心をつなぐもの

某海軍航空隊基地のある島では、搭乗員嬢たちは現地の人々に大人気である――

 

搭乗員の彼女たちが街を歩けば「ハーイ、パイロット!」「ニホンのパイロット、きれいね~」などと声をかけられることは日常茶飯事。

搭乗員嬢たちはやや恥ずかしげにそれにそっと手を挙げて応えるのが通例になって居る。

以下はそんなある日のちょっとしたお話し。

 

〈隠れた才能〉

その日の夕刻間近、零戦搭乗員の早川少尉以下数名は新飛行場の見学を終えて中型トラックの荷台に揺られて基地に帰る途中であった。皆、「新しい飛行場が早くできるとよいな」とか「すると、ほかの航空隊が入ってくるのでしょうかねえ?」などとおしゃべりが続いている。

その時、トラックのエンジン音がぶすぶすとおかしな音を立てて、やがてトラックは止まってしまった。早川少尉は

「どうしたの?ガス欠か?」

と荷台から運転席に乗り出して尋ねると運転席の整備兵曹たち二人が

「ガス欠ではないんですがエンジンがおかしくなってしまったようです…申し訳ありません、今調べます」

と言って車を降りた。

少尉は荷台の搭乗員嬢たちに「――だそうだよ。ちょっと時間がかかるかもしれない」と言ってから自分も荷台から降りて兵曹たちに「何か手伝えるかな」と言ってエンジン部分の点検を始める。

しかし思いのほか時間がかかり、まだ直らないうちに日が沈んでしまった。懐中電灯の細い光の中懸命に作業は続いたがはかどらない。

「こんなところで足止めとは…司令に連絡が取れればいいのだが」

早川少尉が心底困ってしまった時。

道の向こうに自動車のヘッドライトがギラリと光りこちらへ向かってくるのがうかがえた。整備兵曹嬢の一人、米倉兵曹が「おーい、おーい!止まってくれえ」と両手を振り大声を出した。果たして向こうから来た自動車は彼女たちの前で止まってくれた。

その中から降りてきたのは現地の男性で、この地の知事である。知事は

「ドウシマシタ?日本の海軍サン?」

と言って、兵曹たちから話を聞くと「ソレハいけません…私ノウチニキテクダサイ。自動車ナオセル息子イルネ、電話モアリマス。さあ行きましょう」と言って彼の自動車の後ろに綱をつけそれで海軍の中型トラックを引っ張ってくれた。

一行は知事の家に着いた、すると中から大勢の家族が飛び出してきて

「サアどうぞ!いらっしゃいませ!」

と言って皆を家の中へと招じ入れてくれた。飛行服姿の搭乗員たち、それに三種軍装の整備兵嬢たちも下へもおかないもてなしようで彼女たちは恐縮してしまった。

知事が一人の若い男性を連れてきて、「コレ私のムスコ。自動車ナオセル。チョトだけ待っていてホシイネ」と言って息子は笑顔で一礼すると外へ出て行く。

その間に、早川少尉は電話を借りて基地へ連絡。基地司令に訳を話し、司令は「直り次第帰隊しなさい。直らない時はまた連絡して。いずれにしても彼らには丁寧に礼を言って」と言い、電話を切った。

その間に家族たちはごちそうをもってきて

「サアどうぞ!召し上がれ」

と一行に勧める。いただきますと言っていいものか皆が戸惑っていると知事は早川少尉の背中をそっと叩いて

「ワタシタチとあなたたち、今日友達ニナレタネ。その印ダカラ食べてほしいデス」

と言って知事手ずからとりわけの皿を皆にそれぞれ手渡し、勧めた。彼の妻や娘息子たちも「ドウゾどうぞ」と勧めるので

「ではいただこう、せっかくの気持ちを無にしてはいけない」

ということで皆「いただきます!」と大皿に盛られた料理に手を伸ばした。美味いおいしいと嬉しそうな搭乗員嬢たちに家族や知事も嬉しそうである。

やがて楽しい会食が一段落つくころ、知事が立ち上がると部屋の中に鎮座しているピアノを弾き始めた。すばらしい、玄人はだしのピアノの音に皆はうっとりと聞きほれた。知事の娘の一人が搭乗員の一人・河野一飛曹に

「オトウサン、気分がいい時ピアノ弾きマス」

と教えてくれた。うれしいことですね、と、河野一飛曹が言うとその横に座っていた畑田上飛曹もうなずいた。しばし素晴らしいピアノの音に酔っていた一同は、弾き終えた知事に拍手した。

「素晴らしい、素晴らしい演奏です知事!」

口々に言う搭乗員たちに嬉しそうにほほ笑みながら知事は

「デハ、パイロットの皆さんモぜひ一曲」

と言ってピアノに手を差し伸べる。下士官嬢たちははっと身を固くした。彼女たちはピアノを見たことがありこそすれ、弾いたことなどない。

どうしよう…

下士官嬢たちの間に困惑が広がった其の時。

「では私が。下手ですがご容赦」

と立ち上がったのはだれあろう早川少尉。皆は「早川少尉ピアノを弾けるんだろうか」「そんな話聞いたことないわ…ああ恥かかなきゃいいけど」などとコッソリささやく。

早川少尉はピアノの前の椅子に腰かけると、飛行服の袖を少しまくり上げ鍵盤の上に軽く両手を乗せた。皆が固唾をのむ――と少尉の両手が滑らかに動き出し素晴らしい曲を奏で始めた。搭乗員嬢・整備兵嬢たちはびっくりして少尉を見つめ、知事一家はまるで祈りをささげるときのような格好で両手を胸の前に組んで聴き入っている。

そして弾き終えた少尉に皆は「ブラボー!」「早川少尉素晴らしい」と喝さい。少尉は恥ずかし気に椅子から立って「いやいや…とんでもない!学生時代ちょっとかじっただけの下手の横好きってやつです。お耳汚ししてしまって」と言った。ドアの前には知事の息子が立っていてこれも拍手して「ブラーボー!」と叫ぶように言っている。

そして彼は「自動車ナオリマシタ…時間かかってゴメンナサイ」と言った。彼は整備の米倉兵曹・庄司兵曹とともにもう一度外の自動車のところへ行き直した部分の説明をして整備兵曹嬢を感動させた。

一同は知事一家に丁重に礼を言い、早川少尉が「改めてお礼に参ります。知事、素晴らしいピアノをありがとうございました」というと知事は笑って

「御礼ナンカいいね、直ってヨカッタネ。そしてハヤカワサンのピアノ、素晴らしかった!マタ来てヒイテください」

と言い、皆は知事と固く握手をした。早川少尉のピアノという隠された才能は、ひそかにこの地の人々の間に流れていた「日本の搭乗員は場を盛り上げることが苦手」という風評を一掃するのに役立ったのだった。

 

〈祈りの歌〉

別の日。

新飛行場建設も緒についてきたある朝、建設現場を視察に行った基地司令一行。

しかし兵舎の建て方に一部不具合が見つかってしまった。それが現地作業員と海軍設営隊の間で悶着になり基地司令の加藤伊月大佐は収めるのに苦労する羽目に陥ってしまった。

司令に付き従う士官・下士官嬢たちも困惑してその激しいやり取りを見つめるばかりである。加藤司令があれこれ折衷案を考え出そうとしたが作業員も設営隊員もなかなか聞く耳を持ってはくれない。

このままでは無事飛行場を開くことができないのではないか…皆のあいだに不安が広がった。それでも昼食を取ろうということになり、皆押し黙ったまま車座になって昼飯を食べる。普段陽気な現地人作業員も今日は固い表情で黙々と食べ、海軍側もむっつりとしている。

食べ終わっても互いに目を交わしあうこともない。

いやな空気が流れているその時。

一人の下士官嬢―小西兵曹―がふっと歌いだした歌に、現地作業員たちは顔を上げた。そして腰を上げ、彼女の周りに座り込むと一緒にその歌を歌い始めた。

「なんだ?どうしたんだろう?」

加藤司令はこの展開に驚いて隣の中尉を見つめたが中尉も訳が分からないと言った顔である。

小西兵曹が歌ったのは讃美歌である。その歌に作業員たちは反応したのだった。そして彼らは

「ゴメンナサイ、私たち間違ってマシタ。許してクダサイ」

と言って海軍側に謝り、それに驚いた海軍側も「いや。こちらも悪かった。高圧的にものを言ってしまって申し訳ありませんでした」と謝る。

加藤司令は突然の和解に驚いて小西兵曹に

「どうしたことだろう、兵曹何か魔法を使ったのかね」

と尋ねたが小西兵曹はこともなげに

「魔法ではありませんよ。私、実はクリスチャンでして、時々ふっと賛美歌を歌うときがあるんです。今日たまたまうたった讃美歌が彼らの好きな歌だったようです。で、彼らは『この歌を歌えるなら信用に足る』と思ってくれたらしいですよ」

と言った。そうかそれは良かった、と加藤司令は言い皆を見た。今までずっと仲良くやってきたのであるから和解できないはずもなく、もう皆はにこやかに冷たい茶を飲み交わしてほほ笑みあっている。

兵舎も、もうじき出来上がるだろう。

加藤司令は爽やかな気持ちになって、現地作業員の一人が持ってきてくれた冷たい茶を飲みほした。

 

そして今日も、街中では「ハーイ、海軍サン!」「パイロットのミナサン、素敵ネエ!」と現地の人たちに声をかけられ笑顔で応える海軍搭乗員たちであったーー

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・

何かで読んだ話をモチーフにして創作しました。

国や言葉は違っても、真心があれば伝わるし喧嘩も収まる。それにちょっとした小道具があればなおさらでしょうか。

皆晴れやかにいられるのが一番ですね。

「そこまでやるか!?」―女はつらいよ 2〈解決編〉

小林上等整備兵曹が言うにはーー

 

「我々のものではだめなら代用品に頼ればいいんですよ」と小林兵曹は泰然と微笑みながら言い、皆は「代用品…代用品っていったい何を?」と首をひねった。その皆に得意げな顔で小林整備兵曹は外を指さすような格好をしてから

「この島には住民が牛や馬を放牧していますよねえ。それを使わない手はない。つまりですね、牛の小便に馬の糞を代用するんです。明日の朝いちばんにこの中から選抜した特別攻撃隊を農場に向かわせて小便と糞を採取してくるんです。糞はチンケースに入れるとして、小便はですねえ」

というと部屋の隅っこから何かを取り出した。皆が注目する中彼女は長い柄のついた柄杓を取り出してきた。

「これを牛の股の間に突っ込んで小便を取るんです」

すると皆「おおー、なんて素晴らしいアイデア」と沸き立った。

そして得意顔の小林兵曹を隊長に〈特別攻撃隊員〉五名は選抜され、夜明けを待つこととなった…

 

その朝早くー東の空が白々開けるその少し前―小林整備兵曹を隊長とする、特別攻撃隊六名は宿舎をそっと抜け出した。柄杓とチンケースを持ち、飛行帽に防暑服のいでたちで、途中適当な枝を折り取って飛行眼鏡のバンドの間に差し込んで〈偽装〉しながら。

やがて、行く手に牛や馬が寝そべっているのが見えた。動物たちのほかに人の姿はない。

「なあ、小林兵曹。誰かに見つかったら怒られんか?」

と〈攻撃隊員〉の一人・赤坂兵曹がそっと言うのへ小林兵曹は

「誰も来ない…牛馬の持ち主は日が高くならなきゃ来ないから平気だ。それに動物に危害を加えるわけじゃない、万が一見つかったら適当な理由をつければいい」

としれっとして言った。それを聞いてほかの〈攻撃隊員〉たちは「ほうさすがだね小林兵曹」と感心しきりである。

それらの声を押さえて小林兵曹は皆を二班に分け「私と赤坂兵曹、田川兵曹は牛の小便を取る。ほかの三人は馬の糞をとれ」と指示した。はい、と返事をした皆の飛行眼鏡に朝日が当たりまぶしく光り、小林兵曹はそれを見て

「日が昇るぞ…そろそろ馬や牛が起きて小便するから、いざ出撃だ」

というと、皆は中腰になって柄杓やチンケースを抱え、馬や牛たちのそばにそろそろと歩いてゆく。途中馬担当班の渡辺一飛曹が

「その辺に馬の糞が落ちてますよ、それじゃいけませんか?」

というと小林整備兵曹は顔の前で片手を左右に振り

「ダメダメ。なんでも鮮度が大事なんだ。ひりたてを拾え」

と命じた。わかりました、と渡辺一飛曹がいい同じ馬班の坂本一飛曹、今野一飛曹が一頭の馬に狙いをつけ柄杓片手に歩み寄る。

牛班の小林兵曹たちも一頭に狙いをつけ始めたーー

 

それから一時間半ほどのち。

宿舎にこっそり戻ってきた六人は大きなひしゃくになみなみ入った牛の小便、チンケースに山盛りの馬の糞をアレの搭乗員や整備兵嬢たちに分け与えた。

皆「よかった…。小林兵曹ありがとうございます」と大喜びで小便を小さな瓶に入れ、糞をマッチ箱に入れ込んでそれぞれの名前を書いて張り付けたのだった。

 

そしてその日の午前中にやってきたのはトレーラー水島の海軍診療所の村岡軍医大尉と『大和』から日野原軍医長。そして基地付きの軍医長も一緒に診察をする。

二人の軍医は搭乗員嬢や整備兵嬢など基地の総員を診察し、採取してあった尿と便を大きなケースに入れると司令に

「結果はのちほどお知らせします。そうですね、二週間もあれば判定できます」

と言って従妹島を後にした。

アレの最中の搭乗員嬢たちは「ああよかった、これで一安心」と胸をなでおろしたのだった。

 

水島から村岡軍医大尉と日野原軍医長が血相変えて従妹島にやってきた。しかも飛行機を仕立ててである。雨宮シメ中佐はいったい何が起きたかとめまいを起こしそうになりながら二人を迎えた。

二人の軍医は真っ青な顔になって司令の前にたつと「これを見てください」と言って何やら書類を出した。それには健康診断で行った検尿検便の検査結果が書かれていたが一部の下士官嬢たちの結果、

「ここです、見てください」

と村岡軍医大尉が指さした。日野原軍医長が困り果てた顔で

「彼女たちの尿と便からあり得ないものが出たんです…雑菌ばい菌、ありとあらゆるものが…。しかも便からは藁まで…いったい彼女ら何を食ってるんですか?」

と尋ねた。

「!?」

雨宮司令は調査結果を見て頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。いったいこれは…どういうことだ。彼女たちにはしっかり飯を食わせているはずなのに、あれでも足りずそこらの藁を食ったりわけのわからないものを食っているとしたら、司令の私の管理責任能力が問われるではないか!

司令は頭の中がどうにかなりそうなのをこらえ、妙な結果の出た下士官嬢たちを呼び集めた。そして司令から促され日野原軍医長が先日行った検査で驚きの結果が出たことを伝えた。

すると下士官嬢たちの間に動揺が広がり、村岡大尉が「なにをしたでえ?隠さんで言え?叱ったりしないから言えし」と優しく促した。

下士官嬢たちの人垣をかき分け、小林整備兵曹が進み出て「実は」と馬と牛の糞と小便を集めたという真実を話した。

日野原軍医長は

「なんだ、月のものが始まっていて尿検査をするのが嫌だったのか…なんだならそういえばよかったのに。…しかし、そこまでやるかねぇ?」

と笑ったが小林兵曹は

「―司令はアノ時でもかまわんとおっしゃって…どうにも『いやです』と言い出せない雰囲気でした。どうかこれからこの検査があるときは日延べするか何かの手立てをお願いしたいであります」

と皆の心情を代弁した。

雨宮司令は黙って聞いていたがやがて顔を上げると

「皆私が悪かった。正直言って私はもう、それが終わっているから皆の思いを気にかけなかった。自分の物差しで測ってしまったこと謝ります。すまなかった、これからはそういう時は申し出てほしい、日延べなどの手を打つからね」

と言って皆に謝り、皆は却って恐縮したが結果的には「よかったわあ。司令もわかってくれたし」ということになった。

 

日野原軍医長と村岡軍医大尉は「いったいどうやって牛と馬のあれを取ったの?」と興味津々で小林兵曹に尋ねた。小林兵曹は持って行った柄杓とチンケースを二人の軍医士官の前に出してきて

「こうやりました」

と赤坂兵曹を牛に見立てその様子を再現して見せ、今野一飛曹が「馬の糞はこうやって分けました」と手つきを実演してみせた。

二人の軍医士官は

「ヒヤア~、まあしかしよくやったもんだね!ご苦労様だったねえ、でも今後は絶対やらないでよね。あ、そうだあなたたち再検査。しあさっての午前中集めに来ますからよろしく」

と感心し、そして通達したのだった――

 

           ・・・・・・・・・・・・

なんだかもう、全くしょうもないことを考え着いたものでございますね(;´Д`)。牛や馬のアレでは確かに雑菌も多いのではないかと思いますね。皆さまは決してまねをしないでくださいませね~(って誰がするか!)

 

次回はいよいよ『武蔵』仮谷航海長の結婚式のお話しです^^

とうとう八月、八月と言えばこの歌‼プリンセスプリンセス「世界でいちばん暑い夏」


「そこまでやるか!?」―女はつらいよ 1

「女だらけの帝国海軍」軍人嬢たちには―深刻な悩みがある――

 

ここはトレーラー環礁・従妹島の航空基地。小さいが精鋭が集っている。その航空部隊にちょっとした騒ぎが持ち上がろうとしていた。

じりじりと照り付ける日差しの中を、訓練から帰ってきた一番小隊の零戦三機。それぞれから降り立ったのは後藤少尉、黒川上飛曹、赤瀬一飛曹。彼女たちは飛行帽を取って、腰のポケットから手ぬぐいを取り出してそれで首筋や額を拭きながら急いで司令の待つヤシの葉で葺いた小屋へと走りこみ、訓練終了を告げた。

従妹島航空基地司令の雨宮シメ中佐は満足そうにうなずき

「お疲れさま。今日の訓練はあなたたちで終わりだね…。あ、そうだ明日水島から健康診断のため軍医が数名来る。今夜中に湯を使って体を綺麗にしておくように、婦人科検診は今回は無しだがその代わりと言っては何だが、久々に検尿検便もあるそうだからそのつもりで」

と言って司令部の建物へと去ってゆく。

残った三人は参謀嬢に敬礼してから宿舎に向かう。

赤瀬うめ一飛曹が

「ねえ後藤少尉。健康診断はともかく、私、その…検尿検便はちょっと困ります」

と言って後藤三枝子少尉と黒川絹上飛曹は「え?なんでさ?」と立ち止まり赤瀬兵曹を振り返った。赤瀬兵曹は少しためらったあと

「だって…。私今朝からアレなんです。アレの最中に尿検査とか何とか…ちょっと嫌なんです。避けられないんでしょうか」

と言った。その表情はあくまで必死である。

「え!」

「なんと…」

少尉と上飛曹は声を合わせて「アレだとは」と言って顔を見合わせた。赤瀬兵曹は困ったような顔で立ち尽くしてしまった。

その赤瀬兵曹に「まあ、中でゆっくり考えたらいい」と引っ張って宿舎に帰った三人であったが、宿舎内ではほかの搭乗員嬢や整備兵嬢たちが騒いでいた。

後藤少尉は

「なにをそんなに騒いでるの?なんかあったの?」

と尋ねてみると少尉の一番そばにいた三番小隊の香川二飛曹が

「少尉はお聞きになりましたか、明日の健康診断のことを」

とそっと言った。最近この基地に赴任してきたばかりの若い下士官嬢で、何事にも遠慮がちであるがこの時は身を乗り出すようにして後藤少尉に語った。少尉は

「ああ、いましがた聞いたが…それがなにか?」

というと香川二飛曹は自分の右に立っていた五反田一飛曹をそっと見た、五反田兵曹が香川の代わりに

「あの、あれがあると伺いました…その…」

というと後藤少尉は

「ああ!検尿検便ね。ずいぶん久方ぶりなんだが、あなたたちはもしかして海軍入って初めてかな」

とさらりと言った。すると下士官嬢たちの最後列から彼女たちをかき分けて前に出てきた下士官嬢が一人。彼女は上田茜上飛曹であったが彼女は

「困るんです…実はここにいる下士官たちの半分以上がその…アレでして」

と言って心底困った表情を作った。後藤少尉は、瞬間赤瀬兵曹を見返ってから皆のほうをもう一度見ると

「なんだ、あなたたちもアレなのか!赤瀬兵曹も今朝からと言っていたね…そうか…なら司令に申しあげて今回は見送らせてもらえばいいだろうに」

と言ったが上田上飛曹はかぶりを振って

「実は隊長から司令にお話ししていただいたんですが、司令は『それでもかまわない。その状態のものは瓶の名札に赤丸をつけておけばよい。うちの軍医長もそういっていたから』とおっしゃって、とても避けられないんです。でも、どうも私たちその状態の時には抵抗があって」

といい、身に覚えのある下士官嬢たちはうつむいてしまう。

後藤少尉はウーンと考え込んで腕組みをした。その後藤少尉に黒川兵曹が

「まあまだ時間はありますからゆっくり考えればいいですよ。それより食事の前にシャワーを浴びませんか」

と言って一番小隊の三人は浴室へ…

 

その晩遅く、アレの最中の搭乗員と整備兵嬢が一室に集まって話し合いの最中。

一人が「いっそ思い切ってやりますか…?やらないとお咎め受けそうで私怖いし」というともう一人の下士官嬢は

「でもこんな時に検査をしてきちんと正しい結果が出るのか?私はそうは思わないからやりたくない」

とそっぽを向いた。さらに別の下士官嬢は

「司令はもう月経のあがったおばさんだからアレの現役の我々の気持ちなどわからない、忘れ去っておられるんでしょう。私も抵抗あります」

「でも提出しないと怖い罰直が待っているかもしれませんよ…?」

と議論はいったり来たりでなかなか答えが出そうにない。

 

長い時間が過ぎ、一人また一人と大きなあくびをし始めたころ。

小林昭代整備兵曹が意を決したように顔を上げ

「こうなれば窮鼠猫を噛む、いや違う、背に腹は代えられません!私にいい考えがあります。もうこれしか手はないと思います」

と言った。

その悲愴感さえ覚える表情に、その場の下士官嬢たちはいっせいに

「なに?どんなことです?言ってください、言え!」

と身を乗り出した。

小林整備兵曹は、居住まいを正すと咳ばらいを軽くした後話し始めたーー

  (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・

またまたしょうもない話が始まりましたw。

しかし女性にとっては避けて通れない話です、切実なんです。わかってください~♪という歌がありましたがまさに。

さて小林整備兵曹いったいどんな妙案があるのでしょうか、次回をご期待ください。

 靖国ゼロ戦

かっこよさは憧れ

一人のかっこいい飛行兵が今日も太平洋の空を飛ぶーー

 

この年の春、上等飛行兵曹に昇進したばかりの金井トラは搭乗員仲間から「かっこいい」「いけてる」零戦乗りだともっぱらの評判である。

階級の下の、予科練を出たばかりのような搭乗員たちからも「金井兵曹、かっこいいなあ。私もああなりたいわ」と言われるほど。

海軍航空隊の搭乗員の中にはその容姿や物腰から「かっこいい」と騒がれるベテラン搭乗員が多い。かつて大けがをした波田野大尉もその一人であった。

その波田野大尉に勝るとも劣らない人気の搭乗員が、金井トラ兵曹なのである。

各基地のニュースを集めて発行される〈週刊海鷲〉の中で時に特集される、「我が基地の素敵な搭乗員」の中で必ず出てくる常連の中の一人。

彼女たち搭乗員、特に零戦の搭乗員嬢はあまり女を感じさせない。かといって粗野ではない、という微妙な位置にいるものが多い。

金井兵曹はやや短めの髪をグリスで固め、機内に入るぎりぎりまで飛行帽をかぶらない。これは素敵に加工した髪を皆に見てもらいたいというのもあるが、同僚の村下兵曹によれば

「ああ、あれ!あれはかっこつけもあるけど油でべったべたでしょ、髪の毛が。その油が付く時間をぎりぎりまで短くしたいかららしいよ?だったらあんなにべたべたにしなくたっていいのにねえ~」

ということである。

確かに、訓練飛行から帰ってきて風防を開けた彼女はまず、飛行帽を取ってその中をしかめっ面で見つめていることもままある。

「格好つけるのも大変なんだねえ」

と皆は笑うがそれでも(やっぱりかっこいい、金井兵曹)と思うのである。

 

さらに金井兵曹がかっこつけている、と思うのは愛機の零戦・二一型である。彼女は二一型にこだわり「私はこれでなくちゃいやだね」と言い続けている。

それに彼女の愛機は特別な色で擬装されている。ほかの零戦にありがちな深い緑色ではなくいぶし銀の上に深い緑色を塗り、その上からさらにところどころを黒い短い線を引いてある。

「渋いなあ~、金井兵曹若いのに渋いねえ」

と感心している基地司令。副官がそばから

「そうですねえ。しかしあれでは却って敵の目に目立ちませんかねえ?確かに格好いいんですがそれだけが私気になります」

と心配そうに言う。がしかし、金井兵曹の敵機撃墜の腕前は大したもので全海軍航空隊のうちでもトップクラスである。アメリカ、イギリス空軍内では「あのへんな色のジークには気を付けて!見かけたら逃げるが勝ち」という通達さえ出ている。この手の通達が出ているのはあの〈天山の三姫〉が有名である。

金井兵曹は自身に羽が生えているかのように空を舞い、敵の後ろに食らいつき機銃弾を叩き込む。そして背後に来た敵の飛行機を察知するやすぐに反転し、その敵機の後ろに食らいつく…という離れ業を展開している。

「かっこいいんですよ~」

とは彼女の小隊の四番機の三崎博美二飛曹である。彼女も金井兵曹に心酔する一人で、夢見るような瞳でその時を語るのである。

「本当に零戦に金井兵曹の意思が乗り移ったとしか思えないんですよ、こう、スラ―ッスラーっと右に左に滑るように。あれは絶対誰もまねできませんね、断言します」

と。

 

今日も金井兵曹たちは訓練飛行を終えて基地に帰投した。

次々に着陸する零戦、そして迎える整備兵嬢たち。いつもと同じ光景だが今日はいつもと違うメンバーがいる。

健康診断のためにやってきた軍医たちで、その一人は珍しい男性の軍医少尉である。搭乗員嬢や整備兵嬢たちはこっそりと

「あの男性軍医、内科だろうかそれともまさか婦人科?」

とささやいている。しかしそんなささやきには耳も貸さず男性医官はほかの軍医嬢たちと健康診断の準備を始めている。時折、零戦から降りてくる搭乗員嬢たちをちらりと見ながら。

金井兵曹はいつものように風防を開けると、ひらりと降り立ち整備兵嬢に

「待たせたね。いつもありがとう」

と言ってにこりと笑った。その笑顔がどうにも素敵で整備兵嬢は「ああ、金井兵曹ほんとに素敵でかっこいいわあ~」ともだえる。

この瞬間が金井兵曹にとってはたまらないほどうれしくくすぐったい瞬間で(ああ!私はこの瞬間のために来ていると言っても過言ではない)とおもうほど。

金井兵曹のこの瞬間には士官クラスのファンも多く、その日の訓練にあたっていない小隊の士官嬢たちさえ

「金井兵曹、もう帰ってくるころだ!早く指揮所に行かないとみられないぞ」

と騒いで帰投時間までには指揮所に集まる。

この日も多くの手すきの隊員たちが金井兵曹の降り立つ姿を見て

「いいねえー、かっこいいなあ。私はなかなかあれができないわ」

「真似してみたけど翼の上で転んだよ」

などと姦しい。

その金井兵曹は小隊の皆と指揮所に待っていた司令の前に並び訓練の終了を通知し、そして散開。金井兵曹は皆に囲まれて歩き出した。

と。

「かっこつけてるねえ。格好だけじゃだめだよ」

という声が聞こえてきて皆は足を止めた。声の主はあの男性医官。彼は後ろを向いたまま作業の手をとめずにいる。金井兵曹に心酔している一人がずんずんと足音も荒く男性医官に近づくと

「あなた!どういう意味ですか、金井兵曹に失礼です」

といさめた。が、医官は相変わらず後ろを向いたまま「本当のことを言っただけですから。お気に障りましたらごめんなさいね」という。

遂にその場の搭乗員嬢たちが「なんだと!」といきり立ち始め、基地司令は慌てて駆け寄ろうとした。その時

「みんな喧嘩はいけない。この方の話を聞こうじゃないか」

と穏やかに言ったのはだれあろう金井兵曹。兵曹は皆をそっとかき分け前に出てくると男性医官に

「初めてのお方ですね?我が基地にようこそ。―ところであなたは私が格好だけだとおっしゃるがその根拠は何でしょう?」

と穏やかに尋ねた。医官は相変わらず後ろを向いたまま作業を続けたまま

「あなたは昔っからそうですね、格好つけてばかり。そんなところにかっこつけてなくてもいいのになあと思うことに必死で格好つけていましたよね」

と言った。なんだと、もう一遍言ってみろと小隊長の荒川中尉が声を荒らげて医官に言い、医官はそれでもこちらを向かないで

「何度でも言いましょう。金井さんはね、本当にかっこつけるんですよねー。子供のころからそうでしたよね」

と言い、荒川中尉は「失礼だと思わんのか!こっちを向け」とその肩に手をかけてこちらを向かせた。

「ひえっ!」

と声を上げたのは金井兵曹であった。皆何事かと兵曹の顔を見た。兵曹は男性軍医少尉を指さすようにして

「や、や、やだあ!しょうちゃんじゃないか!」

と叫んだ。しょうちゃんと呼ばれた男性軍医少尉はにっこりほほ笑むと

「そうです、しょうちゃんです。あなたの昔からのことをよーく知ってる小学校の同級生のしょうちゃんです」

と言って敬礼した。慌てて返礼する金井兵曹にしょうちゃん―神田庄吉海軍軍医少尉―は微笑みかけ

「『なんでしょうちゃんがここに?』とあなたは言うでしょう。まず、いろいろ話させてください。私は実家の医院を継ごうと勉強して医学校に入りました。そして学校を終えしばらく東京の大きな病院で働いて研さんを積んでいましたがある時、そこの院長から『海軍で若干名だが軍医長クラスを育成するため男性医師を募集しているそうだ、君どうかね、やってみないか』とお誘いを受け応募したんです。そしたら合格できました、合格できたのは受検した一五名のうちたったの二人。その一人が私です。で、少尉候補生として任官し三年目です。

今回は研修を兼ねてここに来ました。その時〈週刊海鷲〉と基地隊員名簿の中にあなたの名前を見つけて、子供のころからかっこいいのが大好きだったあなたが浮かんできました。で、今はどうかなと思ったら相変わらずなので…。いや変わってなくてうれしかった。そこで失礼とは思いましたがこんな風にしてしまいました。ごめんね、トっちゃん」

と言った。

わあ~、と二人を囲む皆から歓声が沸き基地司令の田上大佐は

「なんだ幼馴染だったのか、いやあどうなることかと思ったがよかったよかった!積もる話もあろうから、作業が済んだらどうぞごゆっくりなさってください」

と安どの声を上げた。

 

それから少しして二人は互いの作業を済ませた後、指揮所の前のベンチに座って話し込んでいた。子供時代の懐かしい話や、金井兵曹の海兵団入団からこちらの話、それに神田軍医少尉の詳しい話に時間を忘れた。

金井兵曹は飛行服のままで、半長靴のつま先を見つめながら「ここで会えるとは思いませんでした」と言って嬉しそうにほほ笑んだ。

神田軍医少尉もうなずいた後、急に姿勢をまっすぐに正すと「あの」と言った。金井兵曹は飛行帽を頭から取って「はい?」と言った。

神田少尉は「トっちゃん…すすすす」と妙なことを言い出し、金井兵曹は首を傾げた。柔らかい風が吹き付けて、兵曹の飛行服の襟からのぞいた白絹のマフラーを少し動かした。

「しょうちゃん…じゃなかった神田少尉、どうしました?」

と金井兵曹はそっと言葉を促した。二人の背後の指揮所の建物の中で何人かがこっそり様子をうかがっているのを二人は知らない。建物の中で数名が息を殺してこの様子を見つめている。

神田軍医少尉は意を決したように金井兵曹のほうに体を向けると、兵曹の飛行手袋の手をぎゅと握った。

建物内で見ていた数名の搭乗員仲間たちが「わっ!」と叫びかけて慌てて口を手でふさぐ。

神田軍医少尉は

「トっちゃんが、す・す・すきだ!」

と大声を出し、金井兵曹はびっくりしてベンチから落ちた。しょ、しょうちゃん?としどろもどろになる金井兵曹の前に回った神田軍医少尉は膝をつくと兵曹の手をもう一度握って

「昔っからトっちゃんが好きだった!憧れだったんです…かっこいいトっちゃんが大好きで、今またこうしてあったら尚更好きになった!」

と言った。金井兵曹の頬が真っ赤に染まり「うれしい…しょうちゃん。ありがとう」と言ったそこに建物の中でのぞき見していた搭乗員嬢、それに田上大佐まで飛び出してきて

「よかったねえ金井兵曹!神田少尉もよかったですね!」

と大騒ぎ。

 

この日は基地を上げてのお祝い騒ぎになったのは言うまでもない――

 

              ・・・・・・・・・・・・・・

かっこいいってやっぱり最高!

金井兵曹みんなのあこがれですから幼馴染の神田軍医少尉といい恋をしてさらに皆のあこがれになってほしいものです!

この話は一昨日この歌をラジオで聞いて浮かんだ話です。(松田聖子・ロックンルージュ)

昨日うちの裏にある桜が開花しました!来たぜ春!そして花粉症も全開バリバリです(泣)。
桜

こうしてやるっ!―ーそれから。

八介逮捕の後事情聴取をミツ大尉、桂は受けた――

 

ミツ大尉は八介とたったひと晩しか〈夫婦〉ではなかったということで聞かれることも少なく、却って取調官から同情されるほどであったが桂の事情聴取はやや厳しかった。それは彼女が数年間、八介の愛人として過ごしていたからに他ならなかった。しかしそれを知ったミツ大尉は

「桂さんは八介に脅され…しかも暴行されて仕方がなく八介に従うしかなかったのです。どうかご温情を。私は桂さんと話をして彼女の人柄がわかりました。彼女は私に対する殺人行為に一切加担していません」

と必死で捜査官たちに訴えた。

それは海軍病院の医官嬢たちも口をそろえて、「彼女は八介の悪だくみを知って恐ろしくなってここに密告しに来てくれました、まさに命がけだったでしょう。一歩間違えば彼女も危なかったんですから」と言って桂を助けた。

そして肝心の八介は

「桂は俺が計画を話してから何かおかしい様子だったがそういうことだったのか、あの女!こそこそしやがってどうしよもない女だ、くそ!」

とわめき、そして八介の母親のクマも

「あんな女、結局何の役にも立たなかったじゃないか!本当にうちに来る女どもは馬鹿ばかり!昼行燈ばっかりだ!畜生」とわめいた。この二人の態度の、いや性格の悪さは捜査員たちの心証を徹底的に悪くしたことは言うまでもなかった。ひとりの捜査官は「親子してクズだ」と吐き捨てるように言った。本郷親子は海軍士官への殺人未遂など複数の罪で起訴され、収監された。どのくらい入るのか、いつになれば出てこれるのか、それは誰にもわからない。

 

ともあれこれで桂の無実は証明された。桂は警察を出てから海軍病院のミツ大尉のもとへ行って

「ありがとうございました、本郷…いえ、波田野大尉」

と礼を言った。ミツ大尉は八介逮捕の日に本郷家から籍を抜いて旧姓の波多野に復していた。しかし実家の両親とは今も絶縁状態である。彼女の親は八介がああなったのは「ミツのせいです」と譲らなかったせいである。

波田野ミツ大尉は微笑んで「礼には及びませんよ桂さん。あなたは被害者でもあります、あの男にいいようにされてしまって…でもこれからはもうすべてを忘れて新しい生き方をしていってくださいね」と励ました。しかし桂は勤め先に〈妻のある男と関係を持っていた〉ということが知れて職を無くしてしまっていた。途方に暮れる桂に、ミツ大尉は

「あなたは事務を執れるのですよね、横須賀(ここ)の海軍工廠で事務員を欲しがっているそうです。どうですか、海軍工廠の事務員は。やる気がおありならぜひ。馬堀部長がお話をつけてくれるそうですから」

と言って桂は喜んだ。そして「私のようなものがそんなに良くしていただいて…本当に申し訳ないことです」と言ったが大尉は

「自分を卑下するのはおよしなさいな。過去は過去、済んだことをあれこれ考えては前に進めませんよ?さあ、胸を張って!」

と言って桂の背中をやさしく叩いた。波田野大尉、と言って桂はその瞳を濡らした。

 

そして桂は馬堀部長の口利きで海軍工廠の事務員として新しい第一歩を踏み出していった…

 

波田野ミツ大尉はそれから半月ほど更なる機能回復訓練を経て、来週退院という運びになった。少しずつ退院の準備を始める大尉のもとに、永谷園兵曹が来て「お手紙ですよ」と分厚い封筒を手渡してくれた。

それはゲナハ基地の仲間たちからで多幡大尉、北原中尉が取りまとめてくれたようだ。基地司令や副官、それにミツ大尉の後輩搭乗員からの、大尉の身を案ずる手紙に、ミツ大尉は涙を流して感激した。

馬堀部長から話が行ったようで、基地司令や飛行隊長は「えらい目に遭ってしまったが無事解決の由、祝着至極。この上は新しい気持ちで帰ってきてほしい」と書いてきた。

(待っていてくれている)

そう思うとミツ大尉の心はほんのり温かくなった。

多幡大尉の手紙を読んだとき、ミツ大尉の頬がかあっと赤くなった。そこには

〈ゲナハ海軍工廠の三田村国男技術少佐がミツの姿がない、と大変心配していたので今回の話、そちらでのこともすべて話した。すると三田村少佐は腰が抜けるほど驚かれ『彼女は大丈夫なのですか、そしてそんな男とは早く一刻も早く、離縁しなさい』と言っていたぞ。貴様はあの人とどういう間柄だ??〉

と書かれていたのだ。

三田村技術少佐、彼こそが波田野大尉が恋心を感じている人であり、彼のほうもミツ大尉を思っているという実は相思相愛の間柄。

ミツ大尉は(私は離縁しました、ですからこんな私でよければどうぞ、三田村少佐よろしくお願いします)と胸を熱くした。そして別の封筒を見ればこれこそ愛しい三田村少佐からの文。

彼からは、今回の事故、そして内地送還。入院に手術、そして元夫からの暗殺未遂に対する見舞いと怒りがつづられていた。

〈私はあなたを大変大事に思つてをります。あなたがそのやうな乱暴でいい加減な男の家に籍があるといふのが怖いやうな、かなしいやうな変な気持ちでいます。だうか、早くその家から離縁してくださひ。そしてもし、私のことがお嫌ひでなければ…結婚を考へて下さひませんか〉

そう結ばれた手紙を抱いて「三田村少佐…」とつぶやいたミツ大尉。

ふと背後に気配を感じて振り向けば後ろには花森軍医大尉と君塚軍医大尉が居て

「いいねえ、恋文。私にも誰かくれないかしらねえ~」

と言ってにやにやしている。先ほどから覗き込んでいたらしい。

するとさらにその後ろから辺見外科次長が

「何言ってるんだね、花森君も君塚君も立派なご主人がありながら」

と笑って立っている。すると花森大尉が

「辺見次長こそ、元零戦搭乗員の奥様と結婚されてお幸せそのもの!うらやましいわあ~」

と言ったのでミツ大尉も皆も一斉に笑った。

 

さて辺見次長であるが、八介が逮捕され簡単な事情聴取の後久々に自宅へ帰ることができた。妻の留美と、次長の父が玄関に飛び出すように出てきて「お疲れさまでした、さあお風呂へ」と湯殿へいざなってくれた。子供の顔を見たかったがまず体をきれいにしてからと我慢し、風呂を使った。

さっぱりして風呂を出ると留美が赤ん坊を抱いて微笑んで立っていた。

「お疲れさまでした…」

という妻を、そっと赤ん坊ごと抱いた。辺見次長は「すまなかったね…留守を守ってくれてありがとう。すべていいように済んだよ。それから弁当をありがとう、大変だったろうにあんなにたくさん」と妻をねぎらった。留美は

「そんなこと…。妻として当たり前をしただけです。それにお父様がいらしてくださったからこの子を見ていてくださったから…お弁当、いかがでしたか?」

と少し心配そうに言ったのへ次長は

「とてもおいしかったよ。みんな感激していましたよ…そうそう永谷兵曹というのが『料理を習いたい』と言ってたから、教えてやってはどうかな」

と言って笑った。留美は「人様にお教えするほど上手じゃありません」とあわてた。そんな留美が(いとおしい)と次長は思って抱きしめる腕に少し力がこもった。

留美の腕の中の赤ん坊が身じろいであくびをした後、ぱっちりと目を開けて次長を見上げた。その赤ん坊に改めて「ただいま。今日からはちゃんとおうちに帰ってくるからね」と言って柔らかい頬に唇を当てた。そしてそのあと、軽く回りを見まわした後―ー留美の唇を奪った辺見次長であった。

そして、湯殿のそばを通りかかった辺見次長の父親がそれを見て(おっとっと…邪魔しちゃいけないね)とそっと踵を返して行く―ー。

 

波田野ミツ大尉は退院の日を迎えた。この後巡洋艦と潜水艦を乗り継いでゲナハ基地へ帰投予定である。大尉は病室をきれいにした後忘れ物などないか確認してから鞄を手にした。そして病室に「長いことお世話になりました」と頭を下げた。

そして病室を出るとそこには君塚大尉が待っていて

「ミツちゃん、下まで行こう」

とカバンを持ってくれた。君塚軍医大尉は「ミツちゃんがゲナハ基地に帰っちゃうと寂しくっていけないなあ。寂しいなあ」としきりに寂しい寂しいと言って目を白衣の袖で拭う。その旧友の肩に手を置いて

「また会えるよ。この次に帰って来た時には絶対必ず逢いに来るから。泣かないで」

と波田野大尉は声を励ました。

病院玄関に降りるともうそこには大工原病院長、馬堀外科部長に辺見外科次長、花森軍医大尉に永谷園兵曹が待っていた。

「退院おめでとうございます、よくここまで頑張りましたね、さすが帝国海軍の航空隊、零戦搭乗員です。どうかこの後も十分に気を付けて軍務に励んでください」

院長はそう言ってほほ笑むと〈退院祝い〉の白絹のマフラーを贈ってくれた、「これはみんなからだよ」と言って。

それを押し頂いた波田野大尉は

「ありがとうございました、長い間ご迷惑をおかけしてしまって本当に申し訳ございませんでした。おかげさまでこんなに元気にしていただいて、感謝いたします。本当にありがとうございました。このご恩は一生、忘れません」

と言って敬礼したがその頬を涙が伝っては落ちた。永谷兵曹がもらい泣きしている、その兵曹に波田野大尉は「ありがとう、永谷兵曹。あなたが変装して探ってくれたからこそ解決の道が開けました。ありがとう」と言って敬礼し、永谷兵曹も泣きながら敬礼。

二人がそんなことをしていると、大工原院長が「波多野さん、あなたを訪ねてきてくださった人がいますよ」と声をかけた。波田野大尉が院長が示した方を見るとそこには…

三田村少佐が微笑みながら立っていた。

「み、三田村少佐」

と驚きを隠せない波田野大尉に院長は「あなたのことを問い合わせてきてくださったんですよ。で、近々退院だと言ったらそのころ内地に来るからとおっしゃって。で、今日退院だと言ったら迎えに来てくださったというわけです」と言って三田村少佐を前に押し出した。

波田野大尉と三田村少佐は頬を真っ赤に染めて立ち尽くしている…

 

波田野大尉は、三田村少佐と一緒にゲナハ島に帰ることになった。三田村少佐は「内地に用事があるという人間から強引に代わってもらったんです。むろん…工廠長に話をして。航空司令からもあなたを迎えに行くお許しをいただいてきましたからね。さあ行きましょうか」と桟橋に向かって歩き出した。

「ハイ、お願いします」

そう言って三田村少佐について歩く波田野大尉――

 

永谷兵曹は月に一度ほど辺見次長の家に通って、次長の妻・留美に料理を習い始め、「花嫁修業ですよ、私だって特技が変装と隠密行動だけじゃ色気がなさすぎますからね」と言って留美を笑わせた。そばで次長の父親が赤ん坊を抱きながら笑ってみている。

 

 

そして――

ゲナハ基地を飛び立つ零戦三機。その一機には波田野大尉が搭乗している。彼女たちの機はゲナハ島海軍工廠の上空で何度も旋回した。

その下で。

「おお、三田村少佐。エンゲ(海軍隠語で婚約者のこと)がやって来たよ!」

数人の技術士官たちが空を指して騒いでいる、そこに三田村少佐が走ってきて旋回している零戦に向かって大きく手を振る。

波田野大尉の零戦は大きく翼をバンクさせると、やがて飛び去って行った。

それを微笑みながら見送る三田村少佐。

波田野大尉の名前が変わる日もそう遠くなさそうである。

 

           ・・・・・・・・・・・・・・

「こうしてやるっ!」後日譚でした。

それぞれのさやに納まりました。本郷姓から波多野に復したミツさん。幸せが待っています!

次回から『大和』編再開します。ご期待ください。

 

二日間ほど千葉に行ってまいります。その間更新はお休みします、連休明けにまた会いましょう。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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