女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

益川中佐、感激する。

内地に帰ってひと月半が過ぎた山中夫妻は、ある土曜日の夕方、大佐の部下の益川中佐を家に招いたーー

 

内地に帰ってすぐの集まりの際、益川中佐は山中夫妻を車に乗せるため酒を一滴も飲めずにいたのを「お気の毒でしたわ、益川中佐。今度我が家にお招きしてあの時の埋め合わせをいたしましょうよ」と次子中佐が山中新矢大佐に言って、その日が決定したのだった。

新矢は、そうした妻の優しさに(なんて気配りのできる人なんだろう、私は次ちゃんを妻にして本当に良かった)とうれしく思いまた、誇りにも思うのであった。

その日は朝から次子がいそいそと支度をし、新矢は「無理をしないように…。嫂さんに手伝ってもらおうか?」と言ったのだが次子は嬉しそうにほほ笑みながら

「今日は私一人にさせてくださいな。せっかく大事なお客様がいらっしゃるんですから、私の料理でおもてなししたいんです。と言っても私それほど料理が上手でないから心配ではありますけど」

と言った。姉様かぶりの姿が深夜にはまぶしく、思わずそばに寄って抱きしめると

「ありがとう次ちゃん。きっと益川君も喜ぶよ、次ちゃんの料理はとても上手だからね。益川君また『結婚したい』が始まるよ」

と言って二人は額をくっつけあって笑った。

と、次子は「あ…」と言って新矢の顔を見上げた。どうしたの?と心配そうな顔の新矢に次子はウフフと笑い、新矢の片手を自分の、妊娠6か月のお腹にそっと当てた。

「あ!赤ちゃんが」

動いた、動いたよと新矢はやや興奮して言い、次子はうなずいて微笑んだ。このところだいぶ胎動がはっきりわかるようになってきていた。が、新矢が工廠に出かけてから動きを感じることが多く次子は(お父さんのいらっしゃるときにもっと動いてちょうだい)と思っていたのだった。

「元気に生まれておいで、みんな待ってるからね」

新矢はそういってまた優しく次子のお腹を撫でた。その手のひらに子供たちの動きが伝わり新矢は「ああ、なんてうれしいんだ」というと次子をしっかり抱きしめた。

 

その日も日が傾いたころ、坂をハアハア言いながら登ってくる一人の男性、それこそが益川技術中佐である。

彼は憧れの山中次子中佐の招きとあって勤務が半ドンで終わったあと普段よりずっとお洒落をして風呂にも念入りに入って、一種軍装も新しいものを用意しさらに、ブラシまでかけてきたのだった。(失礼があってはいけない、あの人は天女のような人だ…天女に失礼をしたらまさに天罰ものだ)

そんな風に思いながら益川中佐は坂を上り、「山中」の表札のついた門の前に立ちエヘンと咳払いをして門をくぐると玄関の前に立ち、そっとノックしようとした。すると扉が向こうからそっと開いて灯りがまぶしい。中から山中大佐と次子中佐がほほ笑みながら顔を出した。

「ようこそ益川中佐」

「ようこそいらっしゃいました益川中佐、さあどうぞおあがりくださいませ」

二人は口々に言って、次子は緊張で固くなって玄関前に立ち尽くしてしまった益川中佐の片手をやさしくとって「さあ…」と中へといざなった。益川中佐はいよいよ緊張して、まるで操り人形のようにぎこちなく歩きながら家の中へと入る。それを見てコッソリと笑う山中大佐――

 

益川中佐は広間に案内された、「ここが一番落ち着きますので」と次子は言って、上座に案内されそこの座布団の上に落ち着いた。

大佐が下座に座ると益川中佐は座布団から降りて「本日はお招きありがとうございます。お忙しい時、またお休みの日にお邪魔して申し訳ございません」とあいさつした。

大佐の横に座った次子が畳に手をついて頭を下げ、大佐は満足そうにうなずいて

「よく来てくれました…。今夜はゆっくりくつろいでください。実はね、今日のことは次子が考えてね…内地に帰ってきた時みんなで料亭に招待してくれた時益川君、運転があるからと好きな酒も飲めなかっただろう?それを次子は気にしていてね…。今日はだれにも遠慮することない、たくさん飲んで食べてほしい!」

と言って益川中佐は大感激した。中佐は感涙を禁じ得ず、瞳を濡らして「…山中中佐」と言ったのへ次子は

「中佐、はやめてください…次子と呼んでください」

と恥ずかしげに言い、益川中佐は「御名前をそのままお呼びしては失礼になります…では奥様とお呼びいたします」と言った。夫妻は微笑んでうなずき、次子は立って料理を運び始める。次々に座卓に並ぶ料理に益川中佐は驚き

「どうか奥様、お座りになってください。これ以上お構いなく願います」

と言った。次子は微笑みながら「さあどうぞ召し上がってくださいませ。お口に合うかどうか…」と言い大きな皿に盛った煮物を卓に置く。

またまた感激の益川中佐である――

 

三人は語り合い食べつくし、男性二人は酒を酌み交わしあう。次子はそれを嬉しそうに見ながら、益川の杯と夫の新矢の杯に酒を注いでゆく。そのタイミングが絶妙で、益川中佐はつい、過ごした。顔を真っ赤にしながら益川は

「いやあ、これ以上飲むと腰抜けちゃいますよ…帰れなくなると困りますから」

と言ったが新矢が笑って「そんなら泊まってゆけばいい。部屋はたくさんあるからね、まあゆっくり飲みなさい」と言った。そばで次子がほほ笑みながら

「そうですよ。ぜひ今夜はゆっくりなさってくださいませね」

という。益川中佐は天にも昇る気持ちになった。

 

その晩も遅くなった。

益川中佐は、だんだん愚痴っぽくなってきた。しかし大佐も次子も真剣に耳を傾ける。

益川は

「どうせ私なんか、結婚できないで終わるんですよ。そうなんだ絶対…。わたしだって幸せになりたいのに。大佐、奥様。私の母はおととし亡くなりましたがその死に際して『トシの嫁さんが一目見たかった』って言って死んだんだそうです。私は死に目に会えませんでしたが、嫂からそれを聞いてもう情けなくて情けなくて…。嫂も心配して見合いの話を持ってきてはくれるんですがなかなかその気になれなくって。――いや過去に一度見合いをしたんですがこっぴどく振られましたんで、もうする気もないんです…でも、ああ私も結婚したい、奥様のような天女を妻にしたい~~!」

と最後は泣いた。

その彼を気の毒そうに見つめていた大佐は

「泣くな益川君!縁には時期というものがある。待てば海路の日和あり、というだろう?待つんだ益川君、そうすればそのうち次子のような妻を娶れる日も来る!」

そういって彼の背中を叩いて励ました。次子は自分を「天女」と言われて恥ずかしかったがうなずいた。益川中佐の焦りとか悲しみが伝わってきてどうにか、なんとかして力づけたかった。

そこで益川中佐の瞳を見つめ

「益川中佐。夫もこう申しております、きっといいご縁がありましょうからお力落としないように…。私どもでもよい人が居ましたらご紹介いたしますから」

と優しく慰めた。

すると、益川中佐の顔が歪んでまた泣き出した。奥様―、と叫んで次子の両手をつかんで泣いた。

「奥様はなんてお優しいんでしょう、やはり天女です。ああ、私も奥様のような人を娶りたい…いや、絶対娶りますーっ」

そういって泣き、新矢大佐はなんだか可笑しくなってしまって下を向いてそっと笑った。しかし次子は

「大丈夫ですよ、大丈夫」

と言ってしっかり彼を励ますのであった。

 

その晩はついに、益川中佐は腰が抜けてしまい山中家に泊まったのであった。

翌朝バツの悪そうな顔で起きてきた中佐に次子は笑顔で「おはようございます、よく眠れましたか?」と言って茶を差し出した。益川中佐はありがとうございます、と言って茶を受け取ってから

「最近ないほどよく眠りました…奥様にはご迷惑をおかけして申し訳なく思います。身重でいらっしゃるのに、お疲れではないかと心配です…昨晩はたくさんおいしいものをいただいてありがとうございました」

と謝りかつ、礼を言った。次子は微笑みながら

「そんな、このくらいなんてことありませんわ。喜んでいただけて良かったです。また、どうぞいらしてくださいませね」

と言い、そこに大佐がやってきて

「おお、益川君目が覚めたかね?よく寝られたみたいだね、顔色もいいぞ。朝飯の前に風呂に入ってきたらどうかね」

と言った。次子も勧めるので益川は風呂に入り、そのあと朝食をとった。深酒の後なので粥を中心としたあっさりめの献立がうれしかった。(やはり私は奥様のような人を貰いたい)

益川中佐はおいしい粥をいただきながら彼は思った。

 

日曜日、午前中のうちに山中家を益川中佐は辞した。

上天気の空の下、益川中佐は丘の上の山中家を振り仰ぎ(ありがとうございます。こんな私をこれほどまで歓待してくださって。このご恩はいつか必ずお返しします。そしていつか、奥様のような天女を娶ります。それまでこの益川、がんばります!)と誓ったのだった。

呉湾に幾隻かの海軍艦艇が浮かび、まるで彼の決意を応援するかのように見える日のことであったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶり山中夫妻と益川中佐のお話でした。

山中夫妻のもてなしに益川中佐は大喜び。つい「結婚したい」本音が出て泣いてしまいました。

大丈夫きっと益川中佐もいいご縁をつかむ日が来ますから!!

衣桁にかけた白無垢
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サクラサク! 続きの話。

大輪の桜の咲いた吉報は、南方トレーラー環礁の『大和』にももたらされたーー

 

ある日の午後、医務科の兵曹が手紙の束を抱えてやってきた。畑軍医大尉がそれを見て「おお、今回もまたたくさんの内地からの便りだねえ。いいねえ故郷の便りって。封を開けたりはがきを見ると懐かしい家のにおいがしてくるじゃないか、ねえ~」と言ってほほ笑み、兵曹も「はい。うちの場合は母の漬物のにおいがします」と言って笑った。畑軍医大尉はいいねえいいねえ、と言いながら入室(入院と同義)中の患者のための点滴を用意する。

そして兵曹は日野原軍医長を薬品棚の前に見つけると「軍医長、お手紙です」と言って一通の分厚い封筒を手渡した。

「おおありがとう。さてさて今回はだれから」だろう、と言いかけた軍医長の声がはたと止まった。兵曹は不思議そうな顔で軍医長を見た、軍医長は我に返って「実家からだよ。何かあったのかな」とやや不安げな表情になったがその場で封を切った。

便箋を開いて読んでいた軍医長の顔が晴れ晴れとしたものになり、そばで心配げに見守っていた兵曹に

「覚えてるかなあなた、ここトレーラーから内地に行った女の子、桐乃のこと」

と言った、兵曹はすぐ「覚えております。確か、あのあと軍医長のご養女になられたとうかがいましたが」と答えると軍医長はさらにうれしそうにうなずいて

「そう、あの桐乃がね」

と言ったところで急に声が止まり涙が流れだし、兵曹はびっくりして「なにがあったのですか、軍医長!」と切羽詰まったような声を出し、それを聞きつけて医務室にいた畑軍医大尉他数名が寄ってきた。

畑大尉が、「どうなさいました軍医長」と言ってその背中にそっと手を当てた。ほかの衛生兵嬢たちも心配そうに見つめている。

やっと軍医長は涙をふき、「いやいやごめんね」というと一息大きく呼吸すると微笑み

「桐乃が、桐乃がね。帝都医大に合格したんだよ」

と言って皆はわあっと歓声を上げた。畑大尉が

「帝都医大というと医大の中でも難関中の難関ではないですか。すばらしいですねえ桐乃さん、さすが軍医長が見いだされただけの逸材だ、きっとこの先素晴らしい医師になられるでしょう。わたしなんぞ足元にも及ばないような」

と言ってこれもうれしそうに笑った。

衛生兵嬢たちも「おめでとうございます軍医長!」「桐乃さん、一所けん命頑張るお人じゃったけえ本当にえかったですね」などと言って祝福した。

軍医長はそれに一つ一つうなずいて「ありがとう、ありがとう。今度内地に帰ったら桐乃に逢って伝えておくからね」と言った。

 

日野原軍医長は晴れやかな心で最上甲板に出た。常夏のトレーラーの日差しは暑いが今日の軍医長には心地よく感じる。

内地は桜が盛りなのだろう、その中で入学式を迎える桐乃の姿を軍医長は思い浮かべた。艦上を、海を渡ってきた涼風が通り過ぎ軍医長の白衣の裾を翻した。軍医長の胸には、初めて桐乃に出会った日からこちらが鮮明に思い出されていた。(彼女が今あるのは、診療所の横井さんあってのものだ。横井さんの人を見る目は素晴らしい、そうだ彼女にも教えてあげねば)

そう思う軍医長に背後から声がかかった、振り向けばそこには山中副長がハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトを従えて立っていた。

「軍医長。お話伺いましたよ。桐乃さん良かったですね、おめでとうございます。私も彼女は気になっていたのでほっとしました」

と副長は言って軍医長の右横に並んで海を見つめた。軍医長の左横にはマツコたちが並び、

「聞いた?軍医長さんの娘さんイダイとかいう大変なところに入ったんですってよ」

「イダイ…それはきっと偉大な人が入れるところね。だとしたら僕たちは無理ねえ」

「ギャマト…」

と話している。軍医長が笑いながら

「イダイというのはね、医者になるための学校だよ。桐乃は医者になるんだよ」

と言ってマツコの通称・アホ毛を指先でそっと撫でた。

「御医者様…!」

マツコたちはさらに驚いて互いに顔を見合わせた。そして「やっぱり軍医長さんの娘さんだもん、頭がいいはずよね」とうなずきあう。

山中副長は

「最初逢った時、この子が内地に置くのかと思うと心配でしたが杞憂でしたね。軍医長のご家族様の愛情あってこそです。きっと彼女いい医師になりますよ」

と言って、膝のあたりをさすった。

日野原軍医長はありがとう、と言ってから

「副長最近膝をさすりますね?痛いのですか」

と尋ねると副長は

「いいえ、痛いのではないんです。内地を出るちょっと前、体調が良くなくなってからこの辺りが寒いというのか…ぞくりとするときがあるのです」

と答え、軍医長は何か思い当たったような顔になったが「そうでしたか、血行が良くないのかもしれませんね。よくそのあたりをさすっておいてください。悪いものではないと思いますから。そのうち一度診せていただくようになるかもしれませんよ」と何か含みのある言い方をした。

副長はそれに気が付かないで「ありがとうございます。その時はよろしく願います」というと「あ、主計科に行く時間ですので失礼します」というと去ろうとした、その副長に軍医長は

「副長。いつぞや桐乃にハンカチをいただきましたよね」

と言って副長は少し考えて「あ、あの時の汕頭のですか」と言った、軍医長は深くうなずいて

「桐乃は大変喜んでいました、あんな綺麗なハンカチを持ったことがないと。あの子たちのハンカチは古いタオルを四角に切ったものでしたから。副長ありがとうございました」

と言って敬礼し、副長も

「喜んでいただけて良かったです。そうだ今度は合格祝い・入学祝をお送りしたいですね。何が良いか考えましょう」

と言って礼をして歩き去っていった。

軍医長はマツコたちにそっと「副長。もしかしたらもしかするかもしれないよ」というとフフフと笑いながら艦首のほうへと歩いて行った。

マツコがその金色の瞳を青い空に向けて考え込んでいたが「…そうか、そうなのね。あんたたちもしかしたら桐乃さんに続いておめでたごとがあるかもよ」とトメキチニャマトに言い、トメキチニャマトは

「ねえなんのこと?マツコサン教えて」「ニャマト、ニャマート」

とマツコにまとわりついた。

しかしマツコは笑いながら「今は教えない」というだけ。

 

そんな動物たちの小さな騒ぎを後ろに聞きながら日野原軍医長は遠い内地の桐乃に心をはせていた。

(桐乃、しっかり勉強してよい医師になりなさい。あなたなら絶対できる。そしていつか、…昭吾と一緒に聖蘆花病院をもっと大きく世界の病院にしてほしい。そうすることがもしかしたら桐乃、あなたに与えられた使命かもしれない。そして病気に悩むこのトレーラーの人々にも大きな恩恵となる日が来るだろう。その時まで頑張れ桐乃)

軍医長は吹き付けてきた海風にその思いを託すかのように大きく背伸びをすると深呼吸をした。

海風は軍医長をやさしく取り巻き、そして吹き去っていった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・

前回のお話の続きでした。時系列が少しずれていますので山中副長の登場に驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんね。この話は副長のおめでた発覚少し前のことです。

日野原軍医長の気がかりだった桐乃の受験もうまくいって、肩の荷が下りた軍医長でした。

 

「祝典行進曲」今上陛下のご成婚の際に作曲された行進曲です。作曲・團伊久磨氏。


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サクラサク!

桜咲く…それは喜び

桜咲く…それは新しい第一歩へのささやきー

 

あの夜桜見物から一週間後、日野原桐乃は医大を受験した。

受験先は日野原昭雄とその子息昭吾の出身大学の帝都医大である。桐乃は「そんな難しいところ、私自身がありません」と言ったが昭雄も昭吾も「当たって砕けろの精神でやってごらん。桐乃ちゃんならきっとできる」と言って励まし、桐乃はそれこそ清水の舞台から飛び降りるような気持で願書を提出したのだった。

願書提出から数日ののち、土曜日の昼下がり聖蘆花病院に昭雄を訪ねてきた男性が一人。

院長の日野原昭雄は一階受付からの「院長先生にお客さまです」の内線電話を受け、その日の診察を終えていたので降りて行った。

そこにいたのは大学時代の同級生であり何十年来の友人の三宅で、今帝都医大の教授である。昭雄は

「おお、三宅かあ、久しぶりだなあ」

と大きな声を以て友人を抱きかかえるようにして迎えた。三宅も「相変わらず、日野原は若いなあ!」と笑いながら友の手を握った。

「今日はもう外来診察は終わったから住まいのほうへ上がってくれないか」

昭雄はそういって友人を自宅へと案内した。

自宅へ上がると昭雄は手ずから茶と菓子を出して友人をもてなした。ソファに腰かけた三宅は

「奥さんはお元気かい?今は外地かな」

と言って昭雄の妻の日野原重子大佐のことを言った。昭雄はうなずいて

「ああ、元気でやってるよ。今は南方にいる…軍艦勤務だから大変は大変らしいがね」

と言って菓子を勧めた。「いただきます」と菓子をつまんだ三宅、ふと昭雄の顔を見つめて

「そうだ、君んところに娘さんがいたとはね!願書が来てたぞ、医学部受験の。いやはや日野原一家は優秀だなあ」

と言って笑んだ。昭雄は

「娘…娘ではあるが実のではないんだ」

といい説明をしようとしたとき玄関のドアが開き、桐乃が「遅くなってごめんなさい、今お昼を用意いたします」と入ってきた。その後ろには千代医師がいるようだ。二人は何やら楽しげに笑いさざめきながら入ってきたが居間に昭雄とお客がいるのに気が付いて姿勢を正すと挨拶をし、桐乃は初めて会う人なのできちんと自己紹介をした。

三宅は立ち上がって桐乃と握手を交わして

「初めまして。私はこの日野原昭雄と帝都医大で同級だった三宅と言います。今日は突然お邪魔して申し訳ありません、どうか、お構いなく」

と言ってほほ笑み、その優しい微笑みに桐乃はほっとして人懐こい笑みを浮かべた。

そこで昭雄が今回帝都医大を受験するのが「彼女だよ、私の娘の日野原桐乃だよ」と言って三宅は「ほう、なかなか賢い目の色をしている」と感心した。

千代医師も交えて皆はソファに座りなおすと桐乃の受験について話をする。

三宅は、昭雄から桐乃のこれまでを聞いて「これは素晴らしい」とうなった。そして桐乃の素晴らしいよどみない日本語を聞き、手近の紙に文字を書かせてそれを見てさらに驚きを隠せなかった。

「日野原、この子は逸材だぞ。きっと受かる、きっと受かるぞ」

とやや興奮して言った。桐乃は恥ずかしげにうつむいて居る。

その桐乃を見つめながら三宅は

「しかし試験に臨んでほかの受験生より不都合があってはいけないな…大学に掛け合って特別枠を設けてもらったらどうだろう?例えば通訳を置くとか、辞書を携帯してよいとか」

と言ったがそれには桐乃がはっきりと

「三宅様。お心ありがとうございます、でも、桐乃はほかの皆さんと同じように試験を受けたいと思います。もし、試験の問題がわからない読めないとしたらそれは私の普段の勉強の不足です。私の責任です。ですからどうか、ほかの人たちと同じに受けさせてください…三宅様のありがたいお心は桐乃、しっかり受け止めました」

と言って三宅は一層感動した。桐乃の両手をしっかり握って

「あなたのお気持ち、この三宅よくわかりました…では当日は体調を整えてしっかり頑張ってください。私も応援しています、そして春四月、帝都医大の学生としてお会いしましょうね」

と言って二人は微笑みあった。桐乃は「はい、がんばります」と決意を瞳ににじませた。

 

そのあと遅れて自宅へ戻ってきた昭吾、三宅には学生時代教えを受けた仲であるので当時のことなど懐かしく話に花が咲く。

その間に桐乃と千代が食事を用意し、できたものから千代が食卓に運びながら「三宅先生、これはほとんどを桐乃さんが作りました」と言って三宅はまたもや驚いた。

「これは…日本人の家庭料理ではないですか!外国から来た少女がこれを作るとは…いや、参りました」

そういって三宅は驚きをあらわにした。そばで昭吾が満足そうな笑みを浮かべ、その笑みを見た三宅は(昭吾君、桐乃さんをもしかして?)と思うのだった。

 

たくさん話をし、笑いあったあと三宅は日野原家を辞するとき桐乃にもう一度

「まもなく試験日ですから、どうか健康に気を付けて。試験の時は落ち着いてやればあなたなら大丈夫ですからね。自信をもってあたってください」

と言って勇気付けた。桐乃は喜びを全身に表して「ありがとうございます三宅様。私全力で頑張ります」と決意を述べた。

昭雄が三宅を病院玄関まで送っていったが三宅はその時

「昭吾君は桐乃さんを好いているんだね」

と言った。昭雄はうれし気に微笑みながら「ああ。あの子がここに初めて来た時から通じ合うものがあったようでね。あの子の家はトレーラーでは裕福ではないがきちんとした家の子だから何も心配ない。いや、昭吾にはもったいない子だよ」といい三宅は

「うらやましいなあ、日野原。―ともあれ桐乃さんに落ち着いて試験を受けるように重ねて言っておいてくれよ」

と言って二人は別れたのだった。

 

そして試験当日は日曜日。

花冷えのする日であったが桐乃は元気よく「では行ってまいります。お父様、昭吾さん、桐乃は一所懸命全力で試験を受けてまいります」と言って試験場に出かけて行った。

却って昭吾のほうが緊張してしまい、腹具合が悪くなる始末である。昭雄が「昭吾は情けないなあ。桐乃ちゃんの度胸の半分でも分けてもらえ」と笑った。

桐乃は試験場につくと受験票を取り出し教室を確認し、席についた。周囲の受験生たち―男性が多かったーが外国人の桐乃に興味を持って見つめてきたが桐乃は息を整え、これから始まる試験に備えている。

そして始まった試験。桐乃は必死で問題文を読み、解いた。途中、試験官も驚くほど桐乃はよどみなく鉛筆を動かしていた。

そして面接試験では桐乃は大学の教授たちを前に物おじせず己の経歴や夢を語った。面接官の教授たちは試験後、「あれが聖蘆花病院の院長の養女という人か。すばらしい人材だな」とうなずきあいそれを伝え聞いた三宅は「そうだろう、そうなんだよ」と何度も繰り返してはうなずいていた。

 

そして。

聖蘆花病院受付に壱通の電報が届けられた。受付嬢が「桐乃さんあてです、電報です」と慌てて内科の内線電話で伝えてきて、ちょうど桐乃は患者に注射をしていたところだったので昭吾が代わりに受け取りに行った。

「電報だって?どれどれ」

と本文を見た昭吾は「やった」と大声を上げていた。周囲の患者たちが思わず昭吾を見た、昭吾は慌てて内科の外来に取って返すと患者の処置を終えてカルテを昭吾の診察デスクに戻していた桐乃の手に電報をつかませた。

「?」

ぽかんとしている桐乃に昭吾は「読んでご覧」と言って、桐乃はそっと電報を開いた。そこには―

 

サクラサク テヒトイダイゴウカク オメデタウ

 

次の瞬間桐乃は大粒の涙を流し、駆けつけた看護婦仲間や医師たちに祝福されたのだった。

 

桐乃は電報を握って喜びをかみしめた。トレーラーで料亭のアルバイトをしていた時出会った日野原軍医長と村上軍医長がもたらしてくれたこの幸せ。なんとしてもこの恩を返したい。そしてトレーラーの両親にも。それから日本に来てから何から何まで世話になりっぱなしの日野原昭雄、昭吾、そして千代。病院の仲間たちにも恩を返したい。

そのためには「私が頑張ってよい医師になって聖蘆花病院をもっともっと盛り立ててゆくことが」大事なのだと桐乃は悟った。

そしてそれが昭吾の愛に報いる道であることも。

 

日野原桐乃の医師への道は、今始まったばかり

             ・・・・・・・・・・・・・・・

 

日野原桐乃さん、医大合格しました。これからがまた大変ではありますがきっと彼女ならできる!

夢をあきらめなかった結果が出ました。誰しも、いくつになっても夢はありますよね、決してあきらめないで夢を追いましょう。私も、追います!

 

岡村孝子さん「夢をあきらめないで」



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熊本地震・あの人は無事だろうか

熊本県を震源とする大きな地震から24時間が経ちました。
夜間に発生の地震ということで被害状況がよくわからなかったようですが日が昇り被害がだんだんわかってきてその大きさに息をのむ私です。

どんな思いで皆さん過ごしているのでしょう…一日も早く、余震が収まって街の復興ができるように祈るばかりです。

そして私は一人の人を想う。
三月の末に、大きなおなかを抱えて私に「6月に出産です」と語ってくれたあのひと。6月なら私もよ、と言った私に嬉しそうにほほ笑んで
「里帰り出産なので4月になったら帰ります」
と言った彼女。里帰り、どこに?
「熊本です、市内」
「そう、熊本!いいところですね。おだいじに」

その熊本で彼女は昨日の震災に遭って怖い目に遭ったのでしょうか。

どうか元気でいてほしいのです。
彼女もおなかの赤ちゃんも。

地震なんぞに、負けないで!
元気な赤ちゃんを産んでください!!
そしていつか、逢いに来てほしい…そう思っています。


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七十一年目の四月七日、そして桜。

この日がまたやってきた…

戦艦大和をはじめとする第二艦隊の戦没の日である。今までずいぶんと語ってきたが、相変わらず『大和』単艦で沖縄に出撃して行ったと思われるような表現のものも見かけられそれは全く残念の極みである。

私はあの「第二艦隊」の中で一番気になるのは前にも書いたが出撃途上で機関故障で落伍して、その後米軍艦載機の猛攻を受け、人知れず、味方のだれにもみとられることなく沈んでいった『朝霜』のことである。彼らがなめた辛酸、その死闘をいったい誰が伝えたらよいのか。

『朝霜』の名前さえ出てこない昨今にあっては『朝霜』の英霊たちも浮かばれまい。ゆえに私は『大和』もだが『朝霜』を決して忘れない。

 

桜が今年もきれいに咲きそろい、満開を迎えそしてそろそろ散り始めている。

桜は咲き始めからその最後まで折々の美しさを見せてくれる。つぼみのあのふっくりとしたかわいらしさ、ほころび始めの愛らしさ、そして花の開き始めの初々しさ。やがて満開の爛漫の美しさ、そして散りゆく潔い美しさ。

うちの裏にも桜の木があるが毎年目を楽しませてくれる。そして見るたび「日本人に生まれてよかった」と思うのである。桜のこの、美しさを理解できるDNAを持っているということに大変な喜びと誇りを感じるのである。

 

さてそんな桜の枝を今年も家人が何本か切って持ってきた。

私はある程度大ぶりの枝を切ることに何か―嫌悪感にも似た感情を持っていることに今年気が付いた。

それは、桜花爛漫の枝を持っている人の姿が、かつて同じように桜の枝をもって微笑みながら特攻に出て行った若者の姿を連想するからだと気が付いた。

戦局悪化した昭和二〇年の春に特攻隊員として出撃して行った彼ら(航空特攻、水中特攻他)は桜の咲いた枝を嬉しそうに持って機上の人となり、出撃して行ったまま帰らなかった。

その姿に重なるのである。

 

手折られた桜は「再生しない」。

その「再生(・・)しない(・・・)」桜の枝を託されて出撃してゆく特攻隊員たちは、その桜の枝に己を重ね「その(・・)こと(・・)」への覚悟と決意を固めた。手折られた桜の枝はその象徴であったのだ。

 

『大和』ほかが撃沈され、救助された将兵たちが乗った駆逐艦が佐世保に入ったときどこからか飛来した桜の花びらが艦を包むように舞った。救助されてのち絶命した将兵たち、あるいは艦上で戦闘時に亡くなった将兵たちの遺体が寝かされていた。その遺体に、まるでいたわるがごとく降りかかる花びらを、痛々しく見つめる戦友たち…。

彼らにとって、その花びらこそが「再生しない」ことへの象徴だったのだろうか…。

 

しかし彼らを忘れ去ることはできない。人はその死後、思い出されることで永遠の命を得るのだと私は思う。ならば私は桜を見るたび、彼らを思い出そう。

それで彼らが永遠の命を得ることができるのならば、私は毎年桜を見ては彼らを思い出そう。

 

私の脳裏には、桜の咲く九州の岸を右手に見ながらひたすら突き進む「第二艦隊」の姿が見えている。私の中の「第二艦隊」は沖縄に向けて死出の旅に出るのではなく、永遠の命を得るための航海に出ているのである。

 

桜(はな)と散る さだめに逝きし兵(つわもの)を

やよ忘るるな 日ノ本の民 (見張り員拙作)

 

桜はやはり、切らないでそのまま見ていたい。

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