男の価値 2 解決編

益川中佐は床にうち伏して大泣きしてしまったーー

 

翌日益川中佐は何もなかったかのような顔で出勤したが、山中大佐に「どうした益川君」と声をかけられた。益川中佐ははっとしたが

「いやなんでもありません、なにもありませんよ山中大佐。私に何かあるように見えましたか?」

と言ってその場は平然とやり過ごした。山中大佐はその後姿をしばらく見つめていたがやがて江崎少将の呼ぶ声に席を立った。

 

その日も暮れたが益川中佐と山中大佐は残業しなければならない状態にあった。二人は帰宅する同僚、それに江崎少将を見送ったあと「では急いで片付けよう」と二人は集中して仕事に当たった。

それから二時間半ほどして山中大佐は大きく伸びをして席を立った、そして益川中佐を見て

「どうだね今日はもう終わろうじゃないか。どうだねどこかで飯でも食ってゆこうか」

と言った、彼はどうも今朝の益川中佐の様子が気になって仕方がなかったのだ。出来たら聞き出したいという気持ちがあった。

益川中佐は

「しかし、奥様がおひとりではご心配ではないですか?私は一人で食いますから大佐はご自宅へ…」

と言った。本当は切ない胸の内を聞いてほしいという思いもあったが<天女のような>次子中佐が心配であった。(あの人に何かあったら、私は困る)

すると山中大佐は「そうか」というと

「ならうちに来ればいい。…益川君なにか悩みがあるんだろう?話を聞かせてほしい」

と唐突に言い、益川中佐は慌てた。

「そんな、突然おうかがいなんかしたら奥様にご迷惑でしょう。奥様今は大事なおからだですから私なんぞがお邪魔したら…」

そういって断った中佐に山中大佐は

「大丈夫だよ、次子に負担はかけない。だからぜひ来てほしい」

と言って引きずるようにして益川中佐を丘の上の家に連れて行ったのだった。玄関の戸を叩くとすぐになかから「はい!」と返事があり戸が開いた。

「おかえりなさい」

と次子の微笑みが迎えてくれた。そして次子は夫の後ろにいる益川を見ると

「まあ、いらっしゃいませ!さあさあ、どうぞ」

と言って中に招じ入れてくれた。山中大佐は益川中佐の背中を軽く押すと「さ、入って」と言って皆は家の奥へ。

 

益川中佐は「突然お邪魔して申し訳ありません、本当に申し訳ありません…。すぐに帰りますので」と小さくなって謝る、その益川に次子は大きなおなかを撫でながらほほ笑んで

「いいんですのよ。ごゆっくりなさってくださいませね。今日は残業だったのでしょう、お腹がすいたでしょう、今すぐ食事をお持ちしますからね」

と言って台所に立った。

益川中佐は「どうか奥様、お構いなく!」と叫ぶように言って、山中大佐は「次子がいいというんだからいいんです。あの調子では体調は平気のようだよ」というと益川中佐はほっとしたような表情になった。

 

山中大佐が次子の代わりに茶を淹れ、二人はしばらく黙って茶を喫した。やがて次子が料理を運んでくると大佐は「私がしよう、次ちゃんは座りなさい」と代わりに皿や料理を持った皿を運ぶ。それをみて

(いいなあ。私も嫁さんを貰ったらこうして手伝ってやりたい。ああうらやましい)

と益川中佐はいよいよ羨望の度を強める。次子は

「ごめんなさいあなた、…さあ益川さんどうぞ召し上がってください、何もなくて申し訳ないんですが」

とほほ笑みながら箸に飯茶碗と汁椀を彼の前に並べる。

「そんなとんでもないことです。奥様には申し訳ないです」

益川中佐はもう一度言ったが次子は微笑みながら「さ、どうぞ」と勧める。山中大佐も箸をとり「さあ、冷めないうちに」というので益川中佐は「ではいただきます」と箸をとる。益川中佐の好きな焼き魚もあり彼はうれしかった。

 

食後に、大佐が「軽くどうだね」というので益川中佐は酒をいただいた。

次子もほほ笑みながら二人を見守るように漬物を出して「こんなものしかありませんが」と言った。その次子に「ありがとうございます」と言って益川中佐は酒をいただいた。

そのうち彼は、酔ったわけではないが次子に話を聞いてもらいたいという気持ちが湧いてきて

「実は、」

と話し始めた。

 

……つい先ごろのことなんです。

私は風呂からあがって洗面台の鏡を見ました、いつものように。すると、なんとあろうことか、私の頭の毛、そう髪の毛が薄くなっているではないですか!こう、なんというのか生え際が前より後退してしかも、しかもですよ、頭のてっぺんまで薄いんですよこれが!そんなこんなひどいことがあっていいんでしょうか、まだ嫁さんももらっていないうちに禿げてしまったら、もう絶対嫁さんの来手なんかないですよ。もう絶対…絶対ダメだ。私なんて何の価値もない男なんだ…

 

そういうと彼は顔を覆って泣き始めた。

山中大佐はなんだか気の毒そうな顔で益川中佐を見つめていたがはっとした。それは(生え際の後退だと?それなら私はもうずっと前からだ。そしたら私の男としての価値はもうないってことか?そんな…だとしたらそんな男と結婚した次ちゃんはこの上ない不幸な女ということになるじゃないか…ああなんてこった!)というわが身に十分覚えのある事である。

次ちゃん…、と我が妻の顔をそっと見やると次ちゃんはたいへん難しい顔で益川中佐を見つめている。次ちゃんはしばらくのあいだ泣いている益川を見つめていたが、なかなか泣き止まない彼についに

「益川中佐」

と声をかけた。益川中佐は憧れの天女に慰めてもらえるものだと思って顔を上げた。すると、

「なにを泣いておられますか、大の男の海軍士官が!」

と大喝が飛んだ。益川中佐はもちろんのこと、夫である山中大佐もその場から三〇センチほど飛び上がった(ような気がした)。びっくりした二人が次子の顔を見ると、彼女はまっすぐに益川中佐を見つめ

「益川中佐…なんてことをあなたはおっしゃるんです?本気であなたはご自分には男としての価値がない、とお思いなんですか?しかもその原因が髪の毛だとは。確かに髪の毛がそうなってしまうこと、悲しくもあり寂しくもあると私は私の父親から聞いたことがあります。でも私の父親はそんなことは人生のうちにおいては大したことではない。人がどう思おうと自分に自信があればそんなものはどうでもよくなる、と言っていました。そして私もそう思います。私は男性のーー言葉がよくないですがご勘弁ーーいわゆる<禿げるということ>は貫禄だと思いますよ。だから益川中佐もどうか自信を持ってほしいのです。中佐のお嫁さんにはそういうことを気にしない、ありのままのあなたを好きになってくれる人を選べばいいのですよ。きっといますそういう人は。そして人が思うほどあなたの御髪を気にしている人はいないと私は思いますよ。ご自分でそう思い込むなんて、悲しいですよ。私は益川中佐の仕事をきっちりなさる所やお優しいところが好きです。

ーーこの先絶対、私が思うように中佐のまじめなところ優しいところを好きになる人ができますとも。だからどうか、自信をもって毅然となさってくださいませ。

私もう一度だけ申し上げます…男の価値は、髪の毛ではないと」

と一気に語った。その瞳はかすかに濡れているようにも見える。

益川中佐は

「奥様…」

と言って感激に身を浸した。そのそばで山中大佐もうなずいている。益川中佐は涙を手の甲でグイッとぬぐうと

「奥様よくわかりました。私は間違っていました…そんなことでくよくよ悩んでしまってお恥ずかしい。そして私をそれほどまでに評価してくださった事、益川大感激です!これからはもうそんなことに悩まないで職務に邁進いたします!」

と大きな声で宣言し、次子は嬉しそうにほほ笑んでうなずいた。山中大佐もほほ笑んでいたが、益川中佐の

「そうですよ!大佐だってそんなに生え際が後退していてもこんなに素晴らしい奥様を娶れたんですから私にだって絶対!」

というとんでもない発言にがっくりこうべを垂れてしまった。ありゃ~、と次ちゃんは思わず額に手を当ててしまったが突然大佐が笑いだしたので顔を上げると山中大佐は愉快そうに笑いながら

「そうそう、そうだね!ほんとにそうだ。実は私も君の話を聞きながらひょとして自分には男の価値がないんじゃないかと心配だったんだよ。そしたら次子はなんて不幸な女性なんだろうと思ってしまったが、次子の気持ちを聞いてほっとしたよ。ありがとう次子。やはり君は物事や人の本質を見る才能にたけているね。これからもどうか、よろしく…」

というと突然のように彼女を抱きしめて益川中佐は頬を赤らめてしまった。

 

その晩、またも山中家に泊まった益川中佐であった。気持ちの良い布団の中で

(山中大佐の家はなんて心地よいんだろう。これはきっとお二人のご人徳のなせるわざなんだろうな、素晴らしいことだ。私もいつか妻を娶ったら大佐のような家庭を作るんだ!)

と一人決意を固めるのであった。

 

夫婦の部屋では山中大佐が「今日はありがとう次ちゃん。これで益川君はもう大丈夫、いつもの彼に戻れるよ」と言って次ちゃんをそっと抱きしめていた。

次ちゃんはうれしげにそして恥ずかし気に抱かれていたが、突然「あ…っ」と小さく叫ぶと大きなおなかに手を当てて眉間に軽くしわを寄せ新矢のほうに体を寄せるようにした。

「次ちゃんどうした!」

新矢は叫び、次ちゃんの体をしっかり支えたーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

どうしたのかと思えば益川さん、髪の毛が心配だったのですね。男の人にとっては重大なことかもしれませんね。でも人は見かけではありません。大事なのはその中身。それは女性でもおんなじです。

次ちゃんの激しくも優しい言葉に心癒されて、益川さん明日からまた張り切って仕事ができそうですね。

しかし…次ちゃんどうしたんでしょうか。

男の価値 1

呉海軍工廠に勤務の益川敏也技術中佐は今日も元気に勤務に励んでいるーー

 

江崎少将を中心とする<松岡式防御装置>開発チーム「呉」は先だって極秘のうちに行われた機動部隊による対イギリス軍残敵掃討戦で『飛龍』があの防御装置を使用し、被弾を回避し大成功であった旨を知らされて喜びに浸っていた。そして

「さらにこれを多くの海軍艦艇に装備しなければなりません。各艦艇の特徴に合わせた防御装置を開発しないといけません。そして飛行機に対しても。がんばりどころです」

と山中大佐は言って皆も大きくうなずいたのだった。

そんな中、益川中佐も仕事に励んでいたが仕事がひけて一人、呉の本通りの食堂で夕飯を取るとき思うのは

「ああ。私も早く嫁さんがほしい。一人で食堂で飯食うのも今年で終わりにしたいもんだなあ」

ということでもう何回思っていることか。

食事を済ませ通りを歩けば海軍軍人を妻にした工廠の関係者や、一般民間人の夫婦が仲良く歩き益川中佐の嘆息は深くなる一方である。

私もああして大好きな人と歩きたい。山中大佐の奥様のような天女を妻にしてこの道を歩きたい。

益川中佐は、軍帽を目深に下してそれらの風景が目に入らないようにして自宅へ向かう。自宅の玄関を入るころにはすっかりしなだれている益川中佐である。

が、

(山中大佐の奥様もおっしゃっておられた、必ずいい縁があると。天女のおっしゃることだ絶対だ。その日を待って今は耐えるしかない)

と思い返し、部屋の机の上に鞄を投げ出すと風呂を焚きつけに湯殿へ向かうのが日課である。

 

そんな、ある晩のこと。

いつものように益川中佐は自宅へ戻り、持ち帰った書類に目を通していた。そろそろ風呂も沸くころだろうと湯加減を見るとちょうど良いようだ。早速疲れた体を湯に浸す。

そして風呂から上がった彼は手ぬぐいでごしごしと頭を拭き、洗面台の鏡の自分を見た。

「?」

益川中佐は妙な違和感を感じて鏡の中の自分を凝視した。なにか、どこかが変だ。益川中佐はさらに自分を凝視した。

と!

「まっ、まさかああ!」

益川中佐の口から時ならぬ叫び声が噴出した。この家に他に誰かいたならきっと「どうしました!なにがあったんです?」とおっとり刀ですっ飛んでくるレベルである。

益川中佐は、鏡の中の自分をふるえる指で指しながら

「まさか、まさか。そんなことあるはずがない…絶対だ絶対」

と熱に浮かされたようにつぶやいているーー

 

翌日は益川中佐の非番の日であった。このところ休みなく働いていたので今日明日の非番がうれしかった。

が、昨晩のことが気になってどこかすっきりしない彼ではある。

(思い違いということもある、うす暗い中で見たから見間違いだろう。気にしない気にしない。それより早いうちに残りの仕事を片付けて今日はのんびりしたい)

考えを一転させて、彼は朝飯の支度を始めた。(こんな時嫁さんがいたらなあ)と彼は支度をしながら妄想を始める。

……山中大佐の奥様みたいな人が嫁さんだったらいいなあ、きれいで聡明でかわいくって。その人が私に言うんだ、『あなた、ご飯ができました』って。温かいみそ汁にご飯、そして漬物。朝はこれくらいでいい、私は箸をとってそれらを食べて、嫁さんに『うん、君の作るめしはいつも美味いなあ』って言って嫁さん恥ずかしそうにうつむいて。うひゃー、たまらんなあ…。それで私は工廠に出かける、その私を嫁さんは玄関先まで見送ってくれるんだ、『あなた行ってらっしゃい』って言って。う~~ん、本当にたまらん。それでやっと仕事が引けて帰ってくると家には電灯がともって、夕餉のにおいがしてる。今日は何だろう、魚の焼いた匂いだ、焼いた魚は私の好物だ。嫁さんはきれいにほほ笑みながら『あなたお帰りなさい、お疲れさまでした』って言って差し出したかばんを受け取ってくれる。

『御風呂湧いていますわ、どうなさいます?』という嫁さんに私は『飯が先がいいな、腹が減ったよ』って笑いかけて私はめしを食う。そしてそのあと風呂に入る。嫁さんも風呂を使ったあとやっと布団に入るんだ…恥ずかしげな嫁さんを私は抱きしめてその寝間着をーー…

そんなことを一人考えながらふうっと笑いを浮かべる益川中佐は傍目には気味が悪い。が、本人はいたって真面目である。

が、そこまで思った彼はふーっと長いため息を吐くと

「そんな日が来るのかねえ。私に」

と言って悲しそうな顔になってしまった。そして昨晩からの気がかりがまた、頭をもたげてくるのを感じ、慌てて味噌汁に入れる菜っ葉を刻んだ。

 

非番の二日間が終わり益川中佐は工廠の研究室に戻った。山中大佐がほほ笑みながら

「おはよう益川中佐、少しは休めたかな?」

と言ったのへ中佐は

「おはようございます、はいありがとうございます。おかげさまでのんびりできました、持ち帰った仕事も初日のうちに片づけましたから」

と言って笑って見せた。そして

「奥様はお元気ですか?もう何か月目になりますか?」

と尋ねた。山中大佐の妻で元『大和』副長の山中次子中佐は今、妊娠八カ月半ばである。双子を懐妊中で、

「八カ月に入ってるよ。最近ちょっと早産の傾向が出て心配してるんだ」

と大佐は心配そうな声音になった。益川中佐は

「なんと。ではご入院をしないといけないのではないですか?」

とこれも心配げに言った。彼にとってあこがれの女性であるからすべてにおいて気になる存在である。山中大佐もそれを解っているから

「ありがとう。そうなんだ、海軍病院の産科からは次の検診でまだその傾向があるなら入院しないといけないと言われていてね…でも次子は『あなたを置いて入院できない』っていうんだよ。私のことより自分と子供たちを心配しないといけないんだが、あれが彼女の性分なんだろうね」

と言って窓の外を見た。

その表情が益川中佐にはうらやましかった。

益川中佐は

「奥様はまず、大佐のことを一番にお考えです。それは私にもよくわかります。それだけ奥様は大佐に惚れていらっしゃるという何よりの証拠です」

と至極真面目に言ったが大佐は「なに言ってるんだか」と笑い飛ばした。その表情の裏に「照れ」が隠れているのを益川中佐は見逃さない。

 

その日も仕事が引け、山中大佐はそそくさと愛妻の待つ自宅へ帰り益川中佐はいつもの通り街中で飯を食い、自宅へ帰った。今日も昨日のようにまるで判を押した如くに風呂を沸かし服を脱ぎ、持ち帰った書類に目を通す。風呂に入って洗面所の鏡をふっと見た彼は

「やっぱり――ッ!」

と大声を放ち、そして今夜はその場にうち伏して大泣きし始めたのだった。

「まさかまさか、まさかー!なんでこんなことに、そんなひどいよう」

益川中佐はまるで幼子のようにその場で大泣きしているーー

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

久々、益川中佐や山中大佐のお話です。次ちゃんも妊娠八カ月に入って大変なようです。が何だか益川さん異変が起きたようです。いったい何が!!!

次回をお楽しみに。

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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