吉報、そして男性士官たち 2

その男性士官は、梨賀艦長と佐藤副長におずおずと言ったーー

 

「この艦に、長妻昭子一等兵曹はおりますか?」

へ、長妻兵曹?と梨賀艦長は思わず変な顔をしてしまったので慌ててしかつめらしい顔になるともう一度

「長妻昭子一等兵曹ですか、…確かに彼女はこの大和に居りますが…その、あなたはどうして彼女をご存じなのでしょう」

と尋ねた。佐藤副長も興味を覚えたのか男性士官の顔を見つめている。

すると男性士官がほほをぱっと赤く染めるなり

「梨賀艦長、ご存じなかったのですね。長妻昭子一等兵曹は私の許嫁です」

と言い、梨賀艦長は「ああ!あなたが」と大きな声を上げていた。そういえば機銃分隊の分隊長にそんな話を聞いたことがあったのを思い出していた。

佐藤副長が

「それならお会いしたいでしょう…艦長、長妻兵曹と会わせてあげたらいかがでしょう」

というと梨賀艦長はうなずいたものの

「しかし、ほかの将兵の手前あまり堂々とというのもどうかと思う」

とやや苦衷のにじんだ声音で言った。許嫁同士を合わせてやりたい、しかし多くの将兵嬢たちがそれをどう思うか。それを考えると手放しで喜んでやるわけにもいかないのである。

すると男性士官――毛塚技術少尉――は大きくうなずいて

「その辺のことはよくわかります。多分彼女もそう思っていることでしょう、ただ、私がここに来た、大和に乗っているということだけ伝えてくだされば結構です。広い艦内ですがそのうち会えることができるでしょう。互いに帝国海軍軍人ですからその辺はよくわかっております。艦内では互いに節操をもって接することを御誓い申し上げます」

と言った。その潔さに梨賀艦長は大きくうなずき

「わかりました。では機銃分隊の分隊長に、長妻兵曹にあなたの乗艦を伝えさせます。―そのうち上陸日を合わせて水島の街なかでお会いになればよいですよ」

と言った。毛塚少尉は頬をほんのり赤く染めてうなずき

「ありがとうございます、梨賀艦長」

と言った。

 

さてそんな少尉の居る反面、益川中佐はどこか浮かないような顔つきでいる。

(私はここで天女を見つけられるのだろうか)

そんな思いがどうも心を支配して今一つ仕事に熱が入らない。しかしそんなことではいけない、そもそも嫁探しのためにトレーラーくんだりまで来たのではない。

益川中佐は、案内の佐奈田航海長とともに甲板を歩きながらあちこちを見て歩く。機銃座、砲塔…そのどこを重点的に「松岡式防御兵器」を設置すべきか、益川中佐は悩みながら見て歩く。

佐奈田航海長が

「なんといっても<大和>は巨大ですから装備を備えるにも大ごとですね。お察しします」

と、益川中佐のやや、思い悩んだような顔を見て言った。ありがとうございます、と言って益川中佐は佐奈田航海長を見つめた。見つめられて佐奈田航海長は面はゆげな表情になり、その顔を見た益川中佐は(もしかして彼女が私の天女ではないだろうか?)と期待感を持ってしまったのも事実。

が、その期待も夜になって佐奈田航海長が黒多砲術長と交わしていた会話、

「航海長、明日は上陸ですね?またあの見世に行くんですか~」

「もちろん行くに決まってるわよ、もうずいぶんご無沙汰してるからもうたまらんたまらん~」

「いいですねえ馴染みがいる人は。私もそういう馴染みがほしいですよ。それにしても航海長、いつからその人と馴染みなんです?」

――という会話を聞いてしまって打ち破られてしまったのだった。

(だめだ…士官は遊び慣れているのか遊郭になじみがいるんだな…。まてよ、しかし山中大佐の奥様にはそんな話は聞かない、聞いていない。うーん…ということは人それぞれなんだろうか。ああもう難しい世界だ)

益川中佐は私室に当てられた士官室の前で考え込んでいた。そこに

「益川中佐、」

と声がかけられ、見ると白衣をひっかけた日野原軍医長が首から掛けた聴診器を揺らして歩いてきて、益川中佐は敬礼した。日野原軍医長は大佐である。

軍医長は返礼してから

「益川中佐は山中大佐と同じ職場と伺いました。もう御聞きでしょうか…山中中佐のご出産の報を?」

というと益川中佐の顔色が歓喜に輝き

「なんと!ご出産されたのですね、それであのあの、どちらがお生まれになったのでしょうか?」

と急き込んで尋ね、日野原軍医長の白衣の襟を掴まんばかりになった。軍医長はそれでも穏やかにほほ笑んで

「女の子さんお二人ですよ。この報せは海軍省、そして陛下にも伝わったそうです。陛下からは将来の海軍軍人の誕生を寿がれ、お言葉を賜った上にベビー服などを賜ったと聞いています」

と教えた。ああ、なんて素晴らしいと益川中佐は涙を流さんばかりに感激し天を仰いでうれし涙で瞳を濡らす。そして

「山中中佐のお子さんですからきっと大きくなられたらお綺麗になることでしょう、ああなんて素晴らしい、天女が三人になる…」

と言った。

軍医長は(益川中佐は、山中副長に非常にあこがれているのだな)と確信した。確かに山中次子中佐は男性ならずともあこがれる人格の持ち主である。いろいろな人にあこがれられて

(人徳ですよ、山中さん)

と心の中で彼女に呼びかける日野原軍医長である。

 

と。

どこかで「ギャーッ!!」と将兵嬢の大きな悲鳴が聞こえてきた。何事か、と軍医長と益川中佐が声のほうに行くとそこは厠の入り口で、困ったような顔の男性士官が主計科の兵曹嬢に

「ここは女の厠ですよ!いきなり入ってくるなんかこまりますっ!」

と叱られているのだった。

ああしまった、と軍医長は思った。女性ばかりの艦内、厠も風呂も男性がつかえる仕様になっていなかった。話を聞いたときに早く手を打っておくべきだった、と思いながらやはりすっ飛んできた副長と運用科の科長に

「厠は囲いを作るなどできないだろうか。風呂は長官室の風呂を使ってもらうようにしたらどうだろうか」

と提案し、佐藤副長はうなずいて

「林田運用長、厠については緊急に工事を行ってもらいたい。風呂については私から伝えておきます」

と言って、男性士官が集められ、風呂は長官室のものを使うことと厠は順次囲いを作って男性士官用に分けておくことを約束した。それまでは

「大変申し訳ないことですがほかの将兵嬢たちがいないところを見計らって使用していただきたい」

となり、全艦の将兵嬢たちには

「男性士官が厠にいても騒がないこと。その際には男性士官の用が済むまで厠の外で待機しているように」

と達示が出た。

それを伝え聞いた桜本兵曹は双眼鏡のレンズを拭き拭き、

「はあ難儀なねえ。女ばっかのところに男の人が来んさるとそんとな苦労があるんじゃねえ。まあ、上手いことやってつかあさいや」

と他人事のようにつぶやき小泉兵曹は

「いっくらなんでも厠で鉢合わせは嫌じゃわあ…アレの時なんぞに顔が合うたらやっぱし恥ずかしいわい」

と言ってほほを染めた。

桜本兵曹は

「そんなん、厠に男の士官がおったら別の厠に走って行けば済むことなわ。うちはそがいなん気にせんで」

と言い、小泉兵曹は(ああ、オトメチャンには男性士官との恋の機会はなさそうじゃな…。どうか前の手ひどい恋を忘れてええ出会いがあるとええんじゃが)と一人気をもんでいる…。

 

そして運用科の迅速な対応で、艦内すべての厠に囲いが作られ<男性士官用>の厠が出来、男性士官たちはほっとして厠を使うことができるようになった。

 

そんな折、長妻兵曹は平野ヒラ女少尉から

「やっぱりあなたの許嫁の男性でしたよ、あの方。よかったね、…でも艦内でみだらな行為はご法度だから、上陸日を合わせて楽しむといいよ。ああ~うらやましい」

とほほ笑まれた。長妻兵曹は

「やっぱりですか!…はい解っております、神聖なる艦内でみだらな行為は決して致しません。約束します」

とこれも嬉しそうにほほ笑みながら応えた。平野少尉は何度も「よかったね、よかったね」と言って長妻兵曹の肩をポンポンたたいて祝意を表した。そして

「そういえば副砲分隊の野田…じゃなかった高田兵曹の結婚式がもうすぐじゃなかったかな?長妻兵曹も出席するんだよね」

と言って長妻兵曹は

「はい。確か来週の末になったと聞いとります。<大和>の中でずっと一緒に暮らしてきた仲ですけえ、居わってやりたい思います」

と言って少尉は「私の分も祝ってあげてきてね」というとじゃあ、またあとでと言って歩み去った。

長妻兵曹は、この<大和>に祝い事が次々来るのがうれしかった。前副長の出産、野田の結婚式そして自分の許嫁との再会。

大きな作戦もなくこれら嬉しい知らせを見聞きできるのは(ほんまに幸せなことじゃ。あとは…オトメチャンが幸せになってくれんとうちは困るのう)と思う長妻兵曹であった。

 

益川中佐以下の男性技術士官たちが最上甲板で、<大和>幹部たちと<松岡式防御兵器>の設置に関してあれこれ話し合っているそのはるか上、防空指揮所では桜本兵曹が一心に双眼鏡を除いて周囲の警戒に当たっているーー

 

            ・・・・・・・・・・・・・

お久しぶりです!お盆休みも終わってなんだかがっくりの私ですw。

さあ、いよいよ新章突入の『女だらけの大和』です。男性士官たちが入ってきていろいろ艦内も変化を遂げようとしています。気になるのは益川中佐の「嫁探し」ですがこれはどうなりますか…。

次回は高田佳子兵曹の結婚式です、ご期待ください!

吉報、そして男性士官たち 1

トレーラー停泊中の<大和>に、吉報とともに男性士官もやってきたーー

 

「梨賀艦長、佐藤副長―!」

という大声とともに第一艦橋に駆け込んできたのは普段は落ち着いている山口通信長。彼女は手にした電信用紙をわしづかみにして駆け込んできたのだ。ちょうど艦橋にいて窓外の風景に目を細めていた艦長と副長はその剣幕にびっくりして

「どうしました山口大佐!」

と叫んでいた。山口通信長はハアハアと息を荒げて、海図台の上に電信用紙をどんと置くとそのしわを丁寧に手のひらで延ばし、梨賀艦長と佐藤副長の顔を交互に見ると満面の笑みを浮かべ

「やった。やりましたよ艦長副長。山中中佐ご出産です、双子のお嬢さんだそうです!」

と言って、艦長と副長は「えっ!」と大声を上げるなり次の瞬間二人抱き合うようにして「よかったよかった。やったよ山中さんおめでとうー」とわめき始め、その大声が二の開いた伝声管から各所に伝わり、そして人づてに伝わり、「山中副長がご出産なさった、女の子の双子じゃそうな」と艦内大騒ぎになってしまった。

ハシビロコウのハッシー・デ・ラ・マツコに小犬のトメキチそして仔猫のニャマトも

「山中さんおめでとうー!私たちの足跡のついた岩田帯が役に立ったのね」

と大騒ぎして感涙にむせんだ。

 

その知らせを聞いて、防空指揮所にいた桜本兵曹、小泉兵曹麻生分隊士たちも手を取り合って喜んだ。「山中副長、きっとええおかあさんになるで、うちが保証するわ」と麻生分隊士が言えば小泉兵曹も

「ほりゃあ間違いないですのう。ほいでええ旦那様が付いておられますけえええご家庭を作られるでしょうねえ」

といい桜本兵曹も

「赤ちゃんのお顔、拝みたいものですのう」

と言って皆ウフフウフフと笑いあった。なんだかわからないが幸せ感が全身に充満してくるのを感じていた。そこに例の熱い女・松岡修子海軍中尉がやってくるなり

「皆さん聞きましたか、山中副長熱くなって双子の女の子を御安産だそうです。さあみんなも熱くなれよー、バンブー!」

と最後だけはよくわけのわからないことを言って手にしたラケットを振り回して走り去っていった。

「いつものことながら…」

と麻生分隊士が言うとそのあとを引き取るように桜本兵曹が

「ようわからんお人ですな」

と言って小泉兵曹は大笑いし次いで二人も大笑いした。やはり、幸せの気分が全身にみなぎっていた。

 

そんな、幸せ感が充満している<大和>に、とうとう呉海軍工廠からの男性技術士官たちがやってきた。みんなが大騒ぎした翌々日、内火艇に乗った男性士官たちはやってきた。

乗組員たちは当直などを除いて舷梯に立ち並びまるで山本大将でもお迎えするような雰囲気で、

「こりゃあまるで登舷礼みとうなね。まあこの艦に男性が集団で来るなん、ふつうあり得んことなけえねえ」

と誰がが言うとその周辺の何人かがうなずいた。乗組員の中には(この機会にぜひ男性士官と親密になって結婚に持ってゆきたい)と思うものも少なからずいる。何やら艦内には落ち着かない雰囲気がみなぎり始めている。

やがて内火艇が接舷し、男性士官五名が舷梯を上がってやってきた。その姿が舷門を通ったとき、乗組員嬢たちのあいだから声にならない感激が噴出したのを、舷門前で待っていた梨賀艦長たち幹部には感じ取れていた。

(どうか面倒ごとを起こさないでね)

とは、梨賀艦長以下すべての幹部たちの率直な感想である。

最初の男性士官―益川中佐―が姿を見せたとき、大半の兵隊・下士官嬢は(なんだ、オッサンじゃないか。ありゃ絶対妻帯者じゃな…ありゃいかんわい)とか(あがいなオッサン、恋の相手にはならんわい。もっと若いのおらんのかいな)などと大変失礼なことを想っている。

そしてすべての男性士官が艦長の前に居並んだ、その姿を見ていた長妻兵曹は思わず「えっ…」と小さく声を上げていた。

「どうしたんじゃね?」

と平野ヒラ女少尉が前を向いてまじめな顔のまま尋ねると長妻兵曹はこれも前を向いたまま

「あの中の、左から二番目の男性士官は、うちの婚約者によう似とってです。でも遠いけえようわからんなあ」

と言い、平野少尉は一瞬長妻兵曹のほうに顔を向けた。そして

「本当に婚約者か?本当なら後で紹介してくれる?」

と言った。長妻兵曹は憮然とした表情で

「紹介するんはええですけど、横取りせんでつかあさいね」

と語調も厳しくささやいた。平野少尉は慌てて

「そんな私は人の恋人を横取りなんかしませんよ、失礼な」

と言ってこれも憮然とした顔つきになってしまった。

航海科の小泉兵曹は防空指揮所で彼らを見たが

「はあ…うちの好みの人はおらんわい」

とあっさりあきらめ、桜本兵曹は「ほうね、ほりゃあ残念なねえ」と無機質な声で答えた。オトメチャンはもう「男性はこりごりじゃ、うちは男性なんぞと付き合いとうないわ。一生独り身で居った方が気楽でええ」と常々周囲に漏らしていた。それほど紅林の裏切り行為は彼女の心に大きな傷を残していたのであった。

松岡中尉が

「まああの人たちはわが帝国海軍の中でも数少ない男性士官、しかもエリートでしょうから小泉さんは相手にしてもらえないでしょうね」

というと小泉兵曹は松岡中尉をきっとにらんで

「分隊長、それはどういう意味でしょうかのう!」

と声を荒らげ、慌てた桜本兵曹や石川兵曹たちに寄ってたかって口をふさがれる始末。麻生分隊士が

「申し訳ありません松岡分隊長、彼女は」

と言いかけたのへ松岡中尉は「まあまあ、落ち着いて」と言ってから

「いや私もちょっと言葉が過ぎましたね、いくら本当のことでも言っていいことと悪いことがありますからね。ごめんね小泉さん」

と全く謝罪も反省もないことをべらべらしゃべった挙句

「では私は下へ行きますからね、ごきげんよう」

とラケットを担いで去ってしまった。その後姿を悪鬼の形相でにらみつけ小泉兵曹は

「ふんだ!このあほんだら!」

と悪態をついてそっぽを向いた。その子供っぽさに桜本兵曹も石川兵曹も、麻生分隊士までが下を向いて笑ってしまったのだった。

 

男性の技術士官一行は梨賀艦長、佐藤副長に案内され「まずはお部屋をご案内しましょう」と士官室二つをあてがわれた。梨賀艦長と佐藤副長は申し訳なさげに

「御二方とお三方でお使いいただくのでかなり窮屈な思いをさせてしまって申し訳ございません、数日中にはお一人ずつのお部屋を作っておきます」

と言い、益川中佐はそれこそ慌てて

「いやいやとんでもないことであります、われわれは居候の身ですから二つの部屋で十分であります。お心に感謝いたします」

と言い四人の男性士官たちも同意した。

副長は

「何か不都合がございましたら遠慮なくお申し出ください」

とほほ笑んだ。その副長に一人の若い士官がおずおずと、「あの…おうかがいしたいことがございます」と言って、梨賀艦長も佐藤副長も少なからず驚くことになるのであったーー

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

山中中佐安産の報に喜びを隠せない<大和>将兵嬢たちです。そしていよいよお待ちかね?の男性士官の登場です。さて若い男性士官は何を副長に聞きたかったのでしょうか、次回をお楽しみに。

少尉たちの無謀な挑戦 2〈解決編〉

午前の課業が始まり、それぞれの分隊で訓練や補充その他に忙しいーー

 

そんな中、指揮官クラスを中心とした少尉嬢たちはまだ平穏に仕事をこなしている。兵隊嬢、下士官嬢たちも少尉たちの隠された思惑を知る由もなくそれぞれ忙しく働く。

そして訓練も佳境に入り始めた午前十時ごろ、機銃の北沢少尉は尿意を感じた。(あ。いけない!どうしよう…厠に行きたくなってきた。しかし港の約束を破ってはいけない!ここは我慢我慢)北沢少尉は腹をくくって我慢しようと決めた。

(もとはと言えばわたしの下士官兵への無理解がこの事態を招いたのだ。一週間がんばるぞ)

そして北沢少尉は半袴のバンドをしっかり締めなおした。そして声を励まして

「さあ、実戦同様に行くぞ!右三十度敵機!」

と叫んで指揮棒を振り上げたーー

 

そんな状態も昼食が終わるころから変化をきたしてきた。少尉嬢たちに妙に落ち着きがなくなり、下士官嬢たちは

「なんか変と違うか?三澤少尉も見崎少尉も皆そわそわしとってなあね。なんぞあるんかいな?」

とこそこそ言い始める。眼に見えるほど少尉嬢たちは落ち着きを無くしていた。

そして少尉同士顔を合わせると

「…まだ平気か?」

「ああ、何とか。でもさっき危なかったよ」

「私もだ、うっかりくしゃみをしちまって、漏れるかと思ったわ」

などと話しては「じゃ、今日もあとちっとだから頑張ろうね」と肩をたたきあって別れる。そんな光景があちこちで展開されている。

 

その日は暑かったので午睡の時間があった。

下士官兵嬢たちは当直を除いて午睡に入り、士官たちもそれぞれ午睡を取るものや当直の監視に当たるものなどに分かれる。

「寝ればちょっとは尿意を忘れられるかもしれない」

と通信科の少尉の一人は言って眠りに入ったが、午睡時間の終わりごろにひどい尿意が付き上げてきて目を覚まし

「おおう!!もういかんもういかん、厠に行きたい行きたい~~!」

と叫ぶなり、その場で激しき足踏みをし始めた。と、同室の少尉も目を覚ますなり

「やめろー!せっかく忘れてたのに~、ああ思い出しちゃったじゃないさ~!ああ私も厠に行きたいおしっこしたい~」

とベッドから降りてその場足踏みを始める。

二人の少尉嬢は、しばらくのあいだ気がふれたように「厠厠!おしっこおしっこしたいよう」と叫んで部屋中走り回っていたがスピーカーから

「午睡終わり五分前」

の副長の声が流れるころには尿意もどこへやら、二人何事もなかったような顔で部屋を出て行ったのだった。

他でもこうした風景は展開されていたがその時点では幸か不幸か下士官兵嬢たちの目に留まりはしなかったようだ。

 

 

夕食を前にした時間、「夕飯が終われば厠に行ける!」と少尉嬢たちはもう真っ青な顔で午後の課業を済ませた。

航海科の樽美酒少尉も例外ではなく、桜本兵曹は小泉兵曹をそっと呼び寄せるとその耳に

「なあ、小泉兵曹。今日は樽美酒少尉なんやちいとおかしい思わんか?」

とささやいた。

すると小泉兵曹も、桜本兵曹の肩をそっと叩くと

「ほうほう!うちも変じゃ思うとったわい。なんや…こう、もじもじしとってげんきがない。ほうかと思えば急に元気になりんさる。それの繰り返しじゃと思わんか」

というのへ桜本兵曹は大きくうなずいて

「ほうじゃ。なんか、言うてみれば行動に波がある。それはまるで」

とそこで言葉を切って小泉の顔を見た。小泉もうなずいて

「小便を我慢しとってるようじゃ」

と言って桜本兵曹は「まさにそれじゃわ。小便を我慢しんさってよ、あの顔は」と言ってから

「ほいでもなんでそんとなもの、我慢なさってかねえ?『厠に行ってくるよ』、言えばええと思うことじゃがねえ?」

と腕組みして言った。小泉兵曹も「ほうじゃねえ、それにほれ、よう見たら兵学校出の少尉さんばっかし妙な格好してもじもじしとってなねえ。どうもうちには兵学校出のえらいさんの考えることはようわからんわい」と言って、妙に内股の通信科の少尉をちらっと見て、二人は笑いあった。

 

しかし<不幸>というものは突然やってくる…

 

山口通信長は、夕食前のひと時を日野原軍医長と一緒に過ごすのが倣いで今日も医務科に軍医長を尋ねていた。

通信長は「軍医長、ちょっとええですかのう?」と言って日野原軍医長を部屋の隅へ手招いた。どうしました山口さん、という軍医長に

「今日…士官連中、特に少尉の連中の様子がおかしいと思いませんか?何やら妙に落ち着きがのうてドタバタしよります。なんぞあったんですかねえ」

とささやいた。それなら私も、と軍医長は

「感じていましたよ。それも波がある。落ち着きがないと思えばしばらくしたら落ち着きを取り戻す。かと思ったらまた…の繰り返し。これはなんだか、思い当たる状態があったような」

と言った時、外から大騒ぎの声が聞こえてきた。

一人の看護兵曹が真っ青な顔で

「軍医長、日野原軍医長来てください!大変です!!

と部屋に飛び込んできた。何事だ、と軍医長は叫んで通信長とともに部屋を飛び出した。兵曹嬢が真っ青な顔のまま

「最上甲板に願います!」

と言って走ってゆく、そのあとを軍医長と通信長は走る。

その途中、黒多砲術長や浜口機関長、林田運用長なども加わって走ってゆく、道々林田運用長が「いったい何が起きたというんだろう?」とつぶやいたが応えるものはいなかった。

 

すでに最上甲板には多くの将兵嬢、そして佐藤副長がいて、てんでに〈下を〉指さしてわめいている。「どうしました!」と軍医長たちが駆け寄ると佐藤副長は、先ほどの看護兵曹より真っ青な顔で

「少尉たち数名が、海に飛び込んで自殺しました!」

と言って軍医長はそれこそ死ぬほどびっくりした。「じ、自殺ですかまた何で?」と叫んで下を見ると、何人かの頭が鮫よけの網の内側に浮かんでいるのが見えた。

「早く、助けてやれ!」

副長が焦って叫んだその時、カッターが漕ぎ出され浮かんでいる<頭たち>を救い上げた。見守っていた軍医長以下は

「助かったようだね。しかしまたどうしたことだ」

と安どと不安に満ちた顔つきである。

 

全身から海水を滴らせた少尉嬢が八名、梨賀艦長・佐藤副長の前に引き出されてきた。副長はまず八人の無事を確認した後

「なぜ自殺を試みたのか、不満や悩みがあったのか」

と問いただした。少尉嬢たちは慌てて「自殺じゃありません、自殺なんか致しません!」と叫んだが、彼女たちが語った真実に副長もそして艦長もあっけにとられてしまった。短い髪からぽたぽたと海水を落としながら一人の少尉嬢はバツ悪げに

「小便がもう、我慢なりませんでした。ほとんど一日厠に行かずもう漏れそうでした。私たちちょうど甲板上にいましたので漏らして恥をかくくらいなら、と海に飛び込みました。そして海の中で放尿しました」

と告白した。

「しょ、小便をほとんど一日我慢だと?また何でそんなことを」

佐藤副長は信じられないと言った顔で叫ぶように言った。そこで別のびしょぬれ少尉の一人が「実は、」と例の話を始めた。

話を聞き終えた艦長と副長は大きくため息をついてから

「その心持は素晴らしい。だがね、体を壊してしまうかもしれないとは考えなかったかな?それにそんなにそわそわした状態で訓練をしても実が入らなかったのではないか?そんなことを一週間続けたら皆海軍病院行になって居たぞ」

とこもごも言った。

梨賀艦長は

「そうだ副長、まだ艦内にこの騒ぎを知らずに厠を我慢しているものがいてはいけない。艦内放送で『厠の我慢大会は終了』と言ってやってはくれないかな」

と言って佐藤副長はうなずいて「わかりました、では」というと一番近くのマイクをつかむと

「厠を我慢している士官はすぐに厠に行くこと!我慢大会は終わった。すぐに厠に行け!」

と放送、とたんに艦内のそこここから慌てて厠に走りこむ無数の大きな足音が響き、やがて静かになって行った。

そしてこの騒ぎに加わったすべての少尉連中が前甲板に集められ、梨賀艦長から

「人に無理を強いるならまず自分たちが体験すべしという心持は素晴らしいが、体を壊しては何もならない。この経験を良い方に生かして今後も皆でしっかりやってほしい。無謀なことはしないでほしい」

と訓示を受け「わかりました」と皆しっかり敬礼で応えたのだった。

 

こうして〈少尉嬢たちの無謀な挑戦〉はあっけなく終わりを告げたのであった。

 

「はあ、そんとなことがあったんね」

食卓当番の桜本兵曹は小泉兵曹から「少尉嬢の自殺騒ぎ」の顛末を聞いてため息をついた。そして

「まあ、訓練中は我慢できんこともあろうが実戦になればそんとなことも言うとれん。何とかなるじゃろ。しかし少尉さん方も思い切ったことをしんさるねえ」

とまたも二人で笑いあったのだった。

 

今夜もトレーラーの星空の下、女だらけの『大和』ほかの艦艇は眠りにつこうとしているーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・

遂に海に飛び込んで…。

我慢の限界ってどのくらいなのでしょうか、でも絶対真似をしないでくださいませね。本当に体によくありませんからね!

 

昨日は映画「この世界の片隅に」を観てきました!原作を読んで予備知識を持っている方がわかりやすい部分もありましたが全体に良い映画でした。

何度か涙腺が崩壊してしまいました。

戦争を扱ったものと言えば単に「悲惨」というキーワードでくくられがちですがこの映画は戦争と同居のような日常の中でも笑いや、日々の暮らしに頭を悩ます〈当たり前〉の日常が描かれていて戦争というものを別の観点から見つめることができます。

しかしやはり戦争の残酷で無情な面は牙をむき…、この後は是非映画をご覧になっていただきたいと思うものであります。

  この世界の片隅に

少尉たちの無謀な挑戦 1

「指揮官だからってえばるんじゃねえよなあ。まったく嫌になる」…そんなささやきが平野少尉の耳に聞こえてきたーー

 

その日、午後の課業を終えた機銃の平野少尉は海兵同期で副砲分隊の大久保少尉とシールド無しの高角砲内に入り込んで羊羹を食べていた。真夏の日差しの照り付ける中、二人は目深にかぶった艦内帽の下の目を細めながら羊羹をひたすら食べていた。

「美味いねえ」「うんさすが間宮羊羹だね、コクが違う」

そんなことを言いながら二人は羊羹をぱくつく。

と。

彼女たちの居る場所のすぐ下の機銃座から下士官嬢たちらしい話声が風に乗って吹き上がってきた。

「…こないだうちらの指揮官の北沢少尉に『厠に行ってもええでしょうか』言うたんじゃ。ちょうど訓練も終わりになるときじゃったけえええか思うての。ほしたらあのくそ少尉、『いかん!訓練はまだ終わっていない!小便なら我慢せえ』いうんじゃわ。そんとなこと言うてもうちもあの時は五時間も小便したいんを我慢しとってなけえね…ちっとでも動いたらもう漏れるいうんにあの少尉!」

一人の下士官嬢が憤りながら語るともう一人が

「うちの指揮官もほうじゃわ、『貴様ら精神がたるんどってなけえ小便ばかりしとうなるんじゃ、もっと気ぃ引き締めていかんか。緊張感が足りん』いうて怒るんよ。そのくせな、あのあほ少尉てめえが小便しとうなると訓練中でも『あ、厠厠~』いうて消えるんじゃ。あいつのほうこそ緊張感も何もないで?まったくええ加減な女じゃわい」

と怒り、最初の下士官嬢も

「うちのもじゃわ!ひとには『我慢せえ』いうときながらてめえはさっさと厠に行きよる。ほんとにええ加減じゃわ。じゃけえ兵学校出のエリートいうんは好かんわい」

「ほうよ、人の心がないんじゃわ連中には」

とぶうぶう怒る。

しばらくの間怒っていた下士官嬢たちはやがてそこを去って、平野少尉と大久保少尉は言葉もなく羊羹を握ったままその場に座っていた。

やがて、平野少尉が

「そんな風に私たち、思われてるんだね」

とポツリ言った。大久保少尉も

「ああ…心外だ。私は彼女たちにそんな無理強いをしたことはないんだが…いったい誰だね彼女たちの指揮官は。心当たりあるかね?私は機銃のほうの指揮官がだれかはわからんけど」

と言って苦々しげな顔になった。平野少尉がその平べったい顔を空に向けていたが「ああ。多分石井少尉と稲垣少尉だよ。大体わかる」と言い大久保少尉も「ああ、あの連中ならさもありなん」と言った。

しかし。

「このままじゃ困るなあ。士官と下士官のあいだに軋轢があっては事があったとき支障をきたす…何かいい方法がないかなあ」

平野少尉は考え込んだ。大久保少尉は

「まあ慌てて考えても事を仕損じる。ここはじっくり考えようや。なんならほかの指揮官連中にもあたってみようじゃないか。何かいい方法を思いつくやつがいるかもよ」

と言ってその日は二人別れた。

 

数日後、巡検後。

星空の下の最上甲板に各分隊から来た二十名からの少尉嬢たちが集まった。その中心は機銃の平野少尉と副砲の大久保少尉で、多くの少尉嬢たちは平野少尉の

「下士官嬢に厠に行くななどと無理な要求をして我々兵学校出身者の評判を落とすものがいる。どうしたものか、意見を聞きたい」

という呼びかけに応じて集まったものである。少尉嬢たちはその場に車座になるとあれこれ知恵を出し合った。

が、なかなかいい意見が出ない。一人の少尉嬢―宮本―がはーっと息を吐いて

「なんだかなあ。どうして我々と下士官嬢たちは分かり合えないんだろう。特務士官の少尉たちならその辺の機微がわかるんじゃないだろうか?――そういやここには特務士官がいないではないか、これだから兵学校出身は…っていわれるんじゃなくて?」

とやや厳しい瞳を皆に向けた。皆は「それもそうだが…」と黙ってしまった。宮本少尉は

「だからと言って特務士官を巻き込むのもどうかと思うが…ここは我々で何とかすべきだと思うけどね。―そうだ!我々指揮官クラスの少尉はこれから一週間、始業から夕食が済むまで厠に行かないように努力するんだ!そしたら下士官兵たちも納得してはくれないだろうか?そして我々の側も人の苦しみがわかろうというものだ、そうしたらもう無理なことを言わないだろう言えないだろう?どうだろうか」

と提案をした。

うーむ、と防暑服の腕を組んで考え込んでいた少尉嬢たちだったが平野少尉が決然顔を上げると

「宮本少尉、その案私はいいと思う。下士官に『厠に行くな』と言っておきながら自分はしれっとして厠に行くなんぞ士官の道にもとる。厠に行けなかった下士官嬢の苦しみを味わうのだ!そうだそうだ、われわれも一週間厠に行かなければいいのだーっ」

と叫んでその場の少尉嬢連中はその勢いに気おされてつい拍手してしまった。

「決まりだね」

宮本少尉が静かに言い、平野少尉は

「うん。…そうだただし急性腹症やアレの時はこの限りにあらずだ。しかーし!それを良いことにずるをしたものはさらにきつい罰則を与える。――これでいいよね」

と補足をし大久保少尉は「いいんじゃない?何でもやってみることが大事さね」と笑っている。

その集まりを、通りかかった藤村少尉「なにしておるか?――って何だエンガワ少尉、みんなしてあつまって何してるんだよ」と裸足で歩いてきたが大久保少尉に

「実はかくかくしかじか」

と話を聞き「ふーんそうなの。まあ頑張ってね」とその場を去ろうとしたが平野少尉に「まてーニワトリ少尉!」ととっつかまり

「貴様も少尉の端くれなら参加するんだ!いいな明日の始業時から夕食の終わりまで厠に行かないこと!明日から一週間だ。ただし急性腹症およびアレの際はこの限りではない。だからといって嘘をついて厠に行けば…わかってるな?」

とすごんでみせ、藤村少尉も泣く泣く参加の羽目と相成った。

 

さてその翌朝、目覚めると同時に士官用厠には少尉連中の長い列ができた。中尉や大尉、あるいはそれ以上の士官たちは

「なんだなんだ?一体どうしたというんだね今朝は」

と不審がったが少尉たちは「いや別に何もありませんが?たまたまでしょう」と笑ってやり過ごした。この件は「ほかの士官、中尉大尉や科長たちには内緒だぞ」ということになってもいたので誰も本当のことは話せない。

「話してしまったらやめろと言われるに決まってる」からだ。

 

ともあれ、少尉たちの挑戦はその幕を切って落としたーー

 

 (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・

下士官嬢の不満をそのままにしておけばきっとどこかで軋轢が生じる。というわけで平野ヒラ女少尉と大久保少尉は考えたようですが、宮本少尉そんな提案していいのでしょうか??

どんなことがさて、起きるでしょうか。次回をお楽しみに!

 

 

TOTOネオレストのCM、ビッグベンとリトルベンのこれが大好きなんです!可愛いリトルベンにご注目を!

各種講義開催中!

艦内では各配置の指揮官などによる「講義」が行われる場合がたびたびあるーー

 

今日は機銃の平野ヒラ女少尉の肝いりで、機銃員ー特にまだ経験の浅い兵隊嬢ーたちを集めて講義が開かれている。今日のトレーラー水島は曇りの天気なので日差しもそれほど強くないので露天甲板に集まった皆は海からの風に吹かれて気分よく平野少尉の講義を受ける。

少尉の補助に長妻兵曹と増添兵曹がしかつめらしい顔でそばに立ち、給弾箱を素早く装填して見せたり射手席・旋回手席に座って平野少尉の号令に合わせて機銃発射の様子を再現し、一等水兵嬢たちは

「下士官ともなると動きが素早いのうー。うちらまだまだじゃねえ、早うああならんといけんわい」

と言って二人の動きに見入っている。

平野少尉はそれを見て満足げにうなずいた後おもむろに機銃砲身に手をかけ、いつもの「エッチな」たとえを持ち出し、水兵嬢たちの度肝を抜く。

曰く、

「機銃も長時間発射すれば砲身が赤くなり熱を帯びて曲がってしまうことがある。そうだな?長妻兵曹、増添兵曹?」

それに二人は(ほれきたで!少尉のあのしょうもないたとえ話)と顔を見合わせてにやっとする。二人は「はい、ぐったりしてしまいます」と答える。平野少尉はうんうん、とうなずいて

「撃って撃ちまくって、撃ちおわった後はさすがの砲身もぐったりだ、これをどう考える?」

というと、ここぞとばかりに長妻・増添は声を張り上げて

「ハイーッ、〈イッちゃう〉のであります!」

と言うのである。

水兵嬢たちはどういう顔をしていいのかわからずあいまいな笑みを浮かべて「…はあ、ほうですか」というだけである。

その様子を離れた場所の機銃座から見ていた辻本上水は「まーた始まりよった、平野少尉とあの二人のしょうもないスケベえなたとえ話。まあ、機銃の連中は一階はあの話を聞かなきゃ一人前とは言えんもんなあ」と独り言ちながら砲身にブラシを入れてごしごししている。

 

また、前檣楼トップの防空指揮所では今日は気象班の数名が天辰中尉の「雲の流れの見極め方」講義を受けている。

天辰中尉は「つまりこのトレーラーにおいては特に南から天気が急変する場合が多く、南から黒雲が沸いた場合長時間大雨が降ったり雷が鳴る場合が多い。スコールの場合とは雲の形状が違うので要注意である。ではあの雲をあなたはどう見る?」などと言って長い棒で上空を指しながら話をする。

指し示された雲を双眼鏡で検分した兵曹長は

「うーん…。あの程度ですと、風の方向を含めて水島には降雨無し、だと思います」

と答え、天辰中尉は「よい答えです。あなたの予報、当たりますよ。あの雲の流れだとここには降りません、そもそも今日は安定した曇天ですから。この曇天の原因はー」とさらに話を続け、気象班の皆は指揮所をぐるぐる回って全天を観察。そのあと

「では前甲板に行って気象ゾンデを見ます、―お邪魔しました」

と言って一行は指揮所を後にしていった。

その様子を見ていた酒井水兵長は

「気象班、結構大変な配置じゃねえ。うちはぼんやりじゃけえ、務まらんわい。―いうてここもぼんやりじゃ務まらんわねえ」

とひとり呟いてくすくす笑っている。

 

そして第一主砲前では麻生分隊士と桜本兵曹、そして復帰なった小泉兵曹が各配置の見張担当を集めて講義の真っ最中である。

今回は分隊士中心の講座で、桜本と小泉は仲良くその手伝いをしている。分隊士の

「この艦影は何だ。わかるもの?」

という声に小泉兵曹は素早く一枚の厚紙を皆に提示する。そこにはある艦のシルエットが黒く浮き出ている。

ハイハイ、ハイと手がいくつも上がる中分隊士は「ではそこの彼女」と言われた水兵嬢は自信満々で

「我が帝国海軍の〈高雄〉であります」

と言って分隊士は「その通り。前檣楼部分に特徴がある」と言ってレクチャーする。ついで「これがわかるもの」と言って今度は桜本兵曹が掲げた紙に書かれたのは飛行機の機影である。これもすぐに手が上がり「アベンジャーです」「正解!」

そして「ではこれは何だ」と出されたのは何やら不思議な形の影である。数瞬皆がざわめき誰かが「うーん…あ、伊号800潜水艦でしょうか」と言ったが麻生分隊士は笑って

「残念。これは〈トレーラー水島〉の島影である。島の形を覚えておくのも見張としては大事なことであるからトレーラー環礁及び西太平洋の要所要所の島の形を印刷したものを配布する。いずれ試験を行いたいと思うからしっかり覚えておくように。しかし艦影や敵機に関してはそれぞれよくわかっているようで何より、安心した。ではこれにて散開」

と言って皆はそれぞれの場所に帰ってゆく。

その後姿を見送りながら小泉兵曹は、前とは違って何かつきものが落ちたようなさっぱりした表情で資料をかたずけながら

「思い出しますのう、昔うちらが麻生分隊士のこの講義を受けたときのこと」

と言ってオトメチャンを見て笑った。オトメチャンも「ああ、あれなあ。あんときはみんなで笑うたもんじゃ」と言って思い出し笑いをした。

麻生分隊士が「ハテ?そがいに面白いこと、あったかいな?」と首を傾げた。小泉兵曹が

「分隊士が『この艦影を解るもの!』いうて出した艦影にうちが自信満々で手ぇあげて、分隊士が『小泉上水、言うてみい』言われたんへうちが立ち上がって『こげえなもん解らんで見張り員は務まりません、答えは〈オバマ級戦艦〉であります!』いうたら分隊士真っ赤になって怒って『貴様偉そうに言うな、アホンダラ!不正解、これは帝国海軍の〈長門〉じゃ。もう一遍顔洗うて出直して来い』言われたんをうち、そのまんま受け取って『はいでは顔を洗うてきます』言うてすたすた行ってしもうて…。みんな最初はポカーンとしてそのあと大笑いでしたなあ」

と思い出話を披露し、麻生分隊士も「ああ、あの時のことか!ありゃ正直参ったで?とんでもないおなごが『大和』に乗ってきよった、思うて」と言って三人は笑った。

 

その晩、巡検後…

ひそかにとある場所―第一主砲砲塔の上―で秘密の講義が開かれようとしていた。出席者は数名、桜本兵曹に他分隊の三名の水兵長そしてなぜか航海士の樽美酒少尉である。桜本兵曹は「樽美酒少尉、この集まりはいったいなんでありましょうかのう?誰がうちらを集めたんでしょう」と少尉に尋ね、三人の水兵長たちも不安そうに少尉を見つめた。樽美酒少尉は首をかしげて

「私もよくわからないのよ、ただ『集まってほしい』って伝言が来ただけだから」

と言ってこれも不安そうに皆を見回した。曇りで月の出ない夜、なんか不気味さが増してくる。

と、誰かが砲塔の上にラッタルを使って登ってくる音がし一同緊張した。「誰じゃろう」と小さくオトメチャンが言った途端、

「皆さまお待たせしました~」

と聞き覚えのある声が。はっとしたオトメチャンが見上げたその人こそ…

棗佐和子主計特務大尉、であった。皆が一斉に立ち上がり敬礼するのへ棗大尉は満面の笑みで手にした紙の束をかかえなおし、「そんなのいいから座ってちょうだい?楽~に座ってほしいの。話の内容が内容だから正座してると疲れちゃうわよ」と言ってその場に胡坐をかいて皆も倣う。

樽美酒少尉が「これはどういう集まりでしょうか、何か…主計関係の集まりだとしたら、私たちちょっと畑違いではないかと思うのですが」というのへ棗大尉は

「あら!やーだ、主計の関係じゃないわよう、ここにお集まりの皆さまはいわゆる<おぼこちゃん>でしょう~?だから私おぼこちゃんのための性教育講座を開設いたしました!というわけで、ハイこの資料を見て頂戴」

と分厚い資料を皆に手渡し、<おぼこちゃん>たちにとってはそれはそれは恥ずかしい講座は始まったのであった。しかもこの講義、「来週も致しますからね、この資料はなくさないように。―ええか絶対出席せえや!バックレたら草の根分けても探し出すで、ええなあ!」と恫喝され、さぼることなど不可能なのであった。

桜本兵曹、(ひやあ、こがいな恥ずかしい講義うちよう受けんわ…ほいでも出席せんとなにされるかわからんけえ出るしかないなあ)と困り切っているーー

 

         ・・・・・・・・・・・・・・・

よく、飛行兵たちが機影や艦影を識別する訓練をしていたという話は聞きますが、果たしてほかの部署ではどうだったか??でもこんなのがあったらと思って書いてみました。

棗大尉の性教育講座はちょっと聞いてみたいかな、ウフフ。彼女のことですから過激な内容だったかもしれませんね、オトメチャンや樽美酒少尉の恥ずかしがる顔が浮かぶようです…。

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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