2017-10

さようなら、初めての恋 - 2017.03.26 Sun

紅林次郎は、オトメチャンとの別れより先に内地の実家に手紙を出していた――

 

その手紙を受け取った紅林の両親の衝撃はただものではなかった。彼の父親の喜重郎はその手紙を握りしめたまま「なんてことを、次郎のやつは。しかも香椎の娘とそういう…」と言って絶句した。その手紙を横からそっと取って読んだ母親の敏も「どうして…あんなに好きだった人を。お父さん広島の桜本さんになんといってお詫びしたらいいんでしょう」と言って泣き出した。喜重郎は両手こぶしを固く握ったまま動かない。

息子・次郎からの手紙には『桜本トメとの縁を解消しました。あのような娘は私には合いませんでした。実はトレーラーに来てすぐ<南洋新興>の香椎英恵さんと出会い意気投合しました。以前は積極的になれなかった私ではありますが今回は積極的に英恵さんと話ができるようになり、お互い好感を持っていることを知りお付き合いを始めることとしました。驚かれることとは思いますがもう、契りも交わしました。ですから私は英恵さんと結婚の話を進めます。広島の桜本の養家に行ったそうですがそちらには私から断りの手紙を書いておきますのでご心配なく』と言った内容が書かれていた。

「勝手なことを、なにがご心配なく、だ。…あいつ、英恵にたぶらかされたな」

喜重郎はこの発端は自分の兄のせいだと思った。兄の仙太郎がいつだったかこの家に来たときしきりに香椎英恵との縁談を勧めたがっていたのを思い出したのだ。

しかも、(契りを交わしただと!どっちも不純だ、絶対許せない)と喜重郎は思い、妻の敏に

「いいか、こんなしょうもない息子ははなっからいなかったと思うんだ!自分自身がこの人ならと決めて会社の社長に頼み込んで付き合わせてもらった人をこんなひどい形で傷つけて自分はほかの女といい思いをしようとするなど人の道に外れている!絶対私は許さん、いいなお前も次郎を許してはならんぞ、金輪際あいつはうちの敷居をまたがしてはいかんぞ!」

と怒鳴った。敏のひきつったような泣き声が部屋の空気を引き裂いた。

 

桜本トメの養家にも紅林からの手紙が届いていた。

トメの祖母も、長男の凱夫も、トメの養母のきゑ子もその手紙を卓の上において見つめたまま黙っている。ようやく祖母・イトが「こげえなことがあってええんじゃろうか」とつぶやいた。凱夫が「ええわけないじゃろ」と言いきゑ子が「トメちゃんがかわいそうじゃ」というなり泣き出した。

イトが

「あちらさんのご両親、えらい喜んで来んさったんじゃが、きっとご両親もがっかりしとりんさるじゃろうねえ」

と落ち込んだ声で言った。紅林の手紙には、自分の両親が先走ってそちらをおうかがいし話を進めたらしいがこういうわけで私からあきらめさせたということが書かれていた。

凱夫が

「逢えん時が長うていうて…なけえ他のおなごに心移すなん、漢のすることではないわい!そんとな男と添わんでトメちゃんは良かったかもしれんわい。モノは考えようじゃ、この先のトメちゃんの幸せを祈ってやろう。過ぎたことや変わってしもうたことをあれこれ考えても仕方がないけえの。ばあちゃんもきゑ子も、もう泣きんさんな。ええな」

とそれでも怒りを抑えて言った。凱夫の閉じたまぶたから、涙が流れた。イトがこらえきれず泣き伏した。

 

紅林の件は広島の本社に伝えられた。

孝太郎は、息子の進次郎からの知らせに絶句して立ち尽くしていた。妻のエイも信じられないものを見る眼付きで紅林からの手紙を見つめたままである。ようやっと孝太郎は

「あの男。自分から頼んでおいて勝手な理由で反故にするなん、漢の風上にもおけん。人の心をもてあそんで自分だけええ思いをしようとするなんぞ人の道にも外れとってじゃ。桜本さん気の毒に…わしはあん人になんと言うて謝ったらええかもうわからん。…ほうじゃ、紅林を急ぎ内地に帰還させんといけん」

というと部屋をあたふたと出て行った。部屋に残されたエイは、紅林からの手紙をつかむとぐしゃりと握り潰し

「あれほど好きじゃ好きじゃ言うとったんに…。ひどいことをしよる、紅林さん。あんたに人の心はあるんか?」

というと悲痛な声を上げて泣き出した。エイは、桜本兵曹が気の毒でたまらなかった。トレーラーに飛んで行って抱きしめてやりたいと切に思った。

 

紅林は社長、トレーラー支社長の逆鱗に触れてしまった。仲間の社員たちからも「許婚がおりんさってのに飛んでもなあ人じゃ。そがいな人とは思わんかったのになあ」とあきれられてしまった。<南洋新興>側でもことを重く見て、香椎英恵をトレーラー合弁準備室長の任を解かざるを得なくなった。<南洋新興>グアム支店長の身で合弁会社設立のためトレーラーに出向中の佐野基樹からの連絡を受けて<南洋新興>社長である英恵の父親は英恵の任を解いたものの、それでも自分の娘をかばうのに必死で『紅林と一緒に内地に帰れ、悪いようにはしない』と電報を打ってきた。

紅林と英恵は、まるで夜逃げのごとく内地へ向かう民間輸送船に乗り込んだ。

しかし、輸送船がマリアナ諸島を抜ける前大きな台風に巻き込まれ、船は二つに割れて乗員は海に投げ出されてしまい多くの死者・行方不明者を出した。

その行方不明者の中に、紅林と英恵の名前があることをーー桜本兵曹たちが知るのはこの事故からずっと後のことになる。

紅林の両親は「自業自得ということがある。次郎にはこれがそれ相応の報いだったのだろう。どこかで生きているかもしれないが、内地の土は踏めないだろう。桜本さんには次郎とのことは忘れてよい人を見つけてほしい」と言って静かに瞑目した。

英恵の父親はあまりのショックに倒れ、仕事に復帰できなくなってしまった。社長の座を、副社長だった高田兵曹の伯父という人が継いだのを彼女が知るのはそれから間もなくだった。高田兵曹はそれを聞いて

「ほうね。あん伯父さんが社長に…ほいでもうちとは関係のない人なけえね」

とふっと笑った。佐野も、「そうですよ。会社のこととあなたは全く別ですから」と言って二人は笑いあう。

 

桜本兵曹は、あれ以来あまり口を利かなくなった。どこかうら寂しい、そして冷たい目の光をたたえているようになった。艦内では「オトメチャンには元許婚の話を絶対しないこと、当たり障りのない話だけすること」という触れが出て、皆は「なんてかわいそうな、ひどい話じゃ」とひそかに涙を流したがオトメチャンにはごく普通に接している。

機関科の松本少尉や、内務科の岩井中尉などはため息をつきながらも

「こればかりは時間を待つしかなかろう。そのうちええ人が現れて気分も晴れるじゃろう、そん時を待つしかない」

と言う。

オトメチャンはそんな皆の気遣いを感じながらも(ほんまにごめんなさい、あがいな目にあわされてもうちはまだあん人を忘れられんのです。すっかり忘れる日が来るまでどうか、どうか…)と思うのであった。

 

粉々に打ち砕かれた愛のかけら、それをすっかり始末するにはそれ相応の時間がかかる。つらい時間がオトメチャンを待ってはいたが…彼女に新しい愛の気配がもう、どこかで動き始めているのも確かな話であった。

ただ、その愛にたどり着くにはもう少し時間を必要としているが――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

壊れた愛の後始末。その残滓を拾い集め棄てる作業はつらいですがそれをしないと前へ進めない。

そして紅林と英恵には過酷な運命が待っていましたがそれは人を裏切り傷つけた代償だったとすれば…大きすぎたのでしょうかそれとも。

いずれにしてもオトメチャン、新しい愛が待っている!捨てる神あれば拾う神あり、希望まで捨ててはいけない!!

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● COMMENT ●

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
恐ろしいけものみちについに落ちてしまった二人。因果応報ですね。こればかりは仕方がなし。あまりにも人を馬鹿にした行いでしたからね、紅林は。英恵はその道ずれになった感が無きにしも非ずですが・・・・

オトメチャンには新しい恋が来ることでしょう。今度こそつかめ幸せ~~~♡

No title

やっぱりこのふたりはけもの道に迷い込んでしまい、生きては帰れませんでしたね。
人道を外れけもの道に迷い込んでしまった者の帰結の、最たるものかもしれませんね。
ツラい出来事ではありましたが、オトメチャンには、けもの道に迷い込み
けだものに成り下がった男のことは忘れて、幸せになってほしいと思います。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
大変つらい終わり方とはなりましたがいつかはつけきゃいけないけじめ。悲しい結果にはなりましたがこれはもう仕方がないこと。
オトメチャンにはしばしその場にたたずんで周囲を見る時間も必要なのかもしれません。
オトメチャンまた今までのように復活して今度こそ素晴らしい愛を手に入れることでしょう!見ていてやってください^^。

本当に今日の寒かったこと!気分が悪くなるほど寒かったです(-_-;)。オスカーさんもどうぞ御身大切にお過ごしくださいませ。

鍵コメ様へ

鍵コメ様こんばんは
何をしでかそうとも親子の情愛だけは断てませんね。
娘を持つ私も、もしこうなったらと思うとどうしたものか、しばし考えてしまいますね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
まさに因果応報。
神様はいて、見ているんですよね。でもオトメチャン、いつになったら元の可憐な微笑みを見せてくれるんでしょうか。初恋、しかもオトメチャンの出自から言えば大事な恋でしたのに。
新しい恋を見つけたら今度こそ成就しますように!

辛いけれど、ケジメがついてよかったです。時間がかかっても前に進もうとする気持ちが生まれるまで、立ち止まってまわりを見回したり内省するのも大事なことですよね。またひとつ大人になったオトメちゃんの活躍が読めることを期待しています。
今日はまた寒くなりました。あたたかくしてお過ごし下さいませ!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

因果応報、この一言につきるのですが、オトメちゃんに笑顔がもどるのは、いつでしょう?

あれだけひどい事をされても、初恋というのはすぐには忘れ去れないものなんでしょう。オトメちゃんの生い立ちからすれば、ひとときとはいえ幸せを感じられた時間ですから。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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