少尉たちの無謀な挑戦 2〈解決編〉

午前の課業が始まり、それぞれの分隊で訓練や補充その他に忙しいーー

 

そんな中、指揮官クラスを中心とした少尉嬢たちはまだ平穏に仕事をこなしている。兵隊嬢、下士官嬢たちも少尉たちの隠された思惑を知る由もなくそれぞれ忙しく働く。

そして訓練も佳境に入り始めた午前十時ごろ、機銃の北沢少尉は尿意を感じた。(あ。いけない!どうしよう…厠に行きたくなってきた。しかし港の約束を破ってはいけない!ここは我慢我慢)北沢少尉は腹をくくって我慢しようと決めた。

(もとはと言えばわたしの下士官兵への無理解がこの事態を招いたのだ。一週間がんばるぞ)

そして北沢少尉は半袴のバンドをしっかり締めなおした。そして声を励まして

「さあ、実戦同様に行くぞ!右三十度敵機!」

と叫んで指揮棒を振り上げたーー

 

そんな状態も昼食が終わるころから変化をきたしてきた。少尉嬢たちに妙に落ち着きがなくなり、下士官嬢たちは

「なんか変と違うか?三澤少尉も見崎少尉も皆そわそわしとってなあね。なんぞあるんかいな?」

とこそこそ言い始める。眼に見えるほど少尉嬢たちは落ち着きを無くしていた。

そして少尉同士顔を合わせると

「…まだ平気か?」

「ああ、何とか。でもさっき危なかったよ」

「私もだ、うっかりくしゃみをしちまって、漏れるかと思ったわ」

などと話しては「じゃ、今日もあとちっとだから頑張ろうね」と肩をたたきあって別れる。そんな光景があちこちで展開されている。

 

その日は暑かったので午睡の時間があった。

下士官兵嬢たちは当直を除いて午睡に入り、士官たちもそれぞれ午睡を取るものや当直の監視に当たるものなどに分かれる。

「寝ればちょっとは尿意を忘れられるかもしれない」

と通信科の少尉の一人は言って眠りに入ったが、午睡時間の終わりごろにひどい尿意が付き上げてきて目を覚まし

「おおう!!もういかんもういかん、厠に行きたい行きたい~~!」

と叫ぶなり、その場で激しき足踏みをし始めた。と、同室の少尉も目を覚ますなり

「やめろー!せっかく忘れてたのに~、ああ思い出しちゃったじゃないさ~!ああ私も厠に行きたいおしっこしたい~」

とベッドから降りてその場足踏みを始める。

二人の少尉嬢は、しばらくのあいだ気がふれたように「厠厠!おしっこおしっこしたいよう」と叫んで部屋中走り回っていたがスピーカーから

「午睡終わり五分前」

の副長の声が流れるころには尿意もどこへやら、二人何事もなかったような顔で部屋を出て行ったのだった。

他でもこうした風景は展開されていたがその時点では幸か不幸か下士官兵嬢たちの目に留まりはしなかったようだ。

 

 

夕食を前にした時間、「夕飯が終われば厠に行ける!」と少尉嬢たちはもう真っ青な顔で午後の課業を済ませた。

航海科の樽美酒少尉も例外ではなく、桜本兵曹は小泉兵曹をそっと呼び寄せるとその耳に

「なあ、小泉兵曹。今日は樽美酒少尉なんやちいとおかしい思わんか?」

とささやいた。

すると小泉兵曹も、桜本兵曹の肩をそっと叩くと

「ほうほう!うちも変じゃ思うとったわい。なんや…こう、もじもじしとってげんきがない。ほうかと思えば急に元気になりんさる。それの繰り返しじゃと思わんか」

というのへ桜本兵曹は大きくうなずいて

「ほうじゃ。なんか、言うてみれば行動に波がある。それはまるで」

とそこで言葉を切って小泉の顔を見た。小泉もうなずいて

「小便を我慢しとってるようじゃ」

と言って桜本兵曹は「まさにそれじゃわ。小便を我慢しんさってよ、あの顔は」と言ってから

「ほいでもなんでそんとなもの、我慢なさってかねえ?『厠に行ってくるよ』、言えばええと思うことじゃがねえ?」

と腕組みして言った。小泉兵曹も「ほうじゃねえ、それにほれ、よう見たら兵学校出の少尉さんばっかし妙な格好してもじもじしとってなねえ。どうもうちには兵学校出のえらいさんの考えることはようわからんわい」と言って、妙に内股の通信科の少尉をちらっと見て、二人は笑いあった。

 

しかし<不幸>というものは突然やってくる…

 

山口通信長は、夕食前のひと時を日野原軍医長と一緒に過ごすのが倣いで今日も医務科に軍医長を尋ねていた。

通信長は「軍医長、ちょっとええですかのう?」と言って日野原軍医長を部屋の隅へ手招いた。どうしました山口さん、という軍医長に

「今日…士官連中、特に少尉の連中の様子がおかしいと思いませんか?何やら妙に落ち着きがのうてドタバタしよります。なんぞあったんですかねえ」

とささやいた。それなら私も、と軍医長は

「感じていましたよ。それも波がある。落ち着きがないと思えばしばらくしたら落ち着きを取り戻す。かと思ったらまた…の繰り返し。これはなんだか、思い当たる状態があったような」

と言った時、外から大騒ぎの声が聞こえてきた。

一人の看護兵曹が真っ青な顔で

「軍医長、日野原軍医長来てください!大変です!!

と部屋に飛び込んできた。何事だ、と軍医長は叫んで通信長とともに部屋を飛び出した。兵曹嬢が真っ青な顔のまま

「最上甲板に願います!」

と言って走ってゆく、そのあとを軍医長と通信長は走る。

その途中、黒多砲術長や浜口機関長、林田運用長なども加わって走ってゆく、道々林田運用長が「いったい何が起きたというんだろう?」とつぶやいたが応えるものはいなかった。

 

すでに最上甲板には多くの将兵嬢、そして佐藤副長がいて、てんでに〈下を〉指さしてわめいている。「どうしました!」と軍医長たちが駆け寄ると佐藤副長は、先ほどの看護兵曹より真っ青な顔で

「少尉たち数名が、海に飛び込んで自殺しました!」

と言って軍医長はそれこそ死ぬほどびっくりした。「じ、自殺ですかまた何で?」と叫んで下を見ると、何人かの頭が鮫よけの網の内側に浮かんでいるのが見えた。

「早く、助けてやれ!」

副長が焦って叫んだその時、カッターが漕ぎ出され浮かんでいる<頭たち>を救い上げた。見守っていた軍医長以下は

「助かったようだね。しかしまたどうしたことだ」

と安どと不安に満ちた顔つきである。

 

全身から海水を滴らせた少尉嬢が八名、梨賀艦長・佐藤副長の前に引き出されてきた。副長はまず八人の無事を確認した後

「なぜ自殺を試みたのか、不満や悩みがあったのか」

と問いただした。少尉嬢たちは慌てて「自殺じゃありません、自殺なんか致しません!」と叫んだが、彼女たちが語った真実に副長もそして艦長もあっけにとられてしまった。短い髪からぽたぽたと海水を落としながら一人の少尉嬢はバツ悪げに

「小便がもう、我慢なりませんでした。ほとんど一日厠に行かずもう漏れそうでした。私たちちょうど甲板上にいましたので漏らして恥をかくくらいなら、と海に飛び込みました。そして海の中で放尿しました」

と告白した。

「しょ、小便をほとんど一日我慢だと?また何でそんなことを」

佐藤副長は信じられないと言った顔で叫ぶように言った。そこで別のびしょぬれ少尉の一人が「実は、」と例の話を始めた。

話を聞き終えた艦長と副長は大きくため息をついてから

「その心持は素晴らしい。だがね、体を壊してしまうかもしれないとは考えなかったかな?それにそんなにそわそわした状態で訓練をしても実が入らなかったのではないか?そんなことを一週間続けたら皆海軍病院行になって居たぞ」

とこもごも言った。

梨賀艦長は

「そうだ副長、まだ艦内にこの騒ぎを知らずに厠を我慢しているものがいてはいけない。艦内放送で『厠の我慢大会は終了』と言ってやってはくれないかな」

と言って佐藤副長はうなずいて「わかりました、では」というと一番近くのマイクをつかむと

「厠を我慢している士官はすぐに厠に行くこと!我慢大会は終わった。すぐに厠に行け!」

と放送、とたんに艦内のそこここから慌てて厠に走りこむ無数の大きな足音が響き、やがて静かになって行った。

そしてこの騒ぎに加わったすべての少尉連中が前甲板に集められ、梨賀艦長から

「人に無理を強いるならまず自分たちが体験すべしという心持は素晴らしいが、体を壊しては何もならない。この経験を良い方に生かして今後も皆でしっかりやってほしい。無謀なことはしないでほしい」

と訓示を受け「わかりました」と皆しっかり敬礼で応えたのだった。

 

こうして〈少尉嬢たちの無謀な挑戦〉はあっけなく終わりを告げたのであった。

 

「はあ、そんとなことがあったんね」

食卓当番の桜本兵曹は小泉兵曹から「少尉嬢の自殺騒ぎ」の顛末を聞いてため息をついた。そして

「まあ、訓練中は我慢できんこともあろうが実戦になればそんとなことも言うとれん。何とかなるじゃろ。しかし少尉さん方も思い切ったことをしんさるねえ」

とまたも二人で笑いあったのだった。

 

今夜もトレーラーの星空の下、女だらけの『大和』ほかの艦艇は眠りにつこうとしているーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・

遂に海に飛び込んで…。

我慢の限界ってどのくらいなのでしょうか、でも絶対真似をしないでくださいませね。本当に体によくありませんからね!

 

昨日は映画「この世界の片隅に」を観てきました!原作を読んで予備知識を持っている方がわかりやすい部分もありましたが全体に良い映画でした。

何度か涙腺が崩壊してしまいました。

戦争を扱ったものと言えば単に「悲惨」というキーワードでくくられがちですがこの映画は戦争と同居のような日常の中でも笑いや、日々の暮らしに頭を悩ます〈当たり前〉の日常が描かれていて戦争というものを別の観点から見つめることができます。

しかしやはり戦争の残酷で無情な面は牙をむき…、この後は是非映画をご覧になっていただきたいと思うものであります。

  この世界の片隅に

少尉たちの無謀な挑戦 1

「指揮官だからってえばるんじゃねえよなあ。まったく嫌になる」…そんなささやきが平野少尉の耳に聞こえてきたーー

 

その日、午後の課業を終えた機銃の平野少尉は海兵同期で副砲分隊の大久保少尉とシールド無しの高角砲内に入り込んで羊羹を食べていた。真夏の日差しの照り付ける中、二人は目深にかぶった艦内帽の下の目を細めながら羊羹をひたすら食べていた。

「美味いねえ」「うんさすが間宮羊羹だね、コクが違う」

そんなことを言いながら二人は羊羹をぱくつく。

と。

彼女たちの居る場所のすぐ下の機銃座から下士官嬢たちらしい話声が風に乗って吹き上がってきた。

「…こないだうちらの指揮官の北沢少尉に『厠に行ってもええでしょうか』言うたんじゃ。ちょうど訓練も終わりになるときじゃったけえええか思うての。ほしたらあのくそ少尉、『いかん!訓練はまだ終わっていない!小便なら我慢せえ』いうんじゃわ。そんとなこと言うてもうちもあの時は五時間も小便したいんを我慢しとってなけえね…ちっとでも動いたらもう漏れるいうんにあの少尉!」

一人の下士官嬢が憤りながら語るともう一人が

「うちの指揮官もほうじゃわ、『貴様ら精神がたるんどってなけえ小便ばかりしとうなるんじゃ、もっと気ぃ引き締めていかんか。緊張感が足りん』いうて怒るんよ。そのくせな、あのあほ少尉てめえが小便しとうなると訓練中でも『あ、厠厠~』いうて消えるんじゃ。あいつのほうこそ緊張感も何もないで?まったくええ加減な女じゃわい」

と怒り、最初の下士官嬢も

「うちのもじゃわ!ひとには『我慢せえ』いうときながらてめえはさっさと厠に行きよる。ほんとにええ加減じゃわ。じゃけえ兵学校出のエリートいうんは好かんわい」

「ほうよ、人の心がないんじゃわ連中には」

とぶうぶう怒る。

しばらくの間怒っていた下士官嬢たちはやがてそこを去って、平野少尉と大久保少尉は言葉もなく羊羹を握ったままその場に座っていた。

やがて、平野少尉が

「そんな風に私たち、思われてるんだね」

とポツリ言った。大久保少尉も

「ああ…心外だ。私は彼女たちにそんな無理強いをしたことはないんだが…いったい誰だね彼女たちの指揮官は。心当たりあるかね?私は機銃のほうの指揮官がだれかはわからんけど」

と言って苦々しげな顔になった。平野少尉がその平べったい顔を空に向けていたが「ああ。多分石井少尉と稲垣少尉だよ。大体わかる」と言い大久保少尉も「ああ、あの連中ならさもありなん」と言った。

しかし。

「このままじゃ困るなあ。士官と下士官のあいだに軋轢があっては事があったとき支障をきたす…何かいい方法がないかなあ」

平野少尉は考え込んだ。大久保少尉は

「まあ慌てて考えても事を仕損じる。ここはじっくり考えようや。なんならほかの指揮官連中にもあたってみようじゃないか。何かいい方法を思いつくやつがいるかもよ」

と言ってその日は二人別れた。

 

数日後、巡検後。

星空の下の最上甲板に各分隊から来た二十名からの少尉嬢たちが集まった。その中心は機銃の平野少尉と副砲の大久保少尉で、多くの少尉嬢たちは平野少尉の

「下士官嬢に厠に行くななどと無理な要求をして我々兵学校出身者の評判を落とすものがいる。どうしたものか、意見を聞きたい」

という呼びかけに応じて集まったものである。少尉嬢たちはその場に車座になるとあれこれ知恵を出し合った。

が、なかなかいい意見が出ない。一人の少尉嬢―宮本―がはーっと息を吐いて

「なんだかなあ。どうして我々と下士官嬢たちは分かり合えないんだろう。特務士官の少尉たちならその辺の機微がわかるんじゃないだろうか?――そういやここには特務士官がいないではないか、これだから兵学校出身は…っていわれるんじゃなくて?」

とやや厳しい瞳を皆に向けた。皆は「それもそうだが…」と黙ってしまった。宮本少尉は

「だからと言って特務士官を巻き込むのもどうかと思うが…ここは我々で何とかすべきだと思うけどね。―そうだ!我々指揮官クラスの少尉はこれから一週間、始業から夕食が済むまで厠に行かないように努力するんだ!そしたら下士官兵たちも納得してはくれないだろうか?そして我々の側も人の苦しみがわかろうというものだ、そうしたらもう無理なことを言わないだろう言えないだろう?どうだろうか」

と提案をした。

うーむ、と防暑服の腕を組んで考え込んでいた少尉嬢たちだったが平野少尉が決然顔を上げると

「宮本少尉、その案私はいいと思う。下士官に『厠に行くな』と言っておきながら自分はしれっとして厠に行くなんぞ士官の道にもとる。厠に行けなかった下士官嬢の苦しみを味わうのだ!そうだそうだ、われわれも一週間厠に行かなければいいのだーっ」

と叫んでその場の少尉嬢連中はその勢いに気おされてつい拍手してしまった。

「決まりだね」

宮本少尉が静かに言い、平野少尉は

「うん。…そうだただし急性腹症やアレの時はこの限りにあらずだ。しかーし!それを良いことにずるをしたものはさらにきつい罰則を与える。――これでいいよね」

と補足をし大久保少尉は「いいんじゃない?何でもやってみることが大事さね」と笑っている。

その集まりを、通りかかった藤村少尉「なにしておるか?――って何だエンガワ少尉、みんなしてあつまって何してるんだよ」と裸足で歩いてきたが大久保少尉に

「実はかくかくしかじか」

と話を聞き「ふーんそうなの。まあ頑張ってね」とその場を去ろうとしたが平野少尉に「まてーニワトリ少尉!」ととっつかまり

「貴様も少尉の端くれなら参加するんだ!いいな明日の始業時から夕食の終わりまで厠に行かないこと!明日から一週間だ。ただし急性腹症およびアレの際はこの限りではない。だからといって嘘をついて厠に行けば…わかってるな?」

とすごんでみせ、藤村少尉も泣く泣く参加の羽目と相成った。

 

さてその翌朝、目覚めると同時に士官用厠には少尉連中の長い列ができた。中尉や大尉、あるいはそれ以上の士官たちは

「なんだなんだ?一体どうしたというんだね今朝は」

と不審がったが少尉たちは「いや別に何もありませんが?たまたまでしょう」と笑ってやり過ごした。この件は「ほかの士官、中尉大尉や科長たちには内緒だぞ」ということになってもいたので誰も本当のことは話せない。

「話してしまったらやめろと言われるに決まってる」からだ。

 

ともあれ、少尉たちの挑戦はその幕を切って落としたーー

 

 (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・

下士官嬢の不満をそのままにしておけばきっとどこかで軋轢が生じる。というわけで平野ヒラ女少尉と大久保少尉は考えたようですが、宮本少尉そんな提案していいのでしょうか??

どんなことがさて、起きるでしょうか。次回をお楽しみに!

 

 

TOTOネオレストのCM、ビッグベンとリトルベンのこれが大好きなんです!可愛いリトルベンにご注目を!

各種講義開催中!

艦内では各配置の指揮官などによる「講義」が行われる場合がたびたびあるーー

 

今日は機銃の平野ヒラ女少尉の肝いりで、機銃員ー特にまだ経験の浅い兵隊嬢ーたちを集めて講義が開かれている。今日のトレーラー水島は曇りの天気なので日差しもそれほど強くないので露天甲板に集まった皆は海からの風に吹かれて気分よく平野少尉の講義を受ける。

少尉の補助に長妻兵曹と増添兵曹がしかつめらしい顔でそばに立ち、給弾箱を素早く装填して見せたり射手席・旋回手席に座って平野少尉の号令に合わせて機銃発射の様子を再現し、一等水兵嬢たちは

「下士官ともなると動きが素早いのうー。うちらまだまだじゃねえ、早うああならんといけんわい」

と言って二人の動きに見入っている。

平野少尉はそれを見て満足げにうなずいた後おもむろに機銃砲身に手をかけ、いつもの「エッチな」たとえを持ち出し、水兵嬢たちの度肝を抜く。

曰く、

「機銃も長時間発射すれば砲身が赤くなり熱を帯びて曲がってしまうことがある。そうだな?長妻兵曹、増添兵曹?」

それに二人は(ほれきたで!少尉のあのしょうもないたとえ話)と顔を見合わせてにやっとする。二人は「はい、ぐったりしてしまいます」と答える。平野少尉はうんうん、とうなずいて

「撃って撃ちまくって、撃ちおわった後はさすがの砲身もぐったりだ、これをどう考える?」

というと、ここぞとばかりに長妻・増添は声を張り上げて

「ハイーッ、〈イッちゃう〉のであります!」

と言うのである。

水兵嬢たちはどういう顔をしていいのかわからずあいまいな笑みを浮かべて「…はあ、ほうですか」というだけである。

その様子を離れた場所の機銃座から見ていた辻本上水は「まーた始まりよった、平野少尉とあの二人のしょうもないスケベえなたとえ話。まあ、機銃の連中は一階はあの話を聞かなきゃ一人前とは言えんもんなあ」と独り言ちながら砲身にブラシを入れてごしごししている。

 

また、前檣楼トップの防空指揮所では今日は気象班の数名が天辰中尉の「雲の流れの見極め方」講義を受けている。

天辰中尉は「つまりこのトレーラーにおいては特に南から天気が急変する場合が多く、南から黒雲が沸いた場合長時間大雨が降ったり雷が鳴る場合が多い。スコールの場合とは雲の形状が違うので要注意である。ではあの雲をあなたはどう見る?」などと言って長い棒で上空を指しながら話をする。

指し示された雲を双眼鏡で検分した兵曹長は

「うーん…。あの程度ですと、風の方向を含めて水島には降雨無し、だと思います」

と答え、天辰中尉は「よい答えです。あなたの予報、当たりますよ。あの雲の流れだとここには降りません、そもそも今日は安定した曇天ですから。この曇天の原因はー」とさらに話を続け、気象班の皆は指揮所をぐるぐる回って全天を観察。そのあと

「では前甲板に行って気象ゾンデを見ます、―お邪魔しました」

と言って一行は指揮所を後にしていった。

その様子を見ていた酒井水兵長は

「気象班、結構大変な配置じゃねえ。うちはぼんやりじゃけえ、務まらんわい。―いうてここもぼんやりじゃ務まらんわねえ」

とひとり呟いてくすくす笑っている。

 

そして第一主砲前では麻生分隊士と桜本兵曹、そして復帰なった小泉兵曹が各配置の見張担当を集めて講義の真っ最中である。

今回は分隊士中心の講座で、桜本と小泉は仲良くその手伝いをしている。分隊士の

「この艦影は何だ。わかるもの?」

という声に小泉兵曹は素早く一枚の厚紙を皆に提示する。そこにはある艦のシルエットが黒く浮き出ている。

ハイハイ、ハイと手がいくつも上がる中分隊士は「ではそこの彼女」と言われた水兵嬢は自信満々で

「我が帝国海軍の〈高雄〉であります」

と言って分隊士は「その通り。前檣楼部分に特徴がある」と言ってレクチャーする。ついで「これがわかるもの」と言って今度は桜本兵曹が掲げた紙に書かれたのは飛行機の機影である。これもすぐに手が上がり「アベンジャーです」「正解!」

そして「ではこれは何だ」と出されたのは何やら不思議な形の影である。数瞬皆がざわめき誰かが「うーん…あ、伊号800潜水艦でしょうか」と言ったが麻生分隊士は笑って

「残念。これは〈トレーラー水島〉の島影である。島の形を覚えておくのも見張としては大事なことであるからトレーラー環礁及び西太平洋の要所要所の島の形を印刷したものを配布する。いずれ試験を行いたいと思うからしっかり覚えておくように。しかし艦影や敵機に関してはそれぞれよくわかっているようで何より、安心した。ではこれにて散開」

と言って皆はそれぞれの場所に帰ってゆく。

その後姿を見送りながら小泉兵曹は、前とは違って何かつきものが落ちたようなさっぱりした表情で資料をかたずけながら

「思い出しますのう、昔うちらが麻生分隊士のこの講義を受けたときのこと」

と言ってオトメチャンを見て笑った。オトメチャンも「ああ、あれなあ。あんときはみんなで笑うたもんじゃ」と言って思い出し笑いをした。

麻生分隊士が「ハテ?そがいに面白いこと、あったかいな?」と首を傾げた。小泉兵曹が

「分隊士が『この艦影を解るもの!』いうて出した艦影にうちが自信満々で手ぇあげて、分隊士が『小泉上水、言うてみい』言われたんへうちが立ち上がって『こげえなもん解らんで見張り員は務まりません、答えは〈オバマ級戦艦〉であります!』いうたら分隊士真っ赤になって怒って『貴様偉そうに言うな、アホンダラ!不正解、これは帝国海軍の〈長門〉じゃ。もう一遍顔洗うて出直して来い』言われたんをうち、そのまんま受け取って『はいでは顔を洗うてきます』言うてすたすた行ってしもうて…。みんな最初はポカーンとしてそのあと大笑いでしたなあ」

と思い出話を披露し、麻生分隊士も「ああ、あの時のことか!ありゃ正直参ったで?とんでもないおなごが『大和』に乗ってきよった、思うて」と言って三人は笑った。

 

その晩、巡検後…

ひそかにとある場所―第一主砲砲塔の上―で秘密の講義が開かれようとしていた。出席者は数名、桜本兵曹に他分隊の三名の水兵長そしてなぜか航海士の樽美酒少尉である。桜本兵曹は「樽美酒少尉、この集まりはいったいなんでありましょうかのう?誰がうちらを集めたんでしょう」と少尉に尋ね、三人の水兵長たちも不安そうに少尉を見つめた。樽美酒少尉は首をかしげて

「私もよくわからないのよ、ただ『集まってほしい』って伝言が来ただけだから」

と言ってこれも不安そうに皆を見回した。曇りで月の出ない夜、なんか不気味さが増してくる。

と、誰かが砲塔の上にラッタルを使って登ってくる音がし一同緊張した。「誰じゃろう」と小さくオトメチャンが言った途端、

「皆さまお待たせしました~」

と聞き覚えのある声が。はっとしたオトメチャンが見上げたその人こそ…

棗佐和子主計特務大尉、であった。皆が一斉に立ち上がり敬礼するのへ棗大尉は満面の笑みで手にした紙の束をかかえなおし、「そんなのいいから座ってちょうだい?楽~に座ってほしいの。話の内容が内容だから正座してると疲れちゃうわよ」と言ってその場に胡坐をかいて皆も倣う。

樽美酒少尉が「これはどういう集まりでしょうか、何か…主計関係の集まりだとしたら、私たちちょっと畑違いではないかと思うのですが」というのへ棗大尉は

「あら!やーだ、主計の関係じゃないわよう、ここにお集まりの皆さまはいわゆる<おぼこちゃん>でしょう~?だから私おぼこちゃんのための性教育講座を開設いたしました!というわけで、ハイこの資料を見て頂戴」

と分厚い資料を皆に手渡し、<おぼこちゃん>たちにとってはそれはそれは恥ずかしい講座は始まったのであった。しかもこの講義、「来週も致しますからね、この資料はなくさないように。―ええか絶対出席せえや!バックレたら草の根分けても探し出すで、ええなあ!」と恫喝され、さぼることなど不可能なのであった。

桜本兵曹、(ひやあ、こがいな恥ずかしい講義うちよう受けんわ…ほいでも出席せんとなにされるかわからんけえ出るしかないなあ)と困り切っているーー

 

         ・・・・・・・・・・・・・・・

よく、飛行兵たちが機影や艦影を識別する訓練をしていたという話は聞きますが、果たしてほかの部署ではどうだったか??でもこんなのがあったらと思って書いてみました。

棗大尉の性教育講座はちょっと聞いてみたいかな、ウフフ。彼女のことですから過激な内容だったかもしれませんね、オトメチャンや樽美酒少尉の恥ずかしがる顔が浮かぶようです…。

乙女の涙 2〈解決編〉

トレーラー水島に、珍しく大雨が降り出したーー

 

雨が降り出す数分前に診療所に帰り着いた繁木航海長と杉山少佐は、迎え出た看護兵曹嬢から「おかえりなさいませ。『大和』から梨賀大佐と森上大佐がお越しです」と聞かされ、応接室に入った。

二人が入ると梨賀・森上両大佐は立ち上がって「お久しぶりです。杉山少佐、このたびまたお世話になりまして…。繁木さん元気そうで安心しましたよ」とほほ笑んで迎えた。

杉山少佐は繁木航海長をソファに座らせ自分もその横にそっと座ると

「いやいや…おめでたの方を御二方も迎えることができてうれしいですよ。産科医師冥利に尽きるというものです」

と言って嬉しそうに笑った。航海長も

「杉山少佐には大変良くしていただいて、快適に過ごしております。なんだか本当のお母さんみたいで、安心できるんです」

と言って少佐を見てほほ笑む。それは良かった、と梨賀艦長が言いそれを合図のように軍医少佐は「私はちょっと外しますがどうぞごゆっくりなさってください。…ああ、大事なことが後になってしまいましたが繁木大尉は妊娠の経過は至極順調です。悪阻も中程度の強さで日によっては強弱ありますが、比較的安定しています。食事はあまりとれないようですが健康状態は良好です。今は好きなものを召し上がっていいですよ、食べられないことを気に病まないようにして気を楽に。そして…内地への帰還の時期ですが、今月中にはお帰りになれると思います」と説明した。そして少佐は部屋を出て行き入れ替わりに二人の看護兵曹嬢が紅茶と菓子を持って入ってきた。

三人は礼を言って受け取ると香りのよい紅茶と西洋菓子をいただいた。航海長も「今日は気分が良いです」と言って嬉しそうである。

窓の外が暗くなり、大粒の雨がガラス窓をたたき始めた。

ふと繁木航海長が艦長と参謀長の顔を等分に見て

「そ言えば艦長。私先ほど散歩の途中オトメチャンを艦隊司令部のところで見たんですが…どうして彼女があんな場所にいるんでしょうか」

と言った。艦長は噂話として<桜本兵曹は、小泉兵曹の釈放を願いに上陸のたびに司令部に行っているらしい>という話を耳にしていた。

が、その話を今繁木大尉にすべきではない。

梨賀艦長は「まさか、なんでオトメチャンが司令部に行くんです?それはね繁木さん、見間違いってやつですよ」とこともなげに笑って言ってのけた。森上参謀長も「そうだね、彼女が司令部に行く理由がないよ」といい、航海長も

「そうですよね、私の見間違いですね。ちらっと眼にしただけだから似てる人をオトメチャンと思っちゃったんでしょうね、やだわ私ったら、こんなおっちょこちょいなら赤ちゃんもおっちょこちょいになっちゃうかもしれませんね」

と言って笑った。

 

外は雨が激しい。

普段のスコールとは違う降り方である。『大和』の天辰中尉は「低気圧ですね。珍しいですがたまにこういうことがあるんですね。いつまで降るかって?そうですねえこの分だとあと三時間は降るかもしれませんよ」と言って将兵嬢たちは「やった!浴びるぞ」と言って裸で露天甲板に飛び出して行く。

将兵嬢たちは滝のような雨を浴びながら「ああ、ええわあ…。なんて気持ちええんじゃろう」と恍惚の表情を浮かべている。中にはオスタップを持ち出してきて雨水をためる兵隊嬢の姿もちらほら。

 

その同時刻。

桜本兵曹は艦隊司令部の玄関前の地面に両手をついてこうべを垂れ、激しい雨に打たれていた。雨は彼女の全身を容赦なく濡らし叩く。雨で跳ねた土が彼女の軍装を汚していく。オトメチャンの涙は、雨に流される。

衛兵嬢は困ってしまって自分も雨に濡れながら桜本兵曹の傍らに膝をついて

「あなた。どうやっても無駄です。司令にはお会いできませんし小泉兵曹にも会わせることはできません。こんなことをしていたら風邪をひいてしまいますよ、さあ早くお帰りなさい?」

と言ってその肩をゆすった。

が、桜本兵曹は

「どうか、どうか小泉に会わせてつかあさいー!」

と下を向いたまま泣いて叫ぶだけである。衛兵嬢はなすすべなく、玄関内に引っ込むと同僚の兵曹嬢に

「気の毒な…。ああして上陸した日には必ず来て『小泉を出してやってくれ』『わるいにんげんではないから』って土下座して頼むんだよ。なんだか気の毒で見てられないわ」

と言って悲痛な表情で外を見つめた。その服の裾からは雨水がぼたぼたと滴り落ちている。

そこに

「どうしたね、何かあったのか」

と小山田司令がやってきて、衛兵の兵曹嬢は訳を話した。すると司令は「ああ、あの子か!」と声を上げ衛兵嬢は「ご存じだったのですか司令」とびっくりしたように言った。うなずいた司令は、桜本兵曹がこの二週間ほどたびたび姿を見せて、衛兵嬢に帰るように言われるとしばしのあいだ悄然としてその場に立ち尽くしていたその姿を見ていたのだった。

そして今日…

司令はうんうんとうなずくとふいに踵を返してもと来た廊下を歩いて行った。そして小泉兵曹の入っている部屋の鍵を、見張の兵隊嬢に開けさせた。

「小泉兵曹、ちょっと来なさい」

司令にじかに声をかけられ、小泉兵曹は全身に警戒感を漂わした。見張当番の兵嬢が小泉兵曹の腰に素早くなわをくくった。縄の端を当番兵嬢が持ち、引きずられるように小泉は司令の後をついてゆく。

夕方のように暗くなった廊下、窓をたたく激しい雨に小泉兵曹は(えらい雨じゃな…ほうじゃ、この大雨なら水浴びを皆してしとるころじゃろうな)と思った。

そしてその脳裏によみがえったのは、『大和』に初乗務して初めてトレーラーに来たときの「スコール浴び方用意」で当時まだ上等水兵だった桜本と大はしゃぎして石鹸まみれになった思い出。

「…オトメチャン…」

小泉の唇がかすかに動いた。やがて司令は玄関先を見通せる窓の前に小泉を立たせた。そして

「見てごらん」

と外を指さした。激しい雨の中に、誰かがうつ伏しているように見え小泉兵曹は窓に顔を張り付けるようにしてそれに見入った。

はっ、と息をのむ音がして次の瞬間小泉兵曹は

「お、オトメチャン…!」

と小さく叫んでいた。そして両手を窓ガラスに当ててどんどんと叩いたがその手を小山田司令はそっとつかんで止めさせた。司令は雨の流れるガラス窓の外を見つめたまま

「あの兵曹は小泉兵曹がここに来てから上陸のたびにああして玄関の前で『小泉兵曹を出してやってください』『小泉兵曹は悪い人間ではない、どうか出してやってください』と懇願していたんだよ。私に会わせてほしい、小泉兵曹にひとめでいい合わせてほしいと言ってね。貴重な上陸の時間を割いてだ。そして今日もこの雨の中ああして雨に打たれている。――どうだね、小泉君。あなたのことを想って雨に打たれ泣いている人のことを想ったら、もういい加減なことをしていいとは思わないでしょう?どうか、改心してきちんと軍務に励んでほしいと思うんだが…」

とつぶやくように言った。小泉兵曹は雨水の流れるガラス窓にすがると「オトメチャン…オトメチャン…うちがあほじゃった…オトメチャン」とうめくように言って、絞り出すような声で泣き始めた。司令は、床に頽れて泣く小泉兵曹の肩に手を置くと

「いい友達がいるのに、もったいないよ。大事にしなさい。あの子の思いにきちんと応えなさい。今までのこときちんと反省し、元に戻りなさい。いいね?」

と優しく諭した。小泉兵曹は泣きながら「はい、わかりました。うち、まちごうてました。自分の思い通りに人生行かんからって、上手いこといっとる桜本をねたんだりして、ほいでひねくれて軍務をおろそかにしたりして…。その上うちは、口先だけうまいこと言うたらみんなが騙されてうちを解放してくれる思うて…うちは本当に悪党です。ほいでもうち本当に反省しました。本当に…艦のみんなにすまん事をしてしまいました…」と司令の足にすがるようにして言った。

小山田司令は厳しい顔を作って小泉兵曹の前にしゃがみその肩をしっかりつかむと

「信じていいのだな?もしまた同じことをしたときは…わかっておろうね」

といい、小泉兵曹は「もう決して致しません」と宣言した。

その外では、まだ桜本兵曹が涙にくれながら土下座を続けているーー

 

それから数日ののち、『大和』艦長宛てにトレーラー艦隊司令小山田イツ少将から小泉兵曹を釈放するという旨の知らせが届いた。艦長は急いで上陸し小山田司令と逢った。

司令は、小泉兵曹が本心から今回のことを悔やんで改心したことを報告し「今後同様の事件を起こしたときは軍法会議に掛けられても不服を言わない」旨を誓約したと言った。

そして

「小泉兵曹を改心させたのは桜本という兵曹のおかげですな。桜本兵曹は上陸のたびここで小泉を許してほしいと地面に顔をこすりつけんばかりにしていましたからね。あの大雨の日、泥に汚れながら土下座している桜本兵曹を見てさすがの小泉兵曹も心を動かされたのですね。あれを見聞きして改心しなかったらそれは本当の〈悪党〉ですよ」

と小泉兵曹の言葉をちょっとだけ借りて言い、梨賀艦長は「やはり…あの噂は本当だったのですね」とうなずいた。

 

さらにその三日後、小泉兵曹は司令部の一室から解放されて『大和』に帰艦してきた。

最上甲板で出迎えたのは桜本兵曹他の配置のものたちで、桜本兵曹は周囲の目も気にしないで「小泉兵曹!」と叫んで抱きついてきた。小泉兵曹もオトメチャンを抱きしめ、

「すまんかった、本当にすまんことをした…ごめんなあオトメチャン、うちはオトメチャンにえらい心労をかけてしもうた…。ほいでほかのみんなはうちを許してくれるじゃろうか」

と言って泣いた。

オトメチャンも泣きながら

「もうええ、もうええんよ。みんなも小泉の帰りを待っとってなけえ、誰ももう怒っとらんで?じゃけえまた仲ようやろうな…小泉」

と言って二人は涙にぬれた顔を見合わせてほほ笑みあった。それを見ていた分隊長、分隊士ほかの瞳もいつしか濡れていた。

 

乙女たちの涙は、くすんだ心の埃をすっかり洗い流してすがすがしいトレーラーの海と空の色を映し出していた――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうなることかと思った小泉兵曹の事件も、オトメチャンの行動で無事終息しました。この上はもう、決しておかしなことをしないで仲良くやってほしいものです。

さて次回は??

乙女の涙 1

小泉兵曹は今も艦隊司令部の建物の中に<監禁>されているーー

 

兵曹は鉄格子の中からトレーラーの青空を見上げてはため息をついていた。もう今日でいったい何日ここにいるのだろうか、数えてみるともう二週間ほどになるだろうか。

先週の司令との面談では「兵曹はまだ恨み言を言っているらしいな。それに我々を舐め切ったようなことも言っていたそうではないか。その心根を直さない限り艦には戻れない、ここからは出られない。あるいは内地に送還して除隊という処分になるぞ」と言われて驚愕した兵曹であった。

兵曹の、独り言は司令部の見張当番に聞かれていて、当番の兵曹はその発言を危険なものとみなして司令に報告したのだった。

(すべて筒抜けだったか…)

小泉兵曹は自分の間抜けさに嫌気がさしてきた。そして(あんなこと言うんじゃなかった、きっと司令たちはうちの心の中まで見通してるに違いない…、うちはもう参った。本当に反省するけえもうここから出たい)と本気で思うに至った。食事は艦にいた時とは比較にならないほど粗末だし、風呂にもまだ二回しか入っていない。布団も薄くてなんだか痒い。もう本当にここは御免だ。

小泉兵曹は部屋の鉄製のドアの鉄格子にすがると

「出してつかあさい!うち、うち本当に反省しましたけえお願いです、出してつかあさいー」

見張の兵曹はドアにはめ込まれた鉄格子のあいだから顔を見せると小泉をにらみつけて

「貴様、そんなことばっかり言って何度も同じこと繰り返してきたらしいじゃないか。そんなやつの言うことどうして信用できる?ふざけるのもいい加減にしろ、貴様はな、もう海軍にいられない人間なんだ。覚悟しておけ、そのうち内地送還だ」

と吐き捨てるとドアを蹴飛ばして去って行ってしまった。小泉兵曹は「そんな、そんな!お願いです、うち本当に心を入れ替えましたけえ、お願いです、どうか願います」と泣きながら叫んでいた…

同じころ、司令部の玄関では衛兵嬢が困り顔で一人の訪問者と向き合っていた。衛兵は「そういわれても…出来ないのです。司令の許可がいるのです。何度来られても同じです」と言って、訪問者は肩を落として帰って行ったのだった。

 

その訪問者は桜本トメ一等兵曹で、彼女は旧知の仲の小泉兵曹が艦を下ろされた後彼女の身柄がトレーラー艦隊司令部に預けられているのを知った。そしてその待遇を佐奈田少佐から聞いて衝撃を受けたのだった。

「そんな、そがあな目ぇに小泉はおうとるんですか…そんな、まさか」

オトメチャンは呆然として突っ立ったままだったが佐奈田航海長はその肩をやさしく叩くと「仕方がないんだよ、あなたにも分かるでしょう?小泉兵曹は秩序を乱した、だから艦隊司令部預かりとなったんだ。この後も改心がなければ内地に送還されるかもしれない。あとは…彼女次第だね」と言ったのだった。

それを聞いた後からオトメチャンは上陸のたびに艦隊司令部を尋ね、門の前にたつ衛兵嬢に「小泉兵曹がここに居ると伺いました、どうか会わせてつかあさい。小泉はそげえな悪い人間と違います、きっと何かの間違いです、はように出してやってつかあさい」と頼んでいたのだった。

が、艦隊司令の許しもなく建物に入れることもできず衛兵嬢はオトメチャンを門前払いするしか方法がなかった。

「申し訳ない、本当に申し訳ないが入れるわけにはいかないのです…。どうかわかってください。小泉兵曹の件は今はまだお話するわけにいきませんので。ごめんなさい」

衛兵嬢はそう、すまなそうに言って、背中を向けて悄然と去ってゆくオトメチャンに向かいそっと敬礼した。

衛兵嬢は(あの小泉とかいう兵曹、こんなに思ってくれる友達がいるというのになんてやつなんだろう。男にうつつを抜かして軍務をなおざりにして、恥ずかしいと思わないのだろうか。あの綺麗な兵曹が気の毒だ)と思って去ってゆくオトメチャンの背中を見つめていた。

 

上陸のたびに尋ねてくる桜本兵曹の話は、やがて司令の知るところとなった。トレーラー艦隊司令の小山田イツ少将は副官の本川知美大佐を呼んで

「『大和』の下士官が、たびたびここを訪ねてくるようだが?」

と言った。本川副官ははい、とうなずいてから

「小泉兵曹が収監されてからまもなくです。どうも上陸のたびにここにきているようです。なんでも小泉兵曹とは海兵団の同期だとか」

と言った。

ほう、上陸のたびに?と副官を見つめた小山田司令に、本川副官は

「そうです。そして衛兵に『小泉兵曹に合わせてほしい、あいつはそんな悪い人間じゃない、早く出してやってほしい』と懇願するんだそうです」

と言ってかすかにうつむいた。そして

「そんな風に思ってくれる人間がいるのに、あいつはどうしてああなんでしょうね。本当に反省してるとは私には思えないんですが」

と衛兵嬢と同じ感想を言ってため息をついた。

小山田司令は

「全くだね。…しかしこのところ小泉兵曹の態度が少し変わってきたと当番の下士官が言っていたね」

と副官を見ると副官はうなずいて

「はい、ずいぶん泣いて『申し訳ない、申し訳ない』と言っているようですが…しかし!信用してはなりません。『大和』副長の話によればもう先からそんなことを言っては覆されているようですから」

と最後は厳しく言った。

小山田司令もうなずきながら

「そうか…。ここを出たい一心で、嘘偽りを言うということも考えられるからね。もうしばらく様子を見てみないと判断尽きかねる。しかし、厄介なものもいればいたものだ。『大和』艦長もさぞお困りだろう」

といい、二人はそれきり沈黙してしまった。

 

それから数日後、佐奈田少佐に新しい辞令が発せられた。それは

「佐奈田ヨウ海軍少佐 ○月×日付にて『大和』乗務を任ズ」。

これまでは繁木航海長の代理として乗務で、当座の航海長であったがこれで正式に『大和の航海長』として仲間に加わることとなった。

松岡中尉がこの話を航海科の皆に伝え、皆は「えかったねえ、佐奈田航海長!せっかく仲ようなったんじゃけえ、居ていただきたいわい。これで繁木航海長もご安心じゃろうね」と喜び合った。

その繁木航海長は、身重となり悪阻の体をトレーラー海軍診療所の一室で休めている。

繁木航海長は、気分の比較的良い日には杉山産科少佐とともに診療所やその周辺を軽く散歩することもあった。

杉山少佐は

「山中中佐は本当にひどい悪阻でしたからこうして散歩もできませんでしたが、繁木大尉は中佐よりはやや軽いとお見受けしました。…つらくなったら帰りますから、遠慮なく言ってくださいね」

と言い微笑んだ。

繁木航海長よりじっと年上の杉山少佐を(お母さんみたいだ)とうれしく感じた繁木航海長は

「ありがとうございます、今日はとても気分が良いんです。もう悪阻は終わったんじゃないかと思うほどです」

と言ってほほ笑み返した。

杉山少佐は「たとえ明日、またきつくなっても心の中では楽しいことを考えていてくださいね、そうしたらつらさの半分になりましょうから」と言って航海長の背にやさしく手を当てた。

二人はもう少し歩いて、トレーラ艦隊司令部の前まで来ていた。

司令部を右手に見ながらその前を通り過ぎようとしていた繁木航海長はふと、立ち止まった。

どうしました繁木大尉、と問う杉山少佐に

「いえ…。なんでもありません」

とほほ笑む繁木航海長。その航海長に杉山少佐は「そろそろ戻りましょうか、なんだか雲行きが怪しくなってきましたよ。降られると体を冷やしますから、戻りましょう」と言って空を指した。

南の空に黒い雲がわいて徐々に広がりつつある。

繁木航海長は「どっと来そうですね。では戻りましょう」と言って、二人は踵を返したが繁木航海長は

(あれは…オトメチャンではなかったのか知ら?なんで艦隊司令部に彼女が?

と不審に思っているーー

 (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・

小泉兵曹その後です。

本当に改心したのか?と疑念を持たれている小泉兵曹、ちょっとかわいそうな気もしますが彼女の身から出た錆でしょう。

そして佐奈田少佐は正式に『大和』乗務になりこれで安心のみんなです。

そして身重の繁木航海長、オトメチャンを見た…??

プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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