2017-10

思い出をレッコ 2解決編 - 2017.06.11 Sun

正月二日のその晩、桜本兵曹・高田兵曹そして長妻兵曹は浜辺に立っていた――

 

星が降るような空を見上げながら桜本兵曹は

「トレーラーで迎える正月、もう何回になりましょうなあ」

と言った。高田兵曹が「ほうじゃねえ」と言い長妻兵曹が「もう勘定できんくらいなわ」と言って三人はひそかに笑った。

「ほいで?」と高田兵曹が言った、「オトメチャンはここで何をしんさるつもりかね」。高田兵曹も長妻兵曹も、桜本オトメチャンがしたいことはなんとなくわかっていた。オトメチャンは何やらたくさん入ったきんちゃく袋を抱えてきている。

果たしてオトメチャンはその袋の中からたくさんの手紙とはがきの束を取り出した。その多さに一瞬目を瞠った高田と長妻の前にオトメチャンはそれを差し出した。

「見てつかあさい」

とオトメチャンは言って、高田兵曹はやや戸惑いながらもそれを受け取った。きちんとひもでまとめられた手紙とはがきの束の一番上の封筒には几帳面な文字で「桜本トメ様」と書かれている。

「…あん人からのか」

長妻兵曹が言ってオトメチャンの顔を見つめた。星明りにオトメチャンの顔は美しく、長妻兵曹は一瞬見とれてしまったが気を取り直すと

「これを…あんたはどうするんじゃね」

と尋ねてみた。するとオトメチャンは

「ここで…レッコします」

と決然とした口調で言った。やはり、と思いつつも高田兵曹は

「そうか。思い切ったな…つらいことはすべて忘れてしまえ。――いうて人間そうそうすっぱりは忘れられんじゃろうがこれはその第一歩じゃ。よう…覚悟しんさったね」

と優しく言ってオトメチャンを抱き寄せた。長妻兵曹もそばでうなずいている。オトメチャンは高田兵曹の胸の中でかすかに嗚咽を漏らしたようだったがやがて体を離すと涙を拭いて

「お二人に、うちの終わった恋の見届け証人になっていただきたいがです。どうかよろしゅうに願います」

と言って高田と長妻はしっかりうなずいた。

オトメチャンはふうっと大きく息をつくと、砂浜にしゃがみ込み穴を掘り始めた。深さを三〇センチほど掘ると手紙を縛っていたひもを解いた。そして数通の封書をねじると穴の中に放り込み、ポケットからマッチの小さな箱を取り出し、マッチを擦った。

勢いよく炎が上がると、オトメチャンはそれをねじった封書の下にそっと入れた。炎は手紙に燃え移りやがて大きくなり始めた。オトメチャンは次々に手紙を、はがきを炎の中に入れてゆく。

その表情はあくまで無表情で、高田兵曹は胸を打たれた。オトメチャン、どんとな気持ちでこれをしとるか思うたら…

「うちも、つらいで」

高田兵曹はだれにも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。

 

オトメチャンの「終わった恋の火葬」は続いた。

三人は手紙が燃える小さな穴の周りに座り込んで炎を見つめていた。しばらく三人は黙っていたが沈黙を最初に破ったのはオトメチャンで彼女ははがきを小さく破きながら

「うちが、やっぱしうちがあほだったんじゃね。ちいとばっかし優しくされたから言うてその気になって、結婚じゃと。なあ長妻兵曹、うち変じゃよね。そのくらいで舞い上がってしもうて。うちは自分の生まれをもっと自覚すべきじゃったわい。なけえこうなってもおかしゅうない。あん人をせめてはいけんよね」

と言った。長妻兵曹はオトメチャンの顔を見つめた、ついで高田兵曹の顔を。

高田兵曹は自分の右側に座ったオトメチャンの肩をぐっとつかむと自分の方へ向かせた。そして優しく噛んで含めるように

「ええか。今回のこと悪いんは全部あん人じゃ。紅林いう人の自分勝手が招いたことじゃ、オトメチャンはちいとも悪うないで。自分が悪い思うたら大間違いじゃ。ええか?そもそもオトメチャンと交際したいいうて小泉兵曹のおやじ様に頼み込んだんは紅林じゃ。ほいで結婚したいいうてんもあいつじゃろ?それを、ここに来て別の女に心奪われてオトメチャンを捨てたんはあいつじゃ。悪いんはすべてあいつじゃで?アンタはちいとも悪う無い。ほいでな、生まれうんぬんいうがあんたの生まれは両親がわかっとってなけえちいとも恥じることはないで?そんとなこと言うたらうちはどうなるんね、うちは父親がどんとな人かもわからん。うちのほうこそほんまなら結婚なんぞできん、してはならん身じゃろ?オトメチャンの産みのおかあさんは桜本家の娘じゃし、お父さんは見張家の当主で元は海軍士官じゃ。なあも恥じることなんぞない。成り行きでそうはなったがお二人は本当の夫婦もさもありなんいうくらい純粋な愛情でつながっとったと聞いたで?なけえもうそんとに自分を責めなさんな。あんたが自分を責めるいうことは、ご両親を責めることにもなるで?じゃけえもう、済んだことは忘れてこれで新しい時分として生まれ変わらんといけんで、ええね?」

と言い聞かせた。

「高田兵曹ー!」

高田の言葉が終わったと同時に桜本兵曹はもう一度兵曹の胸にしがみつくと号泣した。長妻兵曹がもらい泣きしている。

高田兵曹はオトメチャンの頭をそっと撫でながら

「ええな、わかったな?どんとなつらいことがあろうとも人生あきらめたらいけんで。いつかきっとええことが待っとるけえね。その日をしっかり信じて待っとればええんよ、わかったね」

と言い、オトメチャンは泣きながらうなずいた。

長妻兵曹は、防暑服の胸に涙を落としながら、最後の手紙の束を炎の中に投げ入れた。ぼうっとひときわ大きな炎が上がって手紙の束は燃え尽きたーー

 

三人は、手紙の束が燃え尽きたあともしばらく浜辺に座ってきらめく星々を映しこんで輝く海を見つめていた。波打ち際に寄せる波の音を聞きながら、不意にオトメチャンが

「お二人とも、うちの勝手に巻き込んでごめんなさい。ほいでもうち、高田兵曹の言葉で目が覚めた気ぃがしてます。すべては燃えました、消えました。じゃけえうちも新しい気持ちで頑張ろう思います」

と言って高田も長妻も微笑みを浮かべた。

長妻兵曹が

「その意気じゃオトメチャン。うちはそう遠くない将来、オトメチャンになんかええことが起きるような気がしてならんのよ。いや、気休めや慰めでのうてね。これで結構うちの勘は当たるんよ」

と言ってオトメチャンは嬉しそうにほほ笑んだ。そして

「うち、信じて待っとります。ありがとう長妻兵曹」

と言って、手紙の束がすっかり灰になった穴に砂を入れ込んで埋めてしまった。はいこれで終わりました、レッコ完了と言ったオトメチャンの顔は、星明りにも晴れ晴れして見えた。

そして

「ほうじゃ、高田兵曹の結婚式。ここでされるんですよね。うちも参列したいなあ…ねえ長妻兵曹?」

と言って長妻兵曹は

「ほうよ、分隊士にお願いしたらええ。うちら昔っからの友達・戦友じゃけえお許しでるじゃろ」

と言って高田兵曹は恥ずかし気にうつむいて

「すまんねえ。忙しいいうんに」

と言ったがオトメチャンは「いまは作戦もないし忙しいこともないでしょう。うち麻生分隊士にお願いしてみます」と言った。

 

そして…それから一週間ほどたちいよいよ明日呉海軍工廠の男性技術士官たちが到着の予定日となったのだった――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・

大掃除。

終わった恋の後始末模したオトメチャン、自分を責める気持ちが再び吹き上がっては来ましたが高田兵曹の諭しと長妻兵曹のまなざしに救われました。長妻兵曹の予言?通り素敵なことがあるように祈りましょう!

次回いよいよ山中夫婦に……!お楽しみに。

思い出をレッコ 1 - 2017.06.10 Sat

大みそかを明日に控えたその日、トレーラー環礁に停泊中の各艦艇では大掃除が行われているーー

 

『女だらけの大和』でもご多分に漏れず大掃除が各分隊で行われている。

二十一分隊医務科では、病室のベッドの布団を最上甲板に持ち出して布団干し。ほかにも医療器具を消毒したり診察室のカーテンを洗ったりあるいは、床を念入りに拭いたりと忙しい。その陣頭指揮に日野原軍医長が当たって、分隊員たちはその指示に従っててきぱき働いた。

機銃分隊は機銃の砲身内に詰まりがちなカスをブラシでごしごしと掻き出す。主砲砲台はそれぞれの砲身を動かし、その動きを見て「よし。動きに異常なし」などとやっている。

通信科でも、重い通信機を動かして普段掃除のなかなかできない部分の埃を雑巾(ソーフと呼ぶ)で丁寧にふき取る。山口通信長もソーフを手にあちこち走り回って通信機を拭いたり下士官嬢たちと床を拭いたりと忙しい。

黒多砲術長は各部署を見回って

「細かい部分も今日思い切ってきれいにしよう。なんでも、年明けに呉の海軍工廠の士官が来るという噂を聞いたからね、きちんと綺麗にしておかないと<大和>の名折れだからね。頼んだよ」

と言って第一砲塔の配置の兵曹嬢は「ほう~呉の海軍工廠のね。ご苦労さんでございますな。で、そのお嬢様方なにしにいらっしゃるんで?」と黒多砲術長に言うと砲術長、

「なに言ってるの、お嬢様士官じゃないよ。男性士官が来るんだから余計きちんとやってよね」

というにおよび下士官嬢や兵隊嬢たちは

「な、なんですとー、砲術長なんでもっとはように言うてくれんのですか!おいみんな、男性士官が年明けに来なさるんじゃと、身ぃ入れて綺麗にせえや!」

大慌てでもう一度たったいま掃除した場所を点検する。黒多砲術長、その様子を見てクスッと笑いながら

「男性士官が来るというのはいい刺激になるね。ときどき来てくれたらいいのになあ」

と独り言ちる。

 

そんな中副砲分隊では高田兵曹が何だかうきうきとしてソーフを使っている。彼女の班員の西田水兵長がそれを見て

「高田兵曹、なんや嬉しそうですなあ?なんぞあったんですか」

と尋ねると高田兵曹はうれしそうな顔で西田水兵長を振り返るとその耳元に「あんまり大声で触れ回ったらいけんで?うち、年が明けた一月の二十日にトレーラー(ここ)で結婚式挙げるんよ」とささやいて西田水兵長は思わず「わあ。ええですねえ!」と大きな声を出してしまっていた。高田兵曹が慌てて「しーっ、大声出したらいけんいうんに」といったものの分隊員たちが耳ざとく聞きつけて二人のそばに駆け寄ってきて

「どうしたんじゃね西田さん」「なにがあったがです、兵曹?」

と騒々しくなってしまった。閉口している高田兵曹、そこににこにこしながら生方中尉がやってきて

「おおみんな、まだ知らんかったのか?…なんだ高田兵曹いい事なんだから教えてあげたらいいのに。私の口から言っていいね?実はね高田兵曹は年明けに結婚するんだ。お相手は<南洋新興>グアム支店長!すごいだろう~、みんなもあやかれるようにその日は結婚式に参列しよう。砲術長にはお許しいただいてるからね」

と言ってその場の皆は「ギャーッ!」と叫んで祝意を表した。高田兵曹、照れくさそうに微笑んでいる。

 

そんなころ、航海科の区でも大掃除が行われていて、松岡分隊長・麻生分隊士が指揮しながら粛々と掃除は進んでいる。ハシビロコウのハッシー・デ・ラ・マツコに、小犬のトメキチそれに仔猫のニャマトも箒を使ったり塵取りをもっていたりソーフで床を拭いたりと忙しい。

小泉兵曹が

「おおい、部屋の中が済んだらそれぞれのチェストの中の整理せえや。なんでも年明けに内地の工廠から男性の士官が来なさる言うてよ、汚あにしとったら恥ずかしいけえちゃんとしとけや」

と言って亀井上水だの酒井水兵長たちが「ハーイ、きれいにしますぅ」と返事をする。石川二等兵曹が

「酒井水兵長はいつもきれいにしとってじゃが亀井上水は散らかっとるけえ、きちんとせえや。もし男性士官に除かれたら恥かかんならんけえの。航海科のみんながほうじゃ思われたらかなわんけえね」

という。桜本兵曹が笑いながら

「ほうじゃわ、石川兵曹はいっつもきれいに整理整頓しとってから、亀井上水は見習わんといけんで」

と言って亀井はわざとプーっとふくれて見せてみな笑った。

やがて部屋の掃除を終えて、各自は自分のチェストを点検し始める。亀井上水のチェストの中はごみこそないものの雑然としているので見かねた桜本兵曹が

「石川兵曹。すまんが亀井上水のチェストの整頓を手伝うてやってくれんかね?」

といい石川兵曹は快く「わかりました。亀井上水、ちいとうちに見せてみんか…ありゃこりゃあいけんねえ」と言いながら亀井のチェストの整頓を始める。

「さて」

と桜本兵曹は独り言ちるときれいに整頓された自分のチェストの奥から何やら入った大きめの巾着袋を取り出した。そしてしばらくの間その袋を眺めていたが

「これは年が明けたら…」

とつぶやいてチェストの奥に戻した。小泉兵曹はそれを聞いて聞かぬふり見てみぬふりをしたが、その中身がなにであるかを知っていた。

(オトメチャン、あれをどうするつもりなんじゃろうか。あの中身…オトメチャンにとっては大事なものだったが、しかし今となっては)

しかしさりげなく作業を続ける小泉兵曹であった。

 

そして新年。正月三日である。

この日オトメチャンは上陸日である。同じ上陸組に高田兵曹、長妻兵曹がいた。高田兵曹は「うちの家で遊ばん?」と言って二人を自分の<>に誘った。オトメチャンには、紅林の件の時世話になった高田の家、今となっては懐かしさがある家に

「行ってもええんですか?」

と嬉しそうに言って長妻兵曹とともに訪ねた。

今日は正月ということもあってこの家を使う将兵嬢はいないらしく、家は静かである。高田兵曹は二階に上がると「高田」の表札のある戸を開けた。ここは彼女の私室である。

「お邪魔します」

と桜本と長妻は入り、高田は「まあ楽にしんさい」と言って茶の用意を始める。それを桜本兵曹は手伝いながら

「あの、高田兵曹。長妻兵曹…」

と言った。どこか切羽詰まったような言い方に高田と長妻は一瞬顔を見合わせてから

「…なんね?どうしたんね?」

と尋ねた。すると桜本兵曹は

「あの、今夜…うちレッコしたいものがあるんです。その…お二人に立会人になっていただきたいんです」

と言ったその表情はどこか必死なものが現れていて、高田と長妻は黙ってうなずいた。

 

そしてその晩――

  (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・

呉海軍工廠の男性技術士官が来るというのでどこかうきうきした感じの『女だらけの大和』ですが、桜本兵曹いったい何をするつもりなのでしょうか。次回をご期待ください。

 

レッコ。海軍の言葉で「捨てる」と言った意味です。

新しい光 - 2017.04.23 Sun

<潮風>くんは、布団の上に横たえたオトメチャンの服をそっと脱がせ始めたーー

 

それでもオトメチャンは微動だにせずなすがままである。<潮風>くんは優しい手つきでその作業を終えると今度は自分が来ていた浴衣を脱いでオトメチャンの横に添い寝する形になった。

「いいんですね?」

と彼は確かめるように言ってオトメチャンは小さく「…はい」と答えた。<潮風>くんは小さくうなずくとオトメチャンの上になった。心なしかオトメチャンの表情に緊張が見えた。

<潮風>くんはそんなオトメチャンに接吻した。長い接吻の後彼の手はオトメチャンの頬を撫で、そのあと首筋に下がりやがて乳房にたどり着く。そしてその先にそっと触れてみるとオトメチャンは頬を赤らめて恥ずかしさに耐えているようである。

<潮風>くんはそこにしばらく触れた後、いよいよその手をオトメチャンのまだ締めたままの下帯に掛けた。オトメチャンがはっと身を固くしたのがわかった。

<潮風>くんはそれに構わずそのひもを解き、オトメチャンの両足を大きく開かせ自分の腰をそこに入れた。

「う…」

とオトメチャンが嗚咽を漏らし始めた。<潮風>くんは動きをとめてオトメチャンを見つめた。しばらく部屋の中に満ちるのはオトメチャンの嗚咽だけになった。

どのくらい嗚咽を漏らしていたのだろうか、やがてオトメチャンは泣き止むと<潮風>くんに

「ごめんなさい、うち…いさぎようないですね。この期に及んで女々しく泣くなんぞ帝国海軍の軍人の風上におけんですね」

と言って片手の甲で涙をぬぐった。<潮風>くんはそんなオトメチャンにやさしく微笑みかけると

「本当はトメさん、したくないんですよね?」

と尋ねた。その優しいまなざしにオトメチャンの瞳がまた潤んだ。そしてオトメチャンは

「ごめんなさい。ほんまいうたらうち…しとうないんです。ほんまにごめんなさい。でもあの時、うちは許婚だったひとから<あばずれ>呼ばわりされて無理やりされそうになって…自棄を起こしておったんじゃ思います。ほいで高田兵曹にヴァーを捨てるけえいうてお願いしてここに連れてきてもろうた。ほいでも、いざとなるとうちもどうも怖いような気がしてならんのです。<潮風>さんにはほんまに申し訳ないです」

というとまた静かに泣き始めた。

<潮風>くんはオトメチャンを優しく抱きしめると

「わかっていましたよ、なんとなくでしたが、でもやはり。いいんですよ、私はトメさんの意に染まないことはしません。あなたを大事にしたいと思います。そしてあなたの初めては、いつか出会うあなたの大事な人のために取っておきましょう」

と言った。オトメチャンが泣きながら

「うちに…そんとな人がいつかできるでしょうか?」

というと<潮風>くんは微笑みながら

「当たり前ですよ。トメさんは素敵な人だ、海軍さんとしてもそして女性としても。きっとあなたを大好きになって、一緒になりたいという素敵な男性が現れるはずです。ですからどうかご自分を卑下したり安売りをするようなことはもうやめてくださいね、これ、私との約束ですよ」

と言ってオトメチャンの片方の手を優しく取ってその小指に自分の小指を絡めた。

「はい…」

オトメチャンは、いつだったか紅林に「小指に絡まった赤い糸」の話を聞いたのを思い出し、少しつらい心持ちにはなったが

(赤い糸もきっと長うてからまる先を間違うたんじゃろう。うちはいつまでも待とう、本当にうちを好きになって一緒になってくれる人が出てくるんを)

と思い直した。そして微笑み返したオトメチャンに<潮風>くんは

「ああ、トメさんの笑顔は本当に素敵ですね!きっと、いや絶対素敵な男性が現れますから待ちましょうね。…そうだ今夜は」

と言ってオトメチャンに浴衣を着せかけ自分も浴衣を着ると、ちょっとのあいだ部屋を出て行き戻ってくると手にはちょっとした料理と酒を持ってきた。

「今夜は新しいトメさんを祝いましょう」

と言って二人はその晩は遅くまで食べ、飲み、そして語り合ったのだった。

 

それを隣の部屋で耳をそばだてて聞いていた高田兵曹はほっと安どの息をつき、

(ああえかった!<潮風>くんいうんは大した男じゃ。感謝します。――言うてもうちの佐野さんのほうがずっと大した男じゃがね)

と思ってくすくすと布団の中で笑ったあと、深い眠りについたのだった。

 

翌朝、オトメチャンと高田兵曹は<潮風>くんに心から礼を言って見世を出た。えかったねえ、えかったです、と言い合いながら。

その後ろから「おーい、おぼこちゃーん!」と大声を上げて追っかけてきたのはだれあろう棗主計特務大尉、彼女はオトメチャンの肩をひっつかむとこちらに向かせその顔をじーっと見つめた。高田兵曹が気味悪く感じるほど見つめた後棗大尉はウフフーッと笑うと

「ああえかった!おぼこちゃんのままねアナタ。ほっとしました。自分を大事にしなきゃいけませんよ」

というと「じゃあねえ~」と言ってそのまま走り去っていった。

高田兵曹がその後姿を見つめながら

「棗大尉、心配しとってなあね」

とつぶやきオトメチャンは「ありがとうございます、棗大尉」と言って力いっぱいの敬礼をしたのだった。その二人にトレーラー島の新しい朝の光がまぶしく照ったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・

 

どうなることかとは思いましたがオトメチャン、ヴァーを守ることができました。<潮風>くんナイスガイですね!紅林、彼の爪の垢でも煎じて飲んだらいいのに…ってもう遅かったですが。

 

次回新しいお話が始まります、誰が主人公になるやらお楽しみに!

悲しみを抱きしめて - 2017.04.17 Mon

オトメチャンの号泣が、廊下へと漏れ出したとき高田兵曹はたまらずに部屋の前に立ってしまっていた――

 

「オトメチャン、」と声をかけようとしたとき、向こうから二人の士官がやってきた。高田兵曹は敬礼の姿勢を取り、二人の士官も返礼した。そしてそのうちの一人の士官―どちらも中尉だったがーが、閉まった襖をそっと指さして

「どうしたんです?すごい泣き方だが?」

と高田に訪ねた。高田兵曹は「申し訳ありません騒がしくって」と簡単にいきさつを話した。するともう一人の中尉嬢が

「あなたはどこの艦の人かな?」

と尋ねるので兵曹は「大和です」と答えた。ほう、大和!と言って顔を見合わせた中尉嬢たちだったがふと思い当たったような顔になると高田兵曹の顔を見つめ

「あなたの話からさっするにこの中にいるのは、見張の達人の<桜本兵曹>ではないのかな?彼女には許婚がいると聞いていたけれど?」

と聞いてきた。高田兵曹は驚きの目を瞠って「その通りであります。あの、桜本兵曹をご存じなのですか?」というと中尉嬢の一人、寺尾は

「おお、申し遅れましたが私たち『飛龍』の飛行隊のものでね、桜本兵曹が『飛龍』に手伝いに来てくれた時ちょっと話をした間柄なんだ」

とほほ笑みもう一人の中尉嬢・中井も「そうなの。――で、彼女ずいぶん悲しんでるようだがこのままでいいのかな」と心配げに襖を見つめる。

その間にも襖の向こうからは桜本の泣き声が響いてくる。

高田兵曹は「うちも心配なんです…許婚にこっぴどく振られて、ほいでここでヴァーを落とすなんぞ言うけえうちはどうしたらええかわからんまま連れてきてしまいました…そんとなことしてえかったんか、うちははあ、ようわからんくなってしもうて」と言って悲しげにうつむいた。

そうでしたか、と寺尾が言うと次の瞬間中井中尉は「邪魔しますよ」というなり襖をそっと開いた。中では<潮風>にしがみつくようにして泣き続ける桜本兵曹がいて、寺尾中尉ははっと息をのみ「――やはりあの時の」と小さく叫んだ。

二人の中尉は<潮風>くんにしがみついて泣く桜本兵曹のそばに膝をつくとその肩に手をかけた、桜本兵曹が顔を上げ、その目が大きく見ひらかれ

「か、艦攻のねえさん…?」

と小さく声が上がると、二人はうなずいた。すると桜本兵曹はさらに声を上げて泣き出した。二人はそっとオトメチャンを<潮風>くんから離すと詳しいわけを聞き出した。

 

「そうだったのか、痛ましいことだ」

寺尾中尉がオトメチャンの話を聞き終えるとそういって下を向いた。中井中尉も「こんなひどい話があっていいものだろうか。それにしてもひどすぎるではないか!」と憤る。

高田兵曹は部屋の外に立ってこの様子を見つめている、とそこに「高田兵曹じゃない?どうしたんじゃね」と声がかかり高田兵曹が顔を向けるとそこには『大和』の主計特務大尉の棗佐和子が立っていた。高田兵曹は思いもよらない人物の登場に驚きながら敬礼し

「棗大尉。なんで棗大尉がこげえなところに居りんさるんですか?」と尋ねてしまった棗大尉は「あら~。たまにはアタシだってにぎやかにお酒を飲んだりしたいわよ!でもアタシ、夫のある身ですから男遊びはしませんことよ」

と言ってから泣き声の漏れ出てくる部屋を覗き込むなり

「オトメチャン…!あれはオトメチャンじゃないね、どうしたんじゃね。――まさか高田さん、あんた嫌がるオトメチャンをここに連れてきてヴァーを捨てさせようとしたんと違うかね!」

と兵曹を振り返って厳しい口調で問い詰めた。「そんとなことしてええと思うとるんかね?」

高田兵曹は慌てて片手を顔の前で横に振ると

「違います、違いますそんとな悪いことうちはようしません。ほうでのうて、…そのうちの話をしばらく聞いてつかあさい」

と言ってここに至るまでの話を始めた。棗大尉はその場に立って腕組みをして厳しい顔のまま聞いている。やがて高田兵曹が話し終わると棗大尉は

「ほうね、ようわかった」

と言って腕を解いた。ほっとした高田兵曹、その兵曹に棗大尉は

「あの様子じゃしばらくは泣き止まんで。まあ、あとはあの男性に任せとったらええわ。きっと…ええがいにしてくれるとうちは思うで?じゃけえアンタはあんたで遊んだらええよ」

と言って笑いかけた。高田兵曹は

「いえ、うちは許嫁の居る身ですけえ遊びません。今夜は隣の部屋で一人寝をします」

と至極真面目な顔で言い棗大尉は「ほうかね、ほんなら一人でゆっくり眠りんさい」というとその場を去って行った。

その間にも<艦攻のねえさん>たちがオトメチャンをなだめている。高田兵曹は廊下からその様子をじっと見つめている…

 

どのくらいたったか<潮風>くんは口を開いた。

「あの…。私トメさんの気持ちを大事にしたいと思います。皆様にはいろいろな思いがあるとは思いますがどうかここは私に任せてはくれませんか?決して悪いようには致しませんから今夜は私に任せてくださいませんか?」

誠実そうな<潮風>くんの穏やかな物言いに、<艦攻のねえさん>の中井中尉・寺尾中尉達そして廊下に立って事の推移を見守っていた高田兵曹はふと顔を上げ、彼の顔を見つめた。

<潮風>くんはまだしゃくりあげているオトメチャンの背中を優しくなでると

「お願いします。ここは任せてください」

と言い、<艦攻のねえさん>たちは

「そうか…。わかりましたそれなら今夜、あなたに彼女をおまかせしよう。どうか、彼女の心が安らぐように願いますよ」

と言ってほほ笑むとその場を立ち、廊下に立ったままの高田兵曹の肩をポンと叩くと

「気にはなるだろうが彼に任せようじゃないか。あなたも大変だったね、今日はここに泊まるのかな?――そうか、ならゆっくり休みなさい。私たちも今夜はこの見世で過ごすから。…ではごきげんよう」

というと廊下を去って行った。

高田兵曹はその後姿に敬礼すると、オトメチャンたちの部屋のふすまをそっと閉めた。

 

<潮風>くんは襖が閉まると部屋の押し入れのふすまを開け、中の布団を出し手早くその場に延べた。ひくひくしゃくりあげながらも表情のない瞳でそれを見つめていたオトメチャンに手を差し伸べ<潮風>くんは

「さあ、来てください…」

とささやいた。オトメチャンは彼を見上げ、そしてその右手が彼に伸びた。延ばした右手を<潮風>くんは優しくつかむとオトメチャンをそっと立たせそして、抱きすくめると次の瞬間布団の上にそっと倒していた――

  (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・・

『飛龍』の<艦攻のねえさん>たちや棗主計大尉まで顔を出しての大騒ぎにはなりましたが、いよいよオトメチャンにその時が来るのでしょうか?次回をドキドキしながらお待ちくださいませ!

覚悟の座敷 - 2017.04.10 Mon

オトメチャンに言った衝撃的な言葉に、しばしそのきれいな顔を見つめたままの高田兵曹だった――

 

「ほんまに言うとんか?そんとなこと軽々にいうたらいけんで?」

と高田兵曹はオトメチャンの肩をつかんでいった。が、オトメチャンは至極真面目な顔でうなずくと「うち、それでええ思うたけえ言うとんのよ。じゃけえ高田兵曹、今晩…お願いします」と言って頭を下げるのだった。

オトメチャンーー桜本兵曹の頼みは<遊郭に連れて行ってほしい>ということで、「うち、もうヴァー(ヴァージンのこと)落としたいんです。いつまでもそんとなものにこだわっとるとあほを見るような気ぃしてなりませんけえ、いっそ捨ててさばさばしたいんです」とオトメチャンは言ったのだ。

うーん、と高田兵曹は頭を掻いて唸った。そして「そんとなことしてええんじゃろうか」とか「ほいでも本人がええいうんなけえええんじゃろうか」などとぶつぶつ独り言を言っては首をひねる。

桜本兵曹は

「高田兵曹、兵曹にはご迷惑をかけませんけえどうか、連れて行ってください。ほいでそこでうちはどうしたらええんか、それだけ教えてつかあさい!」

と懇願した。ついに高田兵曹は

「ほんなら一緒に行こう…ほいでも途中で気ぃ変わったら遠慮せんで言うんよ?こういうことは、ええと、なんて言うたっけ、…ああほうじゃ、デリケートなことなけえの」

と折れた。

 

その晩二人は連れ立ってトレーラー水島の中心街に出かけた。さえない表情のオトメチャンをちらちら横目で見ながら高田兵曹は(ほんまにええんじゃろうか、ほんまに)と考えている。そのうち一軒の見世が目に入り、高田兵曹は「ここでええか。うちも前に何度か来とってなけえ、いろいろ融通は利くけえな、ほいでここならそがいに料金も取られんけえの」というと店の玄関を入り、後からついていているオトメチャンに「さ、こいや」と声をかけた。

オトメチャンはおとなしく高田兵曹の後をついてきて、仲居の案内に従って二人は二階へとあがった。一室に入ると高田兵曹は仲居をそっと廊下に押し出し自分も出ると何やら話して仲居にいくばくかのチップを握らせた。仲居はうなずいて去ると、高田兵曹は部屋に戻り

「もうちいとしたら料理が来るけえの。ほいでそれを食うたあと男の人が来んさるけえ…、ええな?」

と桜本兵曹にささやいた。桜本兵曹は緊張のためなのかそれとも相変わらず気が晴れないのかさえない顔いろのままでそっとうなずいた。

時間的にも客が多くなる時間のようで、玄関の方からにぎやかな声が聞こえてきては二人の部屋の前の廊下を通ってどこかの部屋に入ってゆく。

桜本兵曹は

「この手の見世は、ずいぶんと流行っとるんですねえ」

とぽつりと言った。高田兵曹はうなずいて

「ああ、今日は特に多いのう。訓練帰りの艦でも居ってんかね?」

と言ったそこへ、仲居が茶を運んできて「お料理、もうちょっとお待ちくださいませね」と言って障子が閉まった。高田兵曹は受け取った湯呑の一つを桜本兵曹に渡して「もうちいとじゃと。ここのめしは美味いけえねえ、じゃけえ客も多い」と言った。そして付け足すように

「男の人もなかなかじゃで」

と言ってふっと笑った。ほうですか、と桜本兵曹は言いしばらくの間二人は黙って茶を飲んだ。やがて中井が料理を持ってやってきて二人の前に並べた。仲居が去ると高田兵曹は「さ。食えや」と言って自分の膳の上の箸に手を伸ばし桜本兵曹も倣った。

「相変わらずうまいのう」

「ほう…なかなか美味いですな」

と二人は小さな声でこもごも言って料理を半分ほど食べたころ、男性が一人入ってきた。この男性こそ今夜オトメチャンの<相方>になる予定の男性である。男性は高田兵曹に会釈した、高田兵曹はうなずいてオトメチャンのほうをそっと指さした。男性はうなずくと、右手に持っていた小ぶりの徳利を左手に持ち替え桜本兵曹の膳の上のさかずきを右手で取り上げると、兵曹に持たせた。桜本兵曹が

「あ、すみません」

というと男性―潮風という見世の名前を持っているーはにこやかにほほ笑み

「どういたしまして」

と言った。そして「私を<潮風>と呼んでください」とあいさつした。オトメチャンは静かな瞳で彼を見つめると

「よろしゅうお願いします、潮風さん。うちのことはトメと呼んでつかあさい」

と挨拶を返した。そして二人は杯に満たされた酒をそっと飲んだ。それを見てから高田兵曹は

「ほいじゃあうちはこの隣の部屋に居るけえ、なんかあったら呼びんさいや」

と腰を上げ襖をあけて出て行った。

二人きりになると、<潮風>は微笑みながら

「トメさんはお初めてですね。この見世は」

と言って杯に酒を注ぐ。オトメチャンははあ、と言って<潮風>の顔をまっすぐ見つめると

「御見世も初めてですが…、じつはうち男の人とも今日が初めてになるんじゃ」

と言った。その瞳に何か必死なようなそれでいて切ないものを見た<潮風>は何か不思議な気持ちになって杯を全の上に置いた、そして

「男もお初めて、なんですか…で、今日ここであなたの初めてを私が、というわけですか」

というとオトメチャンの瞳が急に潤み始めた。そして大粒の涙がぼたぼたと音を立てて彼女の膝に、そして畳の上に落ちた。

<潮風>はびっくりして

「どうなさったんですトメさん?…もしかして何か、わけありですね?私でよかったら聞かせていただけませんか?事に及ぶはそれからでも遅くないですから。夜は長いですからね」

と言って膳を脇に寄せた。オトメチャンもそれに倣うと膳を脇にどけ、「実は」といきさつを語り始めた。

 

<潮風>はオトメチャンの語った長い話に衝撃を受けた。なんてことだ、と言って下を向いてしまった。オトメチャンはすすり上げながら

「うちみとうなもんは幸せにはなってはいけんのです、じゃけえあん人を恨んだりはしません。ほいでもうち、あん人が好きだった。じゃけえすぐに忘れられん。忘れるにはどうしたらええか一所懸命うちなりに考えたんじゃが、こうするんが一番ええ思うたんです、じゃけえ<潮風>さん、うちの初めてをどうか…」

と言ってまた泣き出した。

<潮風>は、オトメチャンの背中にやさしく手を置くと

「トメさん、あなた本当にそれでいいのですか?」

と言った。泣いていたオトメチャンは顔を上げると

「ええんです!ええんです、だからどうかうちを、うちを!」

というなり、<潮風>に抱きついていた。

オトメチャンの号泣が部屋の外まで漏れ出していた――

 (次回に続きます)

   

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

なんということでしょうか、自棄になったのかオトメチャン。ヴァーを捨てようと繁華街の見世に繰り出しました。

この後…彼女は本当に??

次回をご期待ください。

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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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