2017-10

ゴシップ 2 - 2017.09.18 Mon

内地東京の<帝国新報>本社・政治部ではその写真を前に総員が「まさか…しかし」と半信半疑の顔つきでいるーー

 

そもそもは、トレーラー諸島に帝国海軍の活躍を取材に行った小林・五戸両記者が「帝国海軍軍人の結婚式」の様子だと言って送ってきた数葉の写真が発端であった。

写真とともに同封されてきた小林記者の手紙には<この花嫁は海軍の上等兵曹で相手は海軍御用達の商社の一つ<南洋新興>の社員である。何気なく見た花嫁の顔であったが、与党・推進党の幹部によく似ているとは思わないか、彼には以前から隠し子のうわさがあって何度もあちこち取材したがなかなか確証が得られない。彼の妻は、女学生のうちから彼の思想に同調し、やがて深い仲になり家庭持ちだった彼を奪って駆け落ち、結婚したと聞いている。そしてその駆け落ち前に彼女は一人子供を産んでいるという。その子供の行方は長いこと不明であったが彼の妻になった女性の親族が育てているという話を聞いてはいるがどこで育ったかがわからなかった。が、今回この花嫁を見るにどうも推進党幹部の彼によく似ている。この女性こそ彼の隠し子ではないかと私は確信したので取材を続けたい…>ということが書かれていて、デスクの続木釟郎は写真を目の前に持ってきて食い入るように見つめた後

「似てるな…、だが他人の空似ということもある。相手は与党の大物幹部、将来の総理大臣の話もある人物だ。慎重にしないと危険だ…、小林には決して早まるなと言っておこう。だがこちらもじっとしてはおれん。静かに彼の周辺、特にかつての仲間を訪ねよう。これがしかし、本当だったら大変なことだぞ」

と皆を見回した。そしてもう一度小林の手紙を見ると

<それともう一つ、ちょっと興味のある件がありますのでそちらも取材しておきます>

と結ばれていた。どんなことだか知らないが、記事になるなら追ってこいと返事を書こう、とデスクは言って皆は笑った。

そして皆はそれぞれの場所へと散らばってゆく…

 

最初に「妙な感じ」を覚えたのは上陸桟橋前の衛兵所の衛兵嬢である。見知らぬ男性がうろうろして、上陸の将兵嬢たちにカメラを構えているのをみて、

「あなたなにしています?ここは許可なく撮影はできませんよ?艦隊司令部か衛兵所長の許可証を見せなさい」

と言って近寄ると彼は慌てて

「あ!ごめんなさい、そんなつもりじゃないんです。そんなつもりじゃないんです~」

とあまり意味の分からないことを言うと慌てて走り去ってしまった。衛兵嬢がむっとして「じゃあどんなつもりなんだよ、あの野郎」とつぶやいたとき衛兵所の中から所長が出てきて

「あいつ…こないだ、ニ三日前も来ていたな」

と言い、衛兵嬢の兵曹は「こないだも、ですか?どういう人間なんでしょうね」と首をひねった。衛兵所長は

「なにか探ってるのと違うだろうか、私の勘だからあてにはならないけどもしかしたら、内地の新聞社か雑誌社の記者かもしれないよ。記事にしたいことがあるなら基地司令に言って許可を貰えばいいのだが?」

とこれも首をひねった。

その妙な男性はついに、水島の繁華街を歩く将兵嬢に接触を試みた。そろそろ内地に帰還する機動部隊の将兵嬢たちに、高田兵曹の結婚式の写真を見せて「この女性将兵を知らないか。どこの艦の所属か、知っていたら教えてほしい」と言った。

話しかけられた空母「蒼龍」の兵曹嬢の一人は高田兵曹の同期でむろん、顔を知ってはいたが首をかしげると

「さあ知りませんな。あなたここトレーラだけで何人の海軍将兵がいるとお思いです?トレーラーは小さな島が多いから合わせりゃ数万の将兵がいるんですよ?いちいち知るわけないでしょう。探し出すには大変なご苦労なさいますよ」

とかわした。一緒にいた下士官嬢もうなずいた。

そうですか、失礼しましたと言ってその場を去る男性――五戸記者だったが――を見ていた「蒼龍」の士官嬢が下士官嬢たちに近づくと

「あれは内地の新聞記者だろう。いったい何を聞きに来た?」

と言い下士官嬢がこれこれこうだと教えると士官嬢は

「何かあるな。よくない匂いがする…、その写真とやらの花嫁を知ってるの?」

と高田兵曹の同期の下士官嬢・須田に尋ねると須田は「海兵団同期であります。<大和>の乗艦の野田…言え、結婚後は佐野佳子上等兵曹です」と答え、士官嬢は「<大和>の!そうかわかった、ありがとう」というなり駆けだしていった。

どうしたんだろう、と不安げな下士官嬢たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

「蒼龍」の士官嬢、川原中尉は自艦から無電をうつと『大和』の同期を急いで訪ねた。その同期は生方中尉で彼女は舷梯を駆け上がる兵学校のクラスメートを笑顔で迎えた。

「川原中尉、久しぶりだねえ」

とうれしがる生方中尉に川原中尉は急いで挨拶をするとその両肩を掴んで

「貴様、<佐野佳子>という下士官を知っとるか?」

と言い生方中尉はまた嬉しそうに

「知ってるも知っとるも何も、私が介添えしたんだよ。私の部下だからね」

と言った。川原中尉は彼女を砲塔の隅に連れていくと「じつは、」と話し始めた。

「実は、内地の新聞記者らしい男が彼女を嗅ぎまわっているらしい」

えっ、と生方中尉は驚いた。いったい何を嗅ぎまわるんだろう、と言った生方中尉に川原は

「それが皆目わからんが気を付けたほうがいい。佐野兵曹は休暇中か?ならだれかを知らせにやらせろ。絶対かかわるなと言っておくんだ。何か…いやな気がしてならん」

と言って生方中尉は絶句した。

 

生方中尉はその日のうちに緊急に上陸許可をもらうとランチに乗り込み、佐野夫妻を訪ねた。夫妻は佳子の養母・瑞枝と家にいてのんびりしていたが生方中尉の話に

「心当たりがありませんね、私も佐野さんも。もちろんお母さんも」

と首をひねる。佐野も瑞枝も「全く心当たりがありません」という。

生方中尉は「思い過ごしかもしれないが万が一、そのような男に付きまとわれたら巡邏かあるいは憲兵に助けを求めなさい、私からも言っておくから。場合によっては艦隊司令に申しあげトレーラーから退去させることもできるからね」と言い含めて「ではごきげんよう」と三人の家を後にした。

道々生方中尉は(なぜ高田、いや佐野兵曹を追うような真似をするのだろうか?単に結婚式に対する興味だけではなさそうだ)と考え込んだが、ふと顔を上げると

「まさか…彼女の…」

と言ってしばらくその場に立ち尽くしていた。が、やがて我に返ると巡邏の分駐所そして陸軍の憲兵の水島分駐所にそれぞれいって事情を話し「こういうことがあったらすぐに男の身柄を確保しておいてほしい、そのうえでトレーラー艦隊司令部に連絡されたし」と言いおいた。

憲兵隊は普段から<大和>の浜口機関長の怖さを知っているのでかしこまって話を聞き、

「わかりました。ではそうした輩を発見次第確保しその上で中尉にもお知らせいたします」

と言ってくれた。

 

また同じころ。

小林記者は別のターゲットを射程に入れつつあった。そのターゲットとは――。

  (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・

 

「そんなつもりじゃないんです~」ってどこかで聞いたセリフですがならどんなつもりなんだこのオトコ!というわけで生方中尉佐野兵曹に注意喚起に行きました。

そして小林記者のもう一つにターゲットとは?さらに緊迫の次回をお楽しみに! 

ゴシップ 1 - 2017.09.13 Wed

それは、高田兵曹の結婚式の時に紛れ込んできたものだった――

 

式が終わって、皆の祝福を受けている佐野夫妻を内地から来た新聞社<帝国新報>の二人の記者が見つけ「おお、日本人がここで結婚式を挙げたようだよ、取材しよう」と言って大勢のほうへと駆けだしていった。そしてその中の一人の記者・五戸は手近の海軍将兵嬢に

「失礼ですが…私はこういうものです」

と名刺を渡したうえで「どういった方の結婚式でしょう?」と尋ねた。尋ねられた海軍嬢は桜本兵曹だったが

「うちらの艦の仲間の式ですわい。え…何という艦かって?そがいなんやたらといえませんけえ。軍機にかかわります。<帝国新報>いうたらここでも読めますよ、上陸時に読むことがよくありますが、内地より二、三週間くらい遅れとってですがね。まあ仕方がありませんがのう」

と言って艦名は伏せた。五戸記者は「ご愛読感謝します」といったが内地から初めて来た記者だからトレーラー泊地にどういった艦艇がいるかそれほど詳しくない。やや困った顔をしたが、(さすがだ。やたらとしゃべらないところは帝国軍人だ)と感心している。そのうちもう一人の記者・小林がそっと寄ってくると祝福を受ける高田兵曹をじっと見つめて

「なあ、あの花嫁。どこかで見たような気がしないか?」

とささやいた。五戸記者は

「あの花嫁さんか?――うーん、そんな気はしないが?内地で似たような人でも見たんだろう?世の中には7人、似た人間がいるっていうだろうが」

というと新夫婦のほうへとカメラを抱えて駆け寄り、名刺を差し出して写真撮影をさせてもらったのだった。

小林記者は、ほほ笑みあいながらカメラに収まる高田兵曹をなおも見つめて

(誰かににている…誰かに)

と記憶を手繰るが、その場では思い出すことはできなかった。

 

写真を撮り終えた小林記者は、フィルムを急ぎ現像した。出来上がった写真を見つめた小林記者は「これは…やはりそうかもしれない」と一人唸るとその写真を内地の<帝国新報>のとある部署の同期の記者宛てに送った。五戸記者はそんな同僚をみて

「いったい何があったんだ?あの花嫁に何か問題でもあるのか?そんなに急いで内地に写真を送るなんて…。あ、そうか。外地で帝国海軍の将兵嬢が珍しい形で結婚式を挙げたからか?」

と言ったが小林記者は激しく首を横に振ると

「違う違う!そんなことでいちいち急ぎで内地に送るもんか。小林、お前知らないかあの噂を」

といい小林記者は「あの噂って…」と今ひとつピンと来ていない様子。しょうがないな、新聞記者のくせにと小林は肩をすくめると「いいか、」と言って話を始めたーー

 

高田改め佐野佳子兵曹は結婚休暇を十日ほど貰ってあの<>で新婚生活を楽しんでいる。

日差しのはじける防空指揮所の右舷三番双眼鏡の手入れをしながら小泉兵曹は

「高田さん、じゃのうて佐野さんじゃな、佐野さんはええねえ。ええ人と結婚して。うちもまだまだじゃ思うとったがやっぱしあの姿を見ると結婚してみたい思うねえ」

と言って左舷二番双眼鏡を覗き込んでいる石川兵曹に声をかけた。石川兵曹は目を双眼鏡から離さずに

「ほうですねえ、あの素敵な姿を見たらだれだって結婚しとうなりますよね」

と同意した。

すると、指揮所内を見回っていた桜本兵曹が苦笑しながら

「そうは言うが、あん姿はほんの数時間じゃわ。結婚は式で終わるもんじゃないで、その先が長いんなけえ、生半可な気持ちじゃ続かんで。ほいでも佐野兵曹、ええ人がおってえかったねえ。あの佐野さん言うお人は誠実そうなお人でえかったわい」

と言ってふっと遠く、水平線を見つめた。その横顔はどことなく寂しげである。吹き付ける風が彼女の事業服の襟を裏返す。

(オトメチャン、やっぱりあん人を忘れとらん)

と小泉兵曹はその姿をみて胸を締め付けられるような気分になった。そして

(ほういやあ、紅林さんと浮気相手のおなごは内地に送り返された言うて聞いとるがどうなったんじゃろう)

と思った。まだこの時点で、彼女たちは紅林と香椎英恵が船の遭難で行方不明になっていることを知らない。紅林は<小泉商店>の社員で、トレーラー支社長は小泉兵曹の弟である。弟の進次郎は紅林たちの乗った船の遭難と彼らの行方不明を事故直後には知らされていたが、それを姉に伝えるのを躊躇していた。姉の純子に伝えれば許婚であった桜本兵曹に確実に伝わる。その桜本兵曹の衝撃を考えたとき、進次郎はあまりに気の毒で伝えることができなかったのだ。

内地の新聞にもまだ詳しく報道されていない事故であった。日本から遠く離れた海域での事故ということでもあり、取材もなかなかできなかったという事情もあった。

「ほういやあ、小泉兵曹。内地の新聞記者が居ったねえ」

と桜本兵曹がいい、小泉兵曹はうなずき「やたら写真撮って居りんさったね。佐野兵曹の美しさにすっかり骨抜きにされとったで」と笑い、石川兵曹も

「ほうほう、ぽかーんとでかい口を開けとってですよ」

と言ってその様子をまねしてみせて、三人は大きな声を立てて笑った。

そこに、麻生分隊士がハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトを引き連れてやってきた。にぎやかなねえ、と言いながら指揮所に来た分隊士を三人は敬礼して迎え麻生分隊士も返礼。そしてマツコの肩に掛けてあった袋の中から

「来たばっかしの内地の新聞じゃ。まだだれも、うちも読んどらんのよ。さっき航海長からいただいた…懐かしい内地の新聞をみんなで読まんか?」

<帝国新報>を取り出した。ほう、<帝国新報>ですかと石川兵曹がいい、麻生分隊士は熱い指揮所の床に新聞を広げた。四人はその場にしゃがみ込んで一面から読んでゆく。

「ほう。今内地じゃこげえなことがあるなんじゃね」

と皆は感心しつつ読み進める。いわゆる三面記事を見ていた桜本兵曹が、はっと息をのんだ。麻生分隊士は「どうしたんじゃねオトメチャン」と言うとオトメチャンは、「ここを」と右手の人指す指を伸ばすと、紙面の一部を指し示した。

麻生・小泉・石川がそこを見ると

『大型輸送船、マリアナ沖で沈没。死者・行方不明者多数か』

と見出しがあってその記事中の行方不明者の中に「<小泉商店社員・紅林次郎氏>」「<南洋新興社員>香椎英恵氏」と名前がはっきり書かれていた。

小泉兵曹は真っ青になって「まさか、そんとなこと…うちはなあもきいとらんで」と言って震えた。石川兵曹も「何かの間違いじゃないですか…こげえな事故があったなん、聞いとりません」と言った。麻生分隊士がオトメチャンの肩を抱き寄せると

「しっかりせえ。行方不明言うてどこかで生きとりんさるかも知らんで?どこかの島に流れ着いて生きとりんさるかも知らんけえしっかりせんといけんで!」

と励ました。

が。

桜本兵曹の次の言葉に皆は衝撃を受けた。桜本兵曹は言ったのだ。

「うちはもう、紅林さんとはなあも関係ありませんけえ。生きていようが死んでおろうがうちにはもう関係のないことです」

麻生分隊士たちは言葉を失って、ただ桜本兵曹の感情のない、しかし美しい顔を見つめるだけだった。

 

その晩、巡検後一人で甲板に出たオトメチャンは手にした<帝国新報>の三面記事をもう一度、月明かりのもとで読んだ。何度読んでも「紅林次郎」の名前は変わることがない。そして「香椎英恵」の文字も。

オトメチャンの脳裏に、初めて紅林と会った日のことや、抱きしめられた時の事、やさしい接吻のことや広島駅でオトメチャンの乗った汽車を追ってホームを走る紅林の姿がぼんやり浮かんだ。

(すべて…消えた。終わったんじゃ。ほんまに終わってしもうた)

オトメチャンは口の端をゆがめて無理に笑いを作った。あれほど「あなたが好きだ」『結婚しよう』と言ってうちの生まれさえ愛してくれたはずのあん人は、別の女性にあっさり心変わりしてしもうた。

「じゃけえこれは、天罰じゃわ」

オトメチャンの顔が月明かりの中で壮絶なまでに美しく、皮肉な表情で微笑を浮かべた。確かにうちもあん人を心から愛した。じゃけどもうそれは過ぎ去った話。そしてあん人ももう過ぎ去った人。どれだけ愛していたかとしてもそれはそれ。

ふっ、とため息をついたオトメチャンは次の瞬間新聞を下に落とすと両手で顔を覆いひきつるような声で号泣したーー

 

それから三週間ほどして内地の<帝国新報>東京本社の一室では届いたばかりの郵便物を政治部の三ツ矢記者が仕分けしていた。その中にトレーラー水島に出張している小林記者からの大きな封筒が。

「なんだこれは、ずいぶんでかいな」

と笑いながら開封した三ツ矢記者はその中の写真数葉と小林記者からの手紙を読むと「まさか、あの噂」と言ってそれらをひっつかむとデスクの続木を探しに部屋を走り出ていた。

「スクープだ、きっとこれは大スクープだ」

と叫びながらーー。

  (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・

幸せの余韻が残るトレーラーですがなんだか妙な具合になってきました。新聞記者はいったいどういう噂を聞いたのでしょうか。そしてオトメチャン、かつての許嫁の事故を知ってしまいました。でも彼女はもう割り切っているのか??

緊迫の次回をお楽しみに。

南の島の花嫁さん 3 解決編 - 2017.09.07 Thu

教会の扉が大きく開かれ、声にならない声はやがてーー

 

介添えの、二種軍装に身を包んだ生方中尉に片腕を預けた高田兵曹を見た参列者たちからどよめきが起きた。うわあ、きれいなねえ~と女将兵たちは感激してその姿を食い入るように見つめた。<南洋新興>の男性社員たちも目を奪われる。

高田兵曹は純白のウエディングドレスに身を包み、ヴェールでその顔を隠している。ヴェールの向こうに透けて見える彼女の顔は緊張と感激と喜びで紅潮しているのがわかる。

肌の露出のほとんどないドレスはあくまで清純そのもの、袖はフックリ膨らませてひじのあたりまであり、袖口にはフリル。そして後ろには長くトレーンを引いている。花束を持った手には白手袋。そして何より、彼女の頭に輝くティアラは「桜に錨」がモチーフになっている。

高田兵曹と生方中尉は入場曲に合わせて一足づつ、バージンロードを歩む。その行く手には佐野基樹が兵曹の美しい姿にすっかり目を奪われて立っている。

高田兵曹が、かすかな衣擦れの音を立てて桜本兵曹たちの横をゆっくり通ってゆく。感激した長妻兵曹が瞳を潤ませながら

「おめでとう、高田兵曹」

というと高田兵曹はそっと顔をこちらに向けてベールの向こうでほほ笑んでそっと頭を下げた。小泉兵曹、桜本兵曹も小さな声で「おめでとう高田兵曹」と言って高田兵曹は小さく「ありがとう」と言ったようだ。男性士官たちもすっかり感激して毛塚少尉は静々と祭壇に向かう二人の姿を見ながら長妻兵曹の片手をしっかり握った。その手は(次は私たちですよ)と言っているのが、長妻兵曹にはわかり、(はい、続きましょう)と答えるように彼の大きな手を握り返した。

そして祭壇の前で、生方中尉から佐野へと花嫁は託された。オルガンの音がやみ、滝本神父の祝福で式は始まった。

しんと鎮まった会堂内に滝本神父の声が凛と響き、佐野と高田はその前でこうべを垂れている。その様子を一番前の席の瑞枝が感激の涙にくれながら見つめる。

指輪の交換のあと花嫁のヴェールが佐野の手で挙げられ、総員注目の中…<誓いの接吻>が行われ、女将兵だけではなく男性技術士官のあいだからも羨望のため息が漏れた。

益川中佐は(はあ…いいなあ。あんなにきれいな人と結婚できるなんて。私の天女はここに本当にいるんだろうか)と幸せ絶頂の二人から目を離せない。そして(いいなあ、いいなあうらやましい)としきりにため息を吐く。

その隣の桜本兵曹は(なんねこのおっさん。さっきからため息ばっかしついとってじゃ…はは~ん、こん人か、みんなが言うとった『もしかしたら独身のおっさんかも』しれんいうんは。そんとにうらやましいかねえ、ほんならここで嫁さん見つけたらええが)と益川の顔も見ないで思っている。

友人の幸せはうれしいし祝福しているが、紅林との思い出が甘く苦く邪魔しているのも正直なオトメチャンである……

 

式が終わり、参列者は教会の外に立って新夫婦を待つ。

やがて二人が中から出てくると皆は「おめでとう!」「この幸せ者~」「素敵~」などと声をかけ、花やコメを夫婦に投げる。これが皆には珍しく楽しいらしく、勢いつけて投げつける将兵嬢もいて佐野基樹はうれしいながらもコメが当たって痛いとみえ

「ありがとう…痛いっ!やあありがとう、いてっ!」

と忙しい。その佐野を見上げてほほ笑む高田兵曹は美しい。その皆のあいだを、カメラを持った<大和>飛行科の林屋へゑ兵曹が次々撮影して回る。

「ええねえ、高田兵曹綺麗なねえ」

増添兵曹が言って、そのそばの下士官嬢が同意してうなずく。新夫婦は入り口前の階段を下り切ると、その下にいた瑞枝のもとによると、

「おかあさん」

と言って瑞枝を見つめ、瑞枝も嬉しそうに笑みながら「おめでとう、佐野さん、よっちゃん」と祝福した。兵曹はティアラをトレーラーの日差しに光らせて

「ありがとうございますおかあさん。これからもよろしくお願いします」

と頭を下げ、佐野基樹も

「おかあさん、佳子さんもお母さんも私が幸せにしますからね!よろしくお願いいたします」

と頭を下げた。瑞枝は感激のあまり「佐野さん…よっちゃん」と言って泣き出す。滝本神父がその姿を微笑みながら見つめ「…神のご加護を」と言って十字を切った。

 

そのあと、高田兵曹が懇意にしている現地の人のレストランで祝宴が開かれ、無礼講で大いに盛り上がった。男性技術士官たちも出席し、酒を注がれたり話しかけられたりして大喜び。益川中佐も何人もの将兵嬢たちに話しかけられ、ほほを紅潮させて対応している。

(彼女だろうかそれともあの人だろうか、私の天女)

そう思いながら一所懸命将兵嬢たちの気を引く益川中佐はけなげですらある。しかし肝心の将兵嬢たちは彼よりももっと若い技術士官に夢中である。

そしてその中の一人がすでに相手がいると知ると

「あん人は長妻兵曹の許嫁なんじゃと…、ああ、狭き門じゃわ」

と嘆息をつく。益川中佐は(私、私は相手がいないからどうか!)と思うがやはり「あのおじさん士官はもう結婚しとりんさるんじゃろ?」と言われてがっくり来る彼である。

そんな彼を一顧だにしないで、桜本兵曹や小泉兵曹たちは新夫婦や長妻兵曹とその許婚の毛塚少尉たちと楽しく歓談している…

 

宴が終わり、皆はそれぞれ艦に戻ったり水島の見世にしけこんだりと思い思いの方向へ歩いて行った。

佐野夫婦は、瑞枝を宿に送ったあと「ではおかあさん、あしたここで」と約束し、兵曹の<>へと行った。家に着くと誰かが家の中のそこここに花などを飾ってくれていた。

「綺麗ですね」

と二人は微笑みあいながら兵曹の部屋に。部屋の真ん中のテーブルにはきれいな花束が置かれ<ご結婚おめでとうございます、末永いお幸せをお祝いします。軍艦大和乗組員一同>とカードが置かれていた。

佳子は、その花束を胸に抱えて「…皆さんありがとう」とつぶやき、佐野は「幸せになりましょうね」というと彼女を後ろから抱きしめた。佳子は花束をテーブルに置くと

「基樹さん、幸せになりましょう!」

と言って、二人は固く抱き合ったのだった――

 

その同じころ<大和>では。

防空指揮所に桜本兵曹・小泉兵曹を囲んで今日の高田兵曹の式の話を皆して聴き入っている。

「なんと言うても教会の荘厳なこと!日本の神様の前での式や仏様の前での式もええが、あれもええなあとうちは思うたわい」

小泉兵曹が言うと桜本兵曹もうなずいて「ほうじゃねえ、ハイカラでモダンな結婚式じゃわ。あれもええかも」とほほ笑み、亀井上水は

「ええですねえ…早う写真ができるとええですねえ。うちらも高田兵曹の晴れ姿を見たいです」

と言って石川兵曹が「写真は飛行科の林屋へゑ兵曹が撮ったいうて聞いてますけえ、明日明後日にも見られるでしょうね」とこれも楽しみにしている。

 

そして男性士官用にあてがわれた部屋の中では益川中佐が一人、(ああ、うらやましい。私の天女、いったいどこにいるんだろう)と舷窓をそっと開けてトレーラー水島の夜景に見入っているのだった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

素晴らしい結婚式だったようで何よりです。高田兵曹、いやこの日から佐野兵曹になりますが、幸せになってほしいものです。

 

高田兵曹のドレスは、故・ダイアナ元妃の結婚の時のドレスを思い浮かべながら書きました。きれいでしたねダイアナさん。憧れでした。あんな亡くなり方をして本当に残念ですし、夫であったチャールズさん…あんな若くてきれいな人を娶ってきながら不倫を続けてたなんて!本当にがっかりですね。

 

綺麗なダイアナさんの写真を張っておきます(画像お借りしました)。

ダイアナさん結婚式写真

南の島の花嫁さん 2 - 2017.09.01 Fri

高田兵曹の挙式がいよいよ明日に迫ったーー

 

前日の晩は、高角砲分隊で祝賀会が開かれた。高田兵曹を中心に据え、皆で酒保から買ってきた酒で乾杯した。黒多砲術長や生方中尉、平野少尉たち士官も嬉しそうである。その集まりに高田兵曹と仲良しの、他分隊の長妻兵曹・増添兵曹や小泉兵曹そして桜本兵曹などもやってきて祝杯を挙げた。

生方中尉は自身も結婚が決まって結婚許可願が受理されたばかりで余計嬉しいらしく終始にこにこと機嫌よい。

長妻兵曹が

「高田兵曹、明日は式だから酒は過ごさんほうがいいぞ…、で?何時に上陸するんだ?」

と尋ねてきた。高田兵曹はうん、と返事をして

「明日は0700にランチを出していただけることになっとるんじゃ。式は1000(午前十時のこと)に水島教会じゃけえ間違わんでね」

と言った。ほう、と増添兵曹が声を上げて「教会かね!高田さんかお相手さんがキリスト教の信者かいね?」というと高田兵曹は首を振って

「違うんじゃが、教会の神父さんとうちは知り合いなけえ、神父さんに結婚の話をしたら『ほんならうちで式を挙げたらええ、信者であろうがなかろうがそがいなん関係ないわい』言うて式を挙げさせてくれることになったんじゃ」

と言って皆は高田兵曹の交友関係の多彩さにびっくりした。高田兵曹はこの島にいったい何人の知己がいることだろうか。水島教会の神父の一人は日本人である。日本人のよしみで許してくれたのだろうと思っていたら、

「トレーラーの神父さんもそがい言うてくれてな。神様はこまいことは言わんけえ、安心して式を挙げんさい、言うてくれたんじゃわ…ここはええところじゃねえ」

と高田兵曹は言って幸せそうに微笑んだ。

その幸せ顔を見て、その場の皆は「ええねえ~、うちらも早うあがいな幸せな顔をしてみたいもんじゃわ」と口々に言った。

そんな中、オトメチャンだけは黙って高田兵曹を見てほほ笑んでいるだけだったが。

 

翌朝0700(午前七時)に、『大和』を歓声とともに離れていったランチが一艇。それには高田兵曹と生方中尉それに水木兵曹たち工作科の下士官たちが四名ほど乗っている。『大和』の甲板から仲間たち、それに梨賀艦長に佐藤副長が手や帽子を振って見送る。

防空指揮所では麻生分隊士、小泉兵曹、亀井上水、酒井上水、石川兵曹それに桜本兵曹たちが見送っている。そしてハシビロコウのマツコ、小犬のトメキチに仔猫のニャマト。

麻生分隊士は感慨深げに

「高田兵曹も前にはいろいろあったが…ほいでも幸せになれてえかったわい。みんなそれぞれ、順々に幸せになってゆくんじゃろうな」

とつぶやいた。小泉兵曹が「ほうですねえ…幸せの順番は継が誰だかわからんですが、絶対来ますよね」と言ってそっと桜本兵曹のほうを見た。桜本兵曹の横顔にははっきりと羨望の色が浮かんでいた。小泉兵曹は

(オトメチャン可哀そうに。ほんまならもう紅林さんと式を挙げていてもおかしゅうなったんに)

と哀しく思った。ほういやあ、あん人たちはその後どうしたんじゃろう、なあも話を聞かんが?と彼女は思ったがおくびにも出さず

「分隊士、うちとオトメチャンは高田兵曹の式に出ますけえよろしゅう願います」

と言って我に返った桜本兵曹は分隊士に「よろしゅう願います」と礼をした。その二人にうんとうなずいて分隊士は

「ああ、精一杯祝ってやってくれ。うちの分もな」

と言って、分隊士はランチの走り去った海上を見つめた。朝日に海はきらきらときらめき、高田佳子兵曹の新しい人生の門出を祝っているようだ。

 

高田瑞枝は、トレーラに来てから兵曹の家にずっと泊まっていた。式の今朝は早くから目を覚ましていた。(今日はいよいよよっちゃんの結婚式…)胸がいっぱいになって嬉しいようなそれでいてなんだか寂しいような複雑な気分であったが、佳子の生い立ちを知っている瑞枝は、佐野と佳子が終生幸せであるようにと心から祈った。幸せにならんといけんよ、よっちゃん。

そして瑞枝は、『大和』の水木兵曹が用意してくれたこの土地の正装をたんすの引き出しからそっと取り出した。南国らしい色合いの、大きな花の描かれたロングドレス。七分の袖はまるで大きな花弁のようにひらひらとして、初めて着る服に瑞枝の心は弾んだ。

 

佐野基樹は<南洋新興>の寮でこれも朝早く目を覚ましていた。

窓の外は素晴らしい上天気、(普段の行いの良さだな)と佐野は思って両手を天に合わせた。そして今日いよいよ見ることになる高田兵曹の花嫁姿を(早く見たいものだ、楽しみだ)と胸を高鳴らせた。

彼の式服はこれも水木兵曹が用意してくれたもので白地に青い色の大きな花の描かれたシャツに白いズボン。

(似合うだろうか、似合うと佳子さんは言ってくれるだろうか?)

ちょっと心配しながら佐野はそれらを洋服ダンスから取り出して見つめている…

 

高田兵曹は上陸桟橋から水島教会へと向かった。教会の一室で花嫁さんになるためである。生方中尉は今日は彼女の介添え、兵曹は教会に着くと「どうぞよろしゅう願います少尉」とあいさつし生方中尉は面はゆげな顔で

「私でよかったのかな?ほかに適任者がいたんじゃないかな」

と言ったが高田兵曹は「いえ、うちは生方中尉に介添えをしていただきたいんです。うち、以前にいろいろご迷惑をかけてしもうて…、ほんまに中尉には悪い思うとってです。じゃけえ言うたら変ですがうちの新しい人生の始まりを持とどけていただきとうて…。ほんまに勝手言うて申し訳ありません」と謝ったが、生方中尉は満面の笑みを浮かべると

「昔のことはもう忘れなさい…、よし!今日は兵曹の新しい人生の介添えだ。そして私の新しい一歩への記念とさせてもらおうかな」

と言って皆は笑いあった。

さあそろそろ準備をせんと間に合いませんよ、と水木兵曹が大きな箱から式服を出し、ほかの下士官嬢たちが化粧道具などを出してきて高田兵曹は部屋のドレッサーの前に座るーー

 

教会に、佐野と瑞枝が到着したのは高田兵曹が着付けを始めてから一時間ほどたってからである。日本人神父・滝本に出迎えられて二人は控室に入った。滝本神父は二人に冷たい茶を出してくれて、

「花嫁さんはいま、着付けの真っ最中ですよ。きっとお綺麗なことでしょう、楽しみですね」

とほほ笑み、佐野と瑞枝は「今日はどうぞよろしくお願いいたします」と改めてあいさつした。

そして式の開始時間の一時間前にはもう、水島教会の前には大勢の参列者が集まっていた。その中にはマツコたちもいて、水兵服姿のトメキチが

「ねえマツコサン、僕たちも結婚式に出ていいのかしら?」

と心配そうに尋ねる。同じく水兵服姿のニャマトも「ニャマート…」と心配げ。その二人に士官姿のマツコは大きく翼を広げて

「平気だってば。そもそもおめでたい日なんだから出物腫れ物所嫌わず、っていうでしょ。あれよ」

と言ったのへトメキチが

「それを言うならマツコサン、来るものは拒まず去る者は追わず、でしょ?」

と言ってマツコは翼を慌ててたたむとオホンと咳払いをして恥ずかしそうな顔になると

「言い間違いってもんがあるでしょうよ人にはさ…ほんとにあんたって犬は!」

とうなって、トメキチとニャマトは笑った。

 

それから間もなく、教会の扉が開かれ参列者たちはぞろぞろと中に入ってゆく。ほとんどの出席者は教会に入ったことがないのであっちを見たりこっちを見たり、士官嬢ですらその様子で仲間から「みっともないぞ、きょろきょろしないでよ」とそっとつつかれる始末。

「この台は何だ?…おお、足を乗せるンにちょうどええなあ」

と自分たちの前席の後ろあたりにある台に足を乗せた下士官や、バージンロードに踏み込もうとする士官に、クリスチャンの士官が慌てて

「そこは足を乗せたらいかん!ひざまずく台じゃから、足降ろせ!」「そこの白い道を踏んだらいけん、そこはバージンロードいうて花嫁さんの通る道じゃわい!」

と注意する一幕もあった。

桜本兵曹も、小泉兵曹たちとともに会堂の一角に座を占めたが「はあ綺麗なねえ」「こげえな場所での式もええかも」「ほいでも信者でのうては式はなかなか挙げられんいうて聞いたよ?」などと周囲を見回しては話している。

長妻兵曹は正面の大きな十字架を見つめながら、

(うちと毛塚さん…やっぱし内地で式を挙げることになるんじゃろうなあ。はあいつになったらヤマトは内地に帰れるんじゃろう)

と思うし、小泉兵曹は(うちは当分結婚はできんのう、それより軍務に励んで精進せんと)と思うし長妻兵曹の隣に座った桜本兵曹は(こげえな場所で結婚式を挙げられる高田兵曹はええねえ。うちも…結婚したかった)とつらい思いをかみしめる。

そんな彼女たちの後ろに「呉海軍工廠」からやってきた男性士官たちが座った。長妻兵曹が振り向くとそこには許婚の毛塚少尉がほほ笑んでいて小さな声で

「梨賀艦長から『行って、どんな式だかご覧になるといいですよ』とおっしゃっていただけました。だからみんなでこうしてきましたよ。あなたのお仲間を私たちもお祝いさせてください」

と言った。長妻兵曹は頬を染めて「そうでしたか。ありがとうございます、高田兵曹も喜びます」と言った。

男性士官の一人が「毛塚少尉、私は前に座らせてもらうから許嫁さんとここに座りなさい」と言って席を立ち、長妻兵曹と席を代わった。許嫁の二人は恥ずかしげにしかし、嬉しそうに仲良く並んで座った。

長妻兵曹が立ったあとの席に座ったのは益川中佐。中佐はこの会堂に集まった女将兵たちを眺めまわし

(私の天女はどこにいるんだろうか。いないんだろうか)

と考えては軽くため息を吐く。

その隣の席の桜本兵曹は、益川中佐には全く興味を示さないでステンドグラスの美しさに目を奪われていいる。

 

それから間もなく大扉が締められ、正面の祭壇に滝本神父が立ちいよいよ結婚式の始まりが告げられる。祭壇の前に新郎である佐野基樹が立ち、新婦の登場を待つ。

会堂内は水を打ったように鎮まり、そしてパイプオルガンが入場曲を奏で始めた。

大扉がもう一度開いたとき、会堂に総員が声にならない声を上げたーー

   (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・

さあついに始まりました高田さんの結婚式。

どんな式服で出てくるのでしょう???気になりますね。益川中佐はここに至っても「私の天女」探しをしているようですが…。

南の島の花嫁さん 1 - 2017.08.26 Sat

その日、高田佳子海軍上等兵曹とその許婚の佐野基樹は緊張の面持ちで港に立っていた――

 

「あ、あれがそうじゃないでしょうか」

高田兵曹が爪先立ってさらに軍帽の庇を持ち上げるようにして光る海の沖を見つめると佐野も伸び上がるようにして沖を見つめ

「ああそうだ!あれですよ、<南洋新興>の船は!」

と興奮したような声を出して高田兵曹を見つめ、二人は互いを見つめあってほほ笑んだ。

<南洋新興>の持ち船・<新興丸>には高田兵曹の養母・瑞枝が乗ってきている。高田兵曹と佐野基樹の結婚式をこのトレーラーで挙げるため、佐野が「<新興丸>という船に乗れるように手配をしておきますので」と言って、瑞枝は<新興丸>に乗ってはるばるトレーラー水島まで来たというわけである。

「おかあさん、船酔いしとらんじゃろうか…」

と初めての船旅をしてくる母を想って心配そうにつぶやく高田兵曹の背中にそっと手を回した佐野は

<新興丸>には医師が乗っていますから平気だと思うんですが…、早く接岸しないかなあ。お母さまに早くご挨拶したいですよ」

と言った。

二人はしばらくのあいだ、<新興丸>の様子を見つめていたがやがて船が接岸したのを見るや、船のほうへと走り寄って行った。

 

船が港につながれ、船員が数名降りてくると佐野は彼らに何か話しかけた、すると船員たちは丁寧に佐野に頭を下げ、そして高田兵曹にも頭を下げた。高田兵曹は敬礼してそれに応える。一人の船員が舷梯を駆け上がっていき佐野は

「もう少し待っててください、お母さまが下りてらっしゃいますよ」

と言った。おかあさん、と高田兵曹はつぶやいて船の上を見上げる。

数十分ほどして舷梯から高田の母と、それに伴って一人の男性が下りてきた。船長である。

佐野は船長の原崎に駆け寄ると今回の礼を述べた。原崎船長は微笑んで

「お役に立ててよかったです。支店長、ご結婚なさるんですね。おめでとうございます。いろいろとお話を高田さんから聞かせていただきました」

と言った。佐野の影に恥ずかし気にたたずんでいた高田兵曹に、瑞枝が「よっちゃん」と声をかけると兵曹は佐野の後ろから出てきてさっと敬礼し

「母上、遠いところはるばるありがとうございます!」

と言った。二種軍装の凛々しい兵曹姿に瑞枝の瞳が濡れた。そして「よっちゃん…立派になりましたね。そして今度は本当におめでとう」と言って兵曹に頭を下げた。

「おかあさん…」

と高田兵曹は瑞枝の肩に手をかけると頭を挙げさせた。そして

「おかあさん、こちらが佐野さんです」

と改めて紹介した。佐野は瑞枝に自己紹介をして、瑞枝は「船の手配までしてくださって本当にありがとうございました。<南洋新興>の皆さんには大変お世話になりましたので佐野さんからもどうぞ皆さん委はよろしくお伝えくださいね」

と言った。

船旅の途中、<南洋新興>の社員たちが何名も同乗していたが彼らは瑞枝がさみしく思ったり手持無沙汰にならないようあれこれ心を砕いてくれたのだという。

だから、「全然退屈しない素敵な船旅でしたわ」と瑞枝は嬉しそうだった。出航して二日ほどは船酔いに苦しんだが船医にねんごろに介抱してもらいそのあとはすっかり船にも慣れて快適だったと瑞枝は言った。

「それは良かった。船酔いで苦しんではいまいかと、佳子さんと心配していたんですよ」

佐野はそういうと

「では、お母さま。<>に参りますか!」

と瑞枝の大きな荷物を持ち上げた。原崎船長や船員たち、そして降りてきた<南洋新興>の社員たちに何度も礼を言って三人は高田兵曹の<>に向かって行った。

道々、瑞枝は

「よっちゃん、家ってなんなの?」

と尋ね兵曹はちょっと苦笑いしながら説明してやった。以前ここに住んで小さな事業をしていた日本人家族に気に入られた高田(当時は野田)は、彼らが内地に帰国する際家を「もうトレーラーに戻らないからあなたに使ってほしい」ともらったことなどを話した。さすがに「ごみ屋敷」だった過去は話せなかったが。

「たくさんの部屋があるので自分用の部屋以外は上陸の兵隊や下士官に貸すときがあります」

そう兵曹が言うと瑞枝は

「そうだったの、そうね、よっちゃんいいことするわね。お話に聞くと結構皆さんやりくり大変のようだから」

と言った。安い給料の兵隊嬢たちを瑞枝は思った。佐野が

「佳子さんは部屋賃など一切取らないで貸してくれると評判ですよ。空いてるときはいつでも借りられるとみんな喜んでいますよ」

と嬉しそうに話す。自分の許嫁を皆がほめるのがうれしいのだろう。

 

やがて三人は家に着いた。その大きな構えに瑞枝は「まあ、なんて立派なお屋敷なんでしょう!」と声を上げていた。兵曹が

「さあおかあさんどうぞ」

と玄関の扉を開けて瑞枝と佐野を招じ入れた。きれいに整えられた玄関から、三人は高田兵曹の私室へと入って行った…

 

 

「なあ。高田兵曹の結婚式、どんとな式になるんじゃろ」

そういったのは小泉兵曹、彼女は午後の課業が終わった後の自由時間に機銃座に入り込んで長妻兵曹と乾燥芋をかじっていた。長妻兵曹は

「どんとな式になるかはうちもまだ知らんが、この暑い中でするんじゃけえいろいろ考えとってんじゃないかねえ?それにしてもうち、楽しみじゃわ」

と言い、乾燥芋をかみちぎった。

小泉兵曹も芋を噛みながら

「ほうじゃ、ほういやあ長妻さん。許嫁の何とかいう人とはもう会うたんか?」

と尋ねると長妻兵曹は

「何とかいう、でのうて毛塚少尉じゃわ。…ううん、まだ逢ってはおらん」

と言った。小泉兵曹はその横顔を見つめて

「さみしい無いね?」

というと長妻兵曹は意外にもほほ笑んで

「さみしいないで。同じ艦に乗っとるし、そのうち上陸日を合わせてくれるいうて平野少尉や砲術長から聞いとってなけえ。うちらは海軍軍人として恥ずかしゅうないように生きよういうて約束しとってなけえね」

と言った。その潔さに小泉兵曹は感動さえ覚えた。ほうね、と言って

「早う逢えるその日が来るとええね」

と戦友を励ましてやった。

「それにしても、」

と長妻兵曹は周囲を見回しながら

「男性技術士官たちはあれこれ大変そうなねえ。ちっとも行き会わん。ほいであの一番年上みとうなおじさん士官、こないだちらっと見たがなんやらあん人、おなごに飢えとってじゃないかねえ」

と言った。

おじさん士官いうて確か益川中佐とか言うたあん人?へ?おなごに飢えとる?と小泉兵曹が素っ頓狂な声を出すと長妻兵曹は手にした乾燥芋を口にくわえて

「でかい声出したらいけん!そんとなこと聞かれたら大ごとなけえの」

と注意した。じゃがの、と長妻兵曹は芋を噛んで飲み下してから

「なんかのう、こう行合う兵隊や下士官を見る目ぇが物欲しげに見えていけんのよ。もしかしてあんおじさん士官、まだ独身かのう?」

と腕を組んで考え込む。

まさか、と小泉兵曹は笑ったがそれがドンピシャだとは思いもよらないのであった。

 

そんなころ、<大和>工作科の水木兵曹たちは大忙しであった。

「急がんと、今週末には式じゃけえの」

そういいながら仮縫いの済んだ式服をミシンがけしたり、小物を制作する水木兵曹たち。彼女たちは黒多砲術長そして平野少尉から「高田兵曹の結婚式の式服をどうか作ってほしい!」と言って「これを参考にしてほしい」と一冊の雑誌を手渡されていた。

それは黒多砲術長の同期の友人が、とある島での戦闘でアメリカ軍の捕虜からもらったという<ブライダル雑誌>。そこにはチャペルで挙式のブロンド美女が純白のウエディングドレスに身を包んでほほ笑んでいる。

「はあ~、アメリカさんはこげえな服で結婚するんですねえ。でも日本でも大きなホテルで結婚式を挙げると着せてもらえるいうて聞きましたが」

水木兵曹たちはその雑誌に群がって大騒ぎ。ほんなら、と水木兵曹が

「アメリカさんに負けんようなドレスを作って帝国海軍ここにあり、をみせつけてやらんといけんのう!さあみんな、帝国海軍と高田兵曹のために頑張ろうや」

と言って…ドレス政策は始まりいよいよ佳境を迎えていたのだった。

 

その、高田兵曹の挙式はもうあと数日に迫っているーー

   (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

高田兵曹の結婚式ももうすぐ!そして兵曹の養母の瑞枝さんがトレーラーにやってきました。佐野さんとも仲良くやって行けそうで何よりです。

しかし長妻兵曹、益川中佐の心を見抜いているようです。なかなか男性を見る眼のある長妻さんに見抜かれた益川中佐この後どうなりましょうか、いろいろと目の離せない展開になる…かも???

次回をお楽しみに!

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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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