ショートストーリー 〈逃れたい、逃れられない〉

南方某海軍基地――今日も暑い日差しのもと、海軍嬢たちが訓練に励んでいる…

 

そんな一日も無事終わり、とある艦艇の中では自由時間に内地の家族に手紙を書く将兵嬢たちがいる。皆、内地の家族や恋人から来た手紙を見つめながら返信である。

手にした内地からの封筒には〈検閲済み〉の判が押されている。近藤幹乃一等水兵はその判を恨めしげに見ている。

(なんでこんなもんを押さねばならんのだろう?人の手紙を勝手に見くさって、本当に嫌だなあ)

くる手紙も、自分が出す手紙も検閲されてから送られる。手紙やはがきには〈検閲済み〉の判が押されて。近藤一水は、どうしても手紙を出したい相手がいた。幼馴染でゆくゆくは結婚の約束をした同郷の男性である。しかし以前、彼に手紙を書いて出したが班長に呼び出され

「貴様、一等水兵の分際で男に手紙出すなんざ十年早いわ!この馬鹿ッたれ」

と怒鳴られついでに頭を殴られた。

そんなことがあったので、書くに書けない。近藤一水は(ああ、いやだなあ。恋人もいない男日照りの年増班長のやっかみ!それにしてもどうにかして手紙を出したい)とイライラしていたのだった。

自分の隣で字引とにらめっこしながらはがきを書く田原セイ一等水兵に

「なあ、セイさん。あんたはそうして手紙を書くが…検閲されて困らないのかね?いやじゃないの?」

と聞いてみた。眉間にしわを寄せて字引を見ていた田原セイ一等水兵は

「はあ?」

と言って顔を上げ近藤一水を見た。そして「何言ってんのアンタ。そんな検閲なんかあったりまえじゃん。防諜よ防諜。壁に耳あり障子に目あり、っていうでしょうが?それだよそれ、些細なことから軍機が漏れだしたら、大ごとよ?帝国の存亡にかかわるんだからそのくらい我慢しろや。いやなら手紙なんぞ書かんでいいわい」と怒ったように言った。作業の腰を折られたのが気に入らなかったのかもしれない。田原一水はフンと鼻を鳴らすとふたたび字引に見入って何やら小声でつぶやいてはがきに書き付け始める。

ふーっとため息をついた近藤一水は自分の後ろ側で腹ばいになってはがきを書いている吉川一水に

「なあ、」

とさっき田原一水に言ったのと同じことをささやいた。すると吉川一水は

「確かにね。読まれるというのはあまり気持ちいいもんじゃないわね。でもまあ仕方ないだろ?我ら軍人だよ?軍人が秘密をペラペラしゃべるようなことできんだろうが」

と言って、近藤一水はがっかりした。

(ああこいつもダメか。ちょっとくらい賛同してくれるやつはいないのか)

そう思った時、吉川一水はそっと近藤に顔を寄せてきて

「なになに…コンチャンだれかいい人に手紙を書きたいと私は見たぞ?だけどそんな手紙を出そうものならあの男日照りの年増の班長にどやされる。だからどうしたらいいか考えてるんだろ?」

とささやいてにやにやしている。

図星です。

近藤一水はうなずいた。すると吉川一水は

「本当かね?ほんとにコンチャンいい人が居るんだあ~いいなあ~」

と言って近藤一水を抱きしめるような格好をした。そして「いいこと教えたる。でもここじゃまずい、ちょっと外に出よう」と居住区の外に出た。

居住区を出て、最初のラッタルの下で吉川一水は周囲をちらっと見てから

「いいか。誰にも言うんじゃないぞ、これは私の秘伝中の秘伝だからな。いいか、手紙を書いても班長に渡しちゃだめだ。そして自分で艦内郵便局に持ってってもダメだ。そんなことをするから検閲される。そういうときはだ」

と言っていったん言葉を切った。なんだ早く言え、とせっつく近藤一水に吉川一水は

「近いうち内地へ帰る艦の同期に託すんだよ。そんなことも知らねえの?コンチャンは。みんなここ一番の手紙の時はやってるよ、同期にさ、それとなく手渡して『これ、内地についたら出してくれるか?誰にも見られんように』っていうんだよ。もちろんただじゃだめだ、そうだなあ~羊羹の一本くらいあればいいかな。――相手だって正直命がけだからな、そんなん見つかったら大ごとだもの」

と教えてくれた。

さあ、近藤一水の喜ぶことったらなかった。ありがとうありがとうと吉川一水の首っ玉に抱きついて泣かんばかりに礼を言う。

通りかかった郷博美(さと ひろみ)副長がそれを見て「げっ。あなたたちもしかして?」と勘違いするほどの抱きつき方であった。

ともあれ、解決法を戦友によって伝授された近藤一水は生き生きとして手紙を書いた。幼馴染のあの人への切々たる思いを書いた。書きまくって便せん九枚に及んだ。

愛しいあなた。自分はまだ兵隊の身であるから結婚は早いが婚約だけでもしておきたい、次に内地に帰ったら婚約してほしい。そんな熱い思いを書きつけた。

そしてある日の上陸の時、一週間後に内地に帰るという艦の同期を探し出した近藤一水は「これを内地に帰ったら出してほしい、内緒だよ」と言って封筒とともに羊羹を一本差し出した。同期の友は笑って「そんなのいいのに、わかった、内地についたらすぐに出すよ」と言ってくれて近藤一水はほっとしてほほ笑んだ。

 

それからひと月ほどして、近藤一水は班長から呼び出された。

いったい何があったのだろうとすっ飛んでゆくと班長は一通の手紙を近藤の前に突き出した。ものすごく怒っている。

「これは何だ!」

と班長は怒鳴って、「男からの手紙だ、貴様いったいどういうつもりなんだ」と言って手紙を持った手で近藤一水の胸をどんと突いた。よろける一水に、班長は手紙をたたきつけ「読んでみろ、貴様飛んでもねえ奴だな」とうなった。

びっくりした一水が手紙を開くとそれは幼馴染の男性からのもので内容は、僕も君を愛しく思っている、だから早く婚約の身になりたい。あなたの言うように今度内地に帰ってきたらぜひ婚約しよう。でもこのこと艦のみんなには内緒にしてほしい、だって―男日照りの年増班長の逆鱗に触れてあなたがいじめられては困るもの…という感じのものだった。

ヒエエーッ!と近藤一水が叫んだ。近藤一水は、自分の手紙の検閲ばかりに気を取られ、検閲を逃れようと同期に手紙を託したのだが相手からの手紙もしっかり検閲されるというのをストンと忘れていたのだ。書きたい放題書いた中に〈男日照りの年増班長〉を何度も書いてしまい、それを彼氏はそっくりそのまま書いてよこしたのだ。今まで班長に対してこんな文言を使ったことはない、ということは検閲逃れをしたという証拠にもなってしまう。

(しまった~。とんでもないことをしてしまった。検閲を逃れたという開放感が仇になっちゃった)

と思ったが後の祭り。

怒り心頭の班長は、不気味な笑みを浮かべつつ

「誰が〈男日照りの年増班長〉なんだろうなあ~、近藤今日は貴様にじっくり聞いてみたいなあ~。さあ、こいっ!」

と怒鳴るなり、近藤一水を引きずってどこかに消えて行った。

それをこっそり覗き見ていた田原・吉川の両一水は顔を見合わせて

「うひゃあ!…確かにどうしても読まれたくない手紙を出すときそういう手を使うかもしれないけど、姑息な手段を使えば報いが来るってことだね。なるべくしないようにみんなに言おうね。くわばらくわばら」

と震えたのだった。

 

そして近藤一水は、検閲逃れの罰として「手紙ハガキを書いたら皆の前で読み上げろ、いいなっ!」と命じられてしまったのだった。それはある意味、検閲よりずっと…恥ずかしいことだった。

近藤一水、当分手紙もハガキも「書きたくない」と言っているという――  

 

             ・・・・・・・・・・・・

戦地からの手紙も、内地の家族などからの手紙も検閲という作業を経てお互いに届けられたという今では考えられない事実がありました。それを嫌って、誰かに手紙を託して出してもらうということも実際あったようです。

軍事郵便と書かれたはがきの表に、『検閲済み』の判が押してあるものを見た方は多いかもしれませんね。人に読まれると思ったら本音は書けませんね(-_-;)

 

軍事郵便はがき(WIKIより拝借いたしました)軍事郵便はがき

ショートストーリー ゴースト・トレーラーの幻

江古田中尉はトレーラー水島にあって勤務する巡洋艦〈若葉〉の主計科事務室で衣料倉庫の在庫状況を書類にまとめていた――

 

気が付けば夜も更け、時刻は二三三〇(ふたさんさんまる。午後十一時半)を回ろうとしていた。いかんいかん、もうそろそろ寝ようかと独り言ち、書類をファイルに挟むと机の上に立てた。そして事務室を出ようとしたとき、彼女の耳に不意に聞こえた音があった。

(赤ん坊の声?)

江古田中尉はもう一度聞き耳を立てた。さっき聞こえたのは赤ん坊の嬉しそうな笑い声だった。

(まさか、ここに赤ん坊がいるはずはない。ちょっと根を詰めすぎたかな。早いところ寝よう)

と急いで事務室の明かりを消すと自室へと走った。

そしてよく眠った江古田中尉は翌日にはそんなことがあったのはきれいさっぱり忘れていた。そしてその日も衣料倉庫でふんどしの在庫数だの女性の必需品〈待ち受け一番〉の在庫などを調べている。

その夜は、部下の検見川一等兵曹と発注伝票の確認をしていた。

この晩も遅くまでかかり、ふと時計を見上げた検見川兵曹は

「江古田中尉、もう結構な時間ですよ」

と声をかけ中尉は「ありゃまたこんな時間だ、今夜はこの辺で」と言った時―また赤ん坊の笑い声が彼女の耳に聞こえた。

「検見川兵曹…今、赤ん坊の声がしなかった?」

という中尉に検見川兵曹は「いいえ?しませんよ。空耳じゃないですか?中尉お疲れなんでしょう、後は私が片付けますから江古田中尉、もうお休みになってください」とほほ笑んだ。そうか、疲れてるのかと中尉は言って「じゃあ、悪いがあと頼む」と事務室を出た。

ドアを閉めて、自室に歩き出す。今夜はなんだか妙に艦内静かだ、でも同室の服部中尉のいびきはすごいからなあ、静かだろうが何だろうが関係ないよなあと辟易しながら歩く。

とー。

行く手の、甲板に出るラッタルの上あたりでまた赤ん坊の声がした、今度ははっきりと。

「誰だ?誰が赤ん坊を連れ込んでいる!?」

江古田中尉はそういうと声のしたラッタルを上がった。ハッチを開けて外に出た。南方トレーラーの今夜は生暖かい風が吹き付けている。

月は雲に隠れて甲板上は暗い、江古田中尉は甲板上に目を凝らした。(誰かが赤ん坊をこっそり産んでどこか艦内に隠しているのだろうか)

そんなことを思って艦首へと歩いてゆくと、誰かがそこに立っているのがぼんやり見えた。江古田中尉はやや腰をかがめて闇を透かすようにして

「そこにいるのはだれか?出てきなさい」

と声をかけた。自分の声がかすかにふるえているのを感じながら。

すると闇の奥にいる誰かの姿が揺らいでこちらに向かってきたようだ。が、(なんだ、足音がしない)と江古田中尉は背筋がぞっとした。

その時雲に隠れていた月が中天に姿を現した、そしてその〈人〉を見た江古田中尉はああっ、と声を上げていた。江古田中尉は

「河合…中尉じゃないか!」

と叫んだ。河合サキ中尉、江古田中尉の海軍経理学校時代からの友人でこの〈若葉〉に勤務した仲。結婚したものの艦内で流産し、それがもとで命を落としたのだ。その彼女が今目の前にいる。江古田中尉は何度も瞬きした、そして「本当に…サキか?」と念を押した。すると目の前に立つ〈河合中尉〉はにっこり笑って「そうよ、忘れちゃったの?江古田さん」というと江古田中尉のそばに歩いてきた。彼女の一種軍装の胸には女の赤ん坊が抱かれている。

サキは赤ん坊を抱きなおすと「向こうでね、この子に会ったの。うれしかったなあ…離れてしまって悲しかったけど、これでもう絶対離れない。ずっと一緒」と言って赤ん坊のほほに自分のほほをくっつけた。

江古田中尉は「そうだったのか。それはよかった、ずっと離れるなよ」と言って赤ん坊のほほに触れた。赤ん坊の頬はーあたたかかった。

江古田中尉は「サキのご主人、もうずっと独身だ。養子をもらったそうだよ、男の子。お前の名前を取って咲男というそうだ」と教えてやった。サキはうんとうなずいて「知ってる。旦那様、もう私なんか忘れてだれかいい人と一緒になってほしいのに」と少し悲しげに言った。

江古田中尉は「忘れられない、なんて女冥利に尽きるじゃないか。素敵なことだよ」と言ってほほ笑む。その中尉に微笑み返しサキは

「ここに来る前私の墓に参ってくれてありがとう。いつもいつも内地に帰るたびに…本当にうれしい。旦那様も、お父様お母さまもいつも来て下さるの。とっても嬉しい」

と言って胸元に刺した花を示した。それは先ごろ内地で墓参の際、中尉がそなえた花であった。

よかったな、と江古田中尉は言って思わずサキを赤んぼごと抱きしめた。サキの体も温かい。

江古田中尉は「サキ…苦しかったろうな。辛かっただろうに…。早く気が付いてやればよかったのに、本当にごめん」というと泣き始めた。サキは抱きしめられながら

「ううん…あれは仕方がなかったの。誰のせいでもないのよ。仕方のないことよ」

と言って「泣かないで、江古田中尉」と励ました。そして

「私はとっても幸せだった。海軍経理学校であなたと一緒に学んで、あなたと一緒の艦に配属になって、毎日楽しかった。私いつまでもあなたのこと忘れない。あなたのこと、ずっと守っているから。どこへ行ってもいつになっても守ってあげる。でね、江古田中尉…いつか河合に行くことがあったら、旦那さまやお父様お母さまによろしく言ってくださいね、サキは本当に幸せだったと。そしてサキは、河合家を見守っています、と…」

というと

「そろそろ時間です。私行かなきゃ。またいつか会えるといいね」

と体を離し、赤ん坊を抱きなおして江古田中尉の前に立った。月明かりが一層明るくなって彼女を照らした。さよなら、またねとサキの唇が動き赤ん坊が笑って手を振る。

「サキ!」

江古田中尉が叫んだとき、サキと赤ん坊はさらに強い月の光に包まれて見えなくなった――

 

はっと気が付くと江古田中尉は自室のベッドの中にいた。時計はそろそろ〇五〇〇になるころである。

夢だったのか、と江古田中尉はつぶやいてベッドから起き上がった。

と、足元に何かが落ちそれを拾い上げた江古田中尉の顔が引き締まった。

彼女が拾い上げたもの、それは江古田中尉がサキの墓前に供え、昨晩サキの胸に差してあった、あの花であったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・

赤ん坊の声が!というとなんだか安っぽい怪談のようですが、実は江古田中尉の亡き友が子供を連れて会いに来ていたのでした。

切ない話となりました。

江古田中尉と河合中尉のお話はこちらからどうぞ。

haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-676.html 友よこの手を握ってくれ1
haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-677.html 友よこの手を握ってくれ2



ショートストーリー 〈益川クンの嫁探し〉

呉海軍工廠の期待の星の山中大佐・繁木少佐が南方に行ってからおよそひと月が過ぎようとしているそんな中、呉に残った中の一人益川中佐はため息をつくことが多くなった。同僚たちが心配して「益川さんどうしたんだろう、具合が悪いのだろうか」とささやきあい、鈴木中佐が代表して彼にそっと聞くことにした。

昼食後の休憩時間に、ぼんやりとして研究棟の屋上でタバコを吸っている益川中佐に近づいて行った鈴木中佐は

「どうしました益川さん、最近元気ないねえ」

といきなり言った。益川中佐はその視線を鈴木中佐に向けると「いいですねえ、山中大佐と繁木少佐。素敵な奥様がいるのに南方の空母で女性将兵に囲まれて。そういうのなんて言うんでしたっけ…えと…ああそうだ、ハーレムとかいうんですよね」と言ったので鈴木中佐は驚いた。驚いたまま

「何言ってんです?あのお二人は女遊びするために南方まで行ったんじゃないんですよ?〈松岡式防御装置〉の実戦配備のために行ったんですから。どうしたんです益川さん、そんなこと言うなんて変でしょうが」

というと益川中佐は深いため息をついて

「いやね、当初私が南方に行くはずだったんです。で、そしたらもしかしたら女性の将兵と出会いがあるかもしれないって思っていたんです。山中大佐もそうなるといいねと言ってくださいました。でも結果はあの通りで…私はがっかりです。ああ、私はいつまで独身をかこってなきゃいけないんでしょうね」

と最後は半泣き状態になってしまった。

そうでしたか、と鈴木中佐は言って

「それなら益川さん。呉停泊中の艦艇が今も何隻もいますからその中からお探しになればよい!呉の街に行けばそれらの艦艇の将兵嬢がたくさんいますよ。その中から気に入った人を見つけなさればいいですよ」

とアドバイス。すると益川中尉の顔が歓喜に輝き

「そうか!その手があったね鈴木さんありがとう。今呉にいるのは〈日向〉に〈長門〉、それからあと何が居たっけな?まあいい、私は今日から町に行って私のマドンナを探してきます!ありがとう、鈴木中佐」

というと鈴木中佐の両手を握って何度も振り、そして踊るような足取りで去っていった。

ポカーンとしてそれを見送る鈴木中佐…

 

さあその日から仕事がひけると益川中佐は呉の街中をウキウキして歩いた。そちこちに〈日向〉〈長門〉やその他の艦艇の乗組員嬢たちがいて目移りがする。

(あの子もいいなあ。あ、まてよあの子も素敵だなあ…家庭を持ったら尽くしてくれそうだな。お、あの子も有望だ)

などと思いながら歩く。

そして将兵嬢たちからは「あ、男性の海軍士官だ。海軍工廠の技術士官かあ、そんな人と結婚したらいいだろうなあ」というささやきが聞こえ益川中佐は気分が良い。だが、それをささやく将兵嬢たちは正直、益川中佐の趣味とはやや違う。

少しだけがっかりしながらも(縁がなかったということで。まあもしかしたら、ってこともあるかもだけど私も選びたいからね。出来たら山中大佐の奥様のような人がいいな、あの方は天女だ。ああ言う人が私は好きだね)と思いつつさらに歩く。

益川中佐は歩いて疲れたし、このまま家に帰っても独り者故夕飯もないので「ここで食ってゆこう」と一軒の食堂に入った。まだ宵の口なのでそれほど混雑してはいない。

案内された席に座るとすぐ「どうぞ」とお茶が出され、益川中佐はありがとう、と言ってから品書きを見て「定食を願います」と言って、そっと店の中を見廻した。

下士官嬢たちのグループが数組いる。益川中佐はそれとなく彼女たちを観察してみた。

下士官であろうと、兵学校出身の士官であろうが構わない。自分が気に入って相手も自分を気に入ってくれればそんなことは全く関係ない。

だが、(ちょっと私の趣味とは違うなあ、残念だ)と思い肩を落とす益川中佐。やがて運ばれてきた定食に「いただきます」と手を合わせ、箸をつける。

旨いなあ、こんな食事を作ってくれる人が早くできたらいいのになあ。

そんな風に思いつつ箸を口に運んでいると食堂の扉ががらりと開いて数名の海軍士官嬢たちが入ってきた。どうやら特務士官嬢たちのようで若いが洗練された身のこなしに益川中佐は目を瞠った。

その特務士官嬢たちは益川中佐の席の横の座席に案内されて、刺身定食や丼物を注文した。

さりげなく観察している益川中佐に全く気を払わないところも、中佐の気に入った。

時に、男性海軍士官を意識しすぎてふるまう将兵嬢がいてそういうのは益川中佐の気に入るタイプではない。

だが目の前に、いや、横にいる特務士官嬢たちはあくまで冷静、いや、こちらを意識していないというのが気に入った。

そこで益川中佐は全身の神経を彼女たちに集中して、観察に没頭した。

彼女らの会話はおもに最近の帝国海軍の戦況や艦内のあれこれで、彼女たちが分隊士クラスなのが分かった。

(さすが、特務士官は艦の中心的存在だと聞いたがその通りだな。嫁さんにするなら特務士官嬢がいいかな)

益川中佐の心は躍った。胸の鼓動が高鳴るのを覚えていた、彼女たちの中の一人はもろ、中佐のタイプであったから。

(この後さりげなく話しかけよう)

そう決意して益川中佐は茶を一口飲んだ。

その時。

思いもよらない会話が耳に飛び込んできて、中佐はびっくりして彼女たちを見つめることになった。

彼女たちは言ったのだ。

「さあーてと!腹もくちくなったし、朝日町に繰り出すぞ!」

「今度は男を腹いっぱい!」

益川中佐はびっくりして彼女たちを見た、「今度は男を腹いっぱい」と言った士官こそ、中佐が声をかけようかと思っていた士官嬢であった。

士官嬢たちは勘定を済ますと、我先にと朝日町目指して走っていった。

食堂に一人取り残された益川中佐、泣きそうな顔になって

「そんな…そんなあ。なんで私はこうも女性に縁がないんだろう?私はもしかして一生、結婚できないのだろうか?そんなの、そんなの嫌だあ」

というなりテーブルにうち付して泣き始めてしまったのだった。

 

益川中佐の嫁さん探しは、難航必至である――

 

            ・・・・・・・・・・・・

ショートストーリー第二弾でございます。

山中大佐・繁木少佐の同僚の益川中佐はまだ独身。早くお嫁さんがほしいのです。それで南方行きを希望していたのにおじゃんになり…鈴木中佐の助言で呉の街に繰り出したのですが残念なことに。

でも負けるな益川中佐、きっといいご縁があるから!





ショートストーリー 〈南方里見八犬伝〉

女だらけの帝国海軍航空隊、太平洋最東端の基地には泣く子も黙る一隊がいる――

 

その航空隊は零戦部隊で基地司令の八房(

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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