心の傷の治し場所

桜本兵曹は、<特別休暇>をいただいて水島に上陸したーー

 

一緒に上陸したのは副砲分隊の高田兵曹。彼女は副砲の分隊士、分隊長そして黒多砲術長から二日ほど前「これこれこういうわけで桜本兵曹と一緒に三日ほど過ごしてほしい。そのあと代わりをやるからその間兵曹をみてやってほしい」と言われさらにそのあと医務科の日野原軍医長に呼び出され、「オトメチャンには<特別任務>にかかる<特別休暇>が出ている…その間あなたの家に彼女を置いてやってほしい。彼女ちょっと訳ありでね…って知ってるんだ?なら話は早い、その間数名で変わりばんこに彼女をそれとなく監視していてほしいんだわ。一人では置いておけないんでね、じゃあ申し訳ないがあなたの家、使わせてやってね」と言われたのだった。

高田兵曹は(ほんま気の毒な人じゃなあ、オトメチャンは)と心痛めつつも(うちがいる間はうちになんでもわがまま言ってええからの、オトメチャン)とまるで彼女の姉のような気持になっている。

水島の繁華街を歩いてゆく二人、多くの海軍将兵嬢や現地の人たちや憲兵嬢たちが明るい日差しのもとで顔つきさえ明るく歩くのを見ながら

「ねえ腹減らんか?」

「いやまだ減らんです」

などと短い会話を交わしながら歩いてゆく。やがて繁華街を抜け、海の見える場所までくると高田兵曹が

「オトメチャンは知っとってじゃろ、うちの家。いつだったか<ごみ屋敷>じゃ言うてみんなで片づけに来てくれたことがあったのう」

と言って肩をゆすって笑った。オトメチャンもかすかに笑った。高田兵曹は家の玄関の扉をガラガラと開けた。

オトメチャンは「高田兵曹、鍵はかけんのんですか?」と小さく尋ねた。高田兵曹はニッと笑うと

「かけんのじゃ。ここは部屋さえ空いて居ったら使えるようにしとってなけえの。うちの自室だけは部屋の前に表札つけとってじゃがそれ以外はどの部屋でもあいとるところは使うてええよ、ということになっとる。みんな決まりを守ってきちんと使うてくれるけえなあも心配ないわい」

と言って「さ、入りんさい」とオトメチャンの背中をそっと押した。

オトメチャンは身の回り品の入ったカバンを抱えて「お邪魔します」というとそっと中に入った。いつか片付けに来た時よりずっときれいになってオトメチャンは(ほう、えらいきれいになったねえ)と思った。高田兵曹が

「二階に行こうや。オトメチャンは二週間休暇があるけえ眺めのええ部屋のほうがええじゃろ?」

と言って先に階段を上がってゆく、そのあとを追いながらオトメチャンは「高田兵曹、気ぃ遣わせてしもうたみたいですみません」と謝った。階段を上がり切って廊下に出た高田はそこでオトメチャンを振り返ると

「オトメチャンうちらもう長い付き合いじゃで?そがいに他人行儀なものの言いかたしなさんな?アンタは立派に特別任務をこなしてきたんじゃ、堂々としとらんか?」

と言ってその肩をパンパン叩くと「ほいじゃあオトメチャンの部屋はここじゃ」と言って一つのドアを指さした。ドアを高田が開けた、中は洋室になっていて「ちいと古いがベッドもあるで」と高田兵曹は言って窓のカーテンを音を立てて開けた。明るいトレーラーの日差しが部屋いっぱいに広がって、その日差しの中高田は「ほりゃ、ええ眺めじゃろう~」と窓を開け放った。

オトメチャンはその眺めに(こげえなええ眺めがあるなん、うちゃあ知らんかったよ)と思った。高田兵曹は部屋の中の扉を指して

「荷物はここに入れたらええ、ほいでの、どこか出かけるようなときはこの部屋の鍵がここにあるけえ掛けていったらええよ。貴重品もあろうから、その辺は自分で管理せんといけんで」

と教えてくれた。そして高田兵曹は

「疲れたじゃろう。――いろいろ大変じゃったね、ここではなあも気兼ねも遠慮もいらんけえ、自分の家みとうにしとってええんじゃけえね。眠るもよし、その辺に出かけるもよし。好きにし?うちはこの隣の部屋じゃけえ、なんかあったら言うてこいや」

とほほ笑むと軽く手を振り部屋を出た。ドアが閉まるとオトメチャンはふっと息をついてベッドにそっと座った。気持ちの良い風が開け放った窓から吹き込んでオトメチャンの頬を撫でてゆく。

かすかな潮騒が聞こえ、オトメチャンは荷物を高田兵曹に教えられた扉を開いた中に入れるとベッドに寝ころんだ。

風に吹かれ、潮騒を聞きながら目を閉じると涙があふれてきた。失くしたものの大きさがひしひしと感じられオトメチャンの喉はひくっと鳴った。それを合図のようにオトメチャンの目からは滂沱として涙が流れだし、オトメチャンはベッドにうつ伏すと思い切り泣き始めた。

 

その悲痛な泣き声を、隣の自室で高田兵曹は身を切られるような思いで聞いていた。そして

(紅林とかいう野郎、話によれば女と一緒に内地へ逃げくさったらしいのう。とんでもねえ野郎じゃ、いつか会うたらただじゃおかんけえな!)

と怒りに身を震わしている。

ーーこの時点ではまだ、二人は紅林と英恵がたどった過酷な運命をまだ知らないーー

 

オトメチャンは南国の風に吹かれつつ泣きながら眠った。そして夢を見ていた。

――オトメチャンが気が付くとそこは<飛龍>の甲板上であるような、しかし<大和>の最上甲板であるような判然としない場所で横たわっていた。オトメチャンは(ああ、うちは戦闘で死んだんじゃったな。うちは護国の英霊になったんじゃ)と思ってその場に広がる乳色の霧のような煙のようなものを見つめていた。そこに足音がした。(誰じゃろう、うちの死体を見つけに来てくれたんじゃろか。麻生分隊士、それとも松岡分隊長じゃろか。それか小泉兵曹?誰じゃろう)オトメチャンは動かない体のままで考えた。

そのオトメチャンの頭のそばを歩いてきた二人がいた。その二人のうち一人は紅林、もう一人は顔が見えないが女性のようである。

「く、紅林さん…うちはここじゃ。お願いじゃけえ気が付いて?助けて」

声の限りに叫んだつもりだが彼らはちっとも振り向かない。ばかりか紅林は傍らの女性の肩に手を回し「私はあなたが一番好きじゃ。あの娘より大好きじゃ」とさえ言っているのが聞こえ、オトメチャンは「紅林さんそがあなこと言わんで、うちに気がついてつかあさい」と叫ぶが二人は身を寄せ合って歩いてゆく。紅林さん、と叫んだとたん二人に突然大波が襲い掛かり、二人の姿は消え去っていた。オトメチャンは動かない体をそれでも何とか動かすようにして叫んでいた、「紅林さん―ッ」。やがて、周囲にみなぎっていた乳色の霧は晴れていき、二人がさっき来たのとは別方向から誰やら人影が近づいてきた。その人は良く顔も見えなかったがオトメチャンのそばに膝をつくと優しくその体を抱き起した。

「あなたは、どなたでしょう?」

オトメチャンがそういった瞬間――目が覚めた。

 

オトメチャンは汗びっしょりでベッドの上で目を覚ました。息が荒かった。

そっと起き上がり、収納戸棚に仕舞ったカバンの中から手ぬぐいを取り出すとそれで顔や首筋の汗をぬぐった。軍装をすべて脱ぎ下帯一つになるとふーっと息をついてベッドに座りなおした。そしてさっき見ていた夢を反芻した。

あの夢はいったいどういうことなんじゃろうか。

紅林さん、あの女の人と一緒にどこへ行ったんじゃろうか。

二人を飲み込んだあの大きな波はいったい何なんじゃろうか。

ほいで、うちを優しゅう抱き上げてくれたあの人は誰なんじゃろうか。

「…なんでもええわい。もう」

オトメチャンは感情のあまりない瞳で窓外の風景を見渡すとそうつぶやいた。もう何もかも煩わしかった。だから今回実質独りになれるのがうれしくもあった。もううちなんぞどうなってもええ。こげえなことになるならあの時落ちてきた爆弾に当たって死んどったらえかったなあ。

オトメチャンの視線が、下に落ち自分の下帯の一部が目に入った。途端にあの時の紅林の言葉がよみがえった。

「…男がほしいだけなんじゃろうが、ほんなら一度だけ俺の<>をくれてやろう…このあばずれが」

ちがう、違うんじゃとオトメチャンは両手で耳を覆うようにしてベッドに身を投げると再び泣き出した。

 

その晩は何も食べることも部屋から出ること見なかったオトメチャンであったが翌日の昼過ぎ、高田兵曹の部屋を訪れるとどこか切羽詰まったような顔で高田兵曹に頼みを切り出した。その頼みに高田兵曹は耳を疑い

「ほんまに言うとんか?ほんまかいね?」

と何度も念を押し、オトメチャンはしっかりとうなずいたーー

  (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・・・・・

オトメチャン、<特別休暇>で心の傷をいやせるでしょうか。どうか少しでも癒してほしい…。そしてオトメチャンが見た夢の中で彼女を優しく抱き上げた人物はこの後実際に現れるのでしょうか?

そして高田兵曹に頼み込んだこととは??次回をお楽しみに!

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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
傷心のオトメチャンの夢に現れいでた人はいったい誰でしょうか。
彼女はとんでもないことを高田兵曹に頼むことになります。

つらいことは忘れて元の笑顔のオトメチャンに戻る日はいつ…?

夢の中に現れし誰かさんの正体は?オトメちゃんの頼み事とは?

何となくやけっぱち、そんな気持ちもわかりますが、とにかく前を向いて欲しいですね。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
続けてお読みいただきましてありがとうございます!
傷ついた心に特効薬はないですがここは腰を据えて時間をかけて癒すしかないですね、焦りは禁物。
手ひどい裏切りを受けたわけですから男性不信もあるでしょうし…どんなお願いを彼女はするのでしょう、次回をお楽しみに!

今日はいきなりの雷雨でびっくりしましたがそちらはいかがでしたか?桜もびっくりの夕方の珍事?でしたw。

おっちゃんさんへ

おっちゃんさんこんばんは。コメントありがとうございます!
心の傷を治す妙薬はやはり時間ですよね。時間をかけて直すのが何よりだと思います。
そしてもしかしたらオトメチャンに新しい恋が始まるかもしれません。今度こそ幸せになってほしいものです。
どうぞ見守ってやってくださいませ^^。

こんばんは。
2話続けてよませていただきました。時薬という言葉もありますが、まだまだ時間が必要ですよねぇ・・・ただフラれたとかじゃないですし・・・ヤケになってへんなお願い事をしていないといいのですが。

No title

オトメチャンの心の傷を癒せるのは時間だけでしょう。
で、そのあとは新しい恋が待っているでしょう。夢の中の人は予知夢みたいなものでいずれオトメチャンの愛しい人になるのかも・・・。
とにかく、優しく見守るしかないですね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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