り、読むことになりました。
皆思い思いの本を本棚から出して教室に戻ってゆきます。
私は、「ひめゆり部隊の最後」という本の背文字を読んで「?なんだろう」と引っ張り出し、それを持って教室に。

読むうちに周りの物音が聞こえなくなりました。
幼かった私には衝撃的な内容でした。初めて読んだ「戦記物」で、<ひめゆり>、<鉄血勤皇隊>、<対馬丸の遭難>についてそれぞれ体験者や遺族が書いていました。

<鉄血勤皇隊>に配属された中学生の体験記は胸が苦しくなるほどでした。
<対馬丸>で遭難した女生徒の手記も恐ろしかった。

その本から私の「戦争」に対する興味が湧いて来たのでした。よく私の祖母が戦争中の話をしていたり、母は見て来たように「日本兵の蛮行」を話していましたから余計だったかもしれませんが。

そして小学5年のころ。4年生で転校した私はその新しい学校で激しいじめに遭い、外で遊ぶということがあまりなくなっていました(いじめっ子に出会うとその場でいじめられるから)。
そんな私を慰めてくれたのはもちろん「本」ですが、ある日、近所の書店に父親と行った時見つけました!

「戦艦大和の最後/真珠湾上空6時間」(偕成社少年少女のノンフィクション3 1975年第16刷。ちなみに私が小学2年の時読んだ「ひめゆり~」の本も同じシリーズでした)!おお、なんだこれはすごいぞ!というわけで買ってもらいました。

これは初めて読んだ「兵隊さん」の話でしたからもう一気に読みました。
「戦艦大和」では、吉田少尉が33歳、妻帯者の兵曹と最後の朝食を取る場面で「--兵曹は33歳、(中略)彼は郷里に妻がありやがて初めての赤ん坊が生まれる・・」とあり、「我が子の顔もみずに果てる父、片平兵曹の胸中はどのようであっただろう」の部分で泣いた記憶があります。

その後の戦闘の場面は正直吐き気を催すくらいショックでした。でも、私はその時(こんなひどい思いをして戦った人たちがいたんだなあ・・・それに比べたらいじめなんかなんとかなるはずだけど)と思ったのでした。

「真珠湾上空6時間」では、ハワイ奇襲の様子に「スカッと」した私でありました・・・ww。

その後もいじめは続き、それでも学校にはなんとか通った私でした。そんな私をそっと支えてくれたのは「戦艦大和」とその乗組員だったかもしれません。
小学校卒業とともにその土地から転居し、新しい土地で中学生になった私はいじめとは縁が切れ、今でいう「軍ヲタ」として3年間クラスにその名をとどろかせたのでした・・・・!

(「戦艦大和の最後/真珠湾上空6時間」は今も私の手元にあります)


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「女だらけの戦艦大和」番外編・連合艦隊連合運動会7<解決編>

「第一位の発表!」宇柿参謀長の声に皆がしんと静まった――

 

宇柿参謀長はちょっとだけもったいぶって咳払いをした。「台北航空隊」所属の零戦搭乗員がイラつきながら「カッコつけてねえで早く言えよまったくもう・・・」とつぶやく。周囲の兵が同意の唸りをあげる。

宇柿参謀長は手にした紙をパン、と鳴らすと「第一位。空母機動部隊及び各航空隊合同チーム!」と大声で言った。

とたんに「うおおおお!」と機動部隊と航空隊搭乗員・整備員たちから大声が湧きだし、皆は両手を天に突き上げて、

「機動部隊バンザイ!航空隊バンザイ!これからは航空機の時代だ、空母の時代だ!おおおお!」

と雄たけびを上げた。山口たも少将・「飛龍」加来艦長・「蒼龍」柳本艦長、それから坂井少尉や武藤少尉他の搭乗員たちは飛びあがって大喜びである。

「そうだと思った、そうだと思った!機動部隊や航空隊の素早い身のこなしは連合艦隊壱だ!戦艦に勝ったぞー、やったー!」

それを聞きながら「大和」「武蔵」他戦艦部隊は複雑な表情を浮かべながら「・・・うん?いいんじゃない・・・?私たち普段から目立ってるし・・・ここは機動部隊や航空隊に花を持たしてあげたいし」と負け惜しみである。

ともあれ結果が発表され壱位から三位の代表に賞状とトロフイ―が手渡された。オトメチャンも無事にプレゼンテータの役目を終えたのだった。

 

そして、山本いそ長官から閉式の辞と、「本日1800から1830の間にフォード島に総員集合してほしい」との言葉があり、ここに「連合艦隊連合運動会」は終わった。

皆は会場となった『赤城』『加賀』の艦上を丁寧に片付けたあとそれぞれの艦などに戻って1800まで休息を取った。

疲れきって甲板上の天幕の下で風に吹かれて眠ってしまう兵たち・・・。お疲れ様。

 

さて。

1800になるとランチや内火艇、小艦艇が兵を満載してフォード島にたくさん接舷した。

「いったい何があるんじゃろうなあ?まさかついでじゃけえ、ここで陸戦訓練とかいい出すんじゃなかろうなあ」

と、麻生分隊士は心配げである。他の皆も不安げな顔つき。一人松岡中尉だけが「みんな~。もっともっと熱くならなきゃだめじゃないか!一所懸命さがたりないから機動部隊に負けたんじゃないか。陸戦訓練大いに結構だ!さあ、熱くなれよ!」とラケットを振り振り熱くなっている。

それをうんざりしたような顔で石場兵曹が見て、「まあ、何ならお1人でどうぞ。うちは戦闘より疲れたけん、正直休みとうなったわ」と力なく言った。

見張兵曹が「石場兵曹がこがいに疲れとるんは珍しいですねえ」と言うと小泉兵曹が少し笑って「石場兵曹、運動会の前の晩から興奮してよう眠らんかったんじゃと。石場兵曹、こういうことが大好きなんじゃ」と言った。石場兵曹は真っ赤になって「こら小泉!言うたらいけん!まったく貴様は口が軽うていけんねえ!」と小泉を小突いて皆は笑った。

 

ランチが続々とフォード島に着き、皆は『間宮』の兵に案内されて大きな広場に出た。

と。

「うわああ・・・」

皆の口からため息が漏れた。そこには陸戦訓練ではなくーー日本各地の郷土料理が『間宮』の兵や軍属のコックたちの手によって用意されていたのだった!

北は北海道の「チャンチャン焼き」、秋田の「きりたんぽ」、宇都宮の「餃子」、千葉の「イワシの叩き」、山梨の「ほうとう」。名古屋の「味噌煮込みうどん」、広島の「牡蠣飯」、岡山の「まつり寿司」、香川の「さぬきうどん」。

福岡「治部煮」、熊本の「馬刺し」、大分の「だんご汁」、宮崎の「ひや汁」。沖縄の「サーターアンダーギ―」等等等・・・・

皆が言葉をなくしているそこに、山本長官が中央に進み出て

「今日は本当に皆お疲れ様!今日は皆の出身地の郷土料理を集めて『間宮』の諸君に作ってもらった!思う存分、腹いっぱい食べてほしい。そして英気を養い、米英撃滅を一日も早く成し遂げようではないか!」

と叫んで皆は「おーう!」「ありがとうございます長官!」「『間宮』のみんなもありがとう!」と叫んで・・・・そして、皆であちこちのブースを回ってそれはそれは腹いっぱい食べたのだそうな。

 

「麻生分隊士。日本にはたくさんおいしいものがあるんですね」

見張兵曹はそう言って麻生分隊士と並んで食べている。分隊士はそんな兵曹を見ながら「そうだなあ。はよう戦争に勝って、日本中の美味いもんを食って回りたいもんじゃの」とほほええむ。

それを聞きつけて長妻兵曹が二人の後ろから「その時はぜひ、この長妻をご一緒に願います」といい、皆は大笑いをしたのだった。

ハワイ真珠湾・フォード島に帝国海軍の女将兵の明るい笑いがはじけた――

        ・・・・・・・・・・・・・

「連合艦隊連合運動会」やっと終わりました。長すぎる話でしたが書いているうちに楽しくなってしまいました、すみません!

↓山梨県の郷土料理、「ほうとう」。私もよく作りますよ~(画像はWIKIから)


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